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幻記 ―越中秘儀始末―  作者: 炎 立見
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 しばらく女が泣くにまかせていた薬売りが、しびれを切らせて一言呟いた。


「なぁ、いいかげんに泣き止まないか、お嬢ちゃん。」


 聞きなれない呼びかけに、女の嗚咽が不意に止んだ。


「お、お嬢ちゃん・・・、それってあたしのことかい。」


「おめぇさん以外に誰がいる。」


 訳は分からなくても、とりあえずこくりと女が頷いた。


「おめぇも女なら、自分の身体がどうなってるかぐらいは分かるだろ。特に、自分のことを生娘だと言うんなら尚更だ。」


 言われて女は慌てて裾前を押さえ、何かを確認するような顔で中空に目をさまよわせて黙り込んだ。


 たっぷり線香の一本も燃え尽きようとするほどの時間をかけて、女の意識が戻ってきた。


「あたし、まだ大丈夫みたいだよ。」


「それ見ねぇ。」


 薬売りはそう言うと、今度こそ出て行こうとして荷物をゆすり上げた。それを見て慌てて女は言い募った。


「でもさ、でもさ、あたしの着物のここが汚れてるのは何でだい。月のものはまだ来ないはずだし、訳分かんないよ。」


「それは・・・。」


「何だい、やっぱり何かやましいことがありそうな素振りじゃないか。」


 女はまた男に文句をつけた。


「それはお前さんが・・・。ま、いいか。」


 そう言うと、薬売りは荷物をもう一度肩から下ろし、縛っていた紐を解いて大きい梱の蓋を開け、呪符を貼った杉の箱を取り出して女に見せた。


「この中におめぇさんから取り出したモノが封印してある。中を開けて見せるわけにゃいかねぇが、どういう代物かは説明してやれる。」


「あたしから取り出したって・・・。」


「あぁ、おめぇさんの身体の中の子壺の裏側に隠してあったんだが、ちょいとばかり厄介なものでな。」


 女は目を丸くして薬売りの言うことを聞いた。


「これは妖の子種とでも言うか、とんでもなくヤバいものでさ。本道の医者ぐらいじゃ到底下ろせるものじゃないのは確かだな。」


「あやかし・・・。」


 女は鸚鵡返しに口走った言葉に戦慄を覚えて身震いした。


 そして、恐る恐る薬売りに尋ねた。


「妖って、どんな類のモノなんだい。」


 問われて薬売りは言い淀んだ。

 

 どう説明すればいいのか、とっさに判断できなかっただけなのだが、このままとぼけても女の追及が止むとも思えなかったので、女に分かるだろうと思える範囲で説明してやることにした。


「おめぇさんは、一人で山に入ることがありそうだな。」


「あ、あぁ、そりゃ食べる物を探しに入るさ、山ぐらい。」


「この辺りの山のことはよく知らねぇが、おめぇさんが入った山のうち、ちょいとばかり曰くのある山ってのがあったんじゃねぇかい。」


「なんだい、その曰くってのはさ。」


「そうだな。たとえば、山の神様が女を入れないようにしているところがあちこちにあってな、そういうのの禁をおめぇさんが知らずに破っちまったってことがあるかもしれないだろ。」


 女は遠くを見るような目をして記憶をたぐっているようだったが、思い当るところがあったように視線を薬売りに戻して呟いた。


「ここから碓氷峠を越えて上州に抜ける中山道の間道からひとつ北側に、乙女山ってのがあるんだけどさ。そこは猟師も来ないし杣の衆も入ってこないんで、食べる物がいっぱい取れるんだよ。」


「ほぅ、乙女山ねぇ。」


 何かに気が付いたのか、薬売りはそう繰り返した。


「その乙女山ってのは、どんな字を書くのか分かるかい。」


「そりゃ、あたいらみたいな女のことだろ、乙女ってぐらいだしさ。」


「そうか。そりゃおめぇさんの勘違いだな、多分。」


「勘違いって。」


「乙女山ってのは、女のことを言ってるんじゃない。入っちゃいけない、お留山ってことだろ、きっと。」


「えっ。」


 絶句して女の目が泳いだ。


「だから、山の神様が怒りなさっておめぇさんに罰を当てたってとこだろう、きっと。」


「罰って・・・。あたし、どうしよう。どうしたらいい。」


 女は身の置き所がないかのようにガタガタと身を震わせた。




 

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