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曹操孟徳の長男として  作者: 二人兄弟
宛城の戦い
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言わない『好き』の境界

 アン、こと曹安民が通してくれた一室はなんとも簡素な部屋だった。


 そこにあるのは見渡す限り本、本、本……(一応本と呼んではいるが、実際は草子に近い)。この部屋の主はよほどの読書家と見える。本と言えば、知識人。知識人と言えば名士。名士と言えば――?三国志で有名なのはやはり諸葛公明しょかつこうめい司馬仲達しばちゅうたつだろうか?


 そんな、きっと頭の大変よろしい方がお使いになりそうな一室に入った僕だったが――なんと僕のものだという。この世界の僕は頭が良かったのだろうか。


 自分の部屋だと言われても実感はないし、全然落ち着かない。一方のアンはといえば、もう「勝手知ったり」といった様子で、入るやいなや急須にお湯を入れ始めていた。何が嬉しいのかさっぱりだが、ニコニコしている。


 先ほどからずっと召使い?らしき多くの女性が出たり入ったりを繰り返しているのを見、曹家はやはり相当立派な家柄なのだと至極当たり前なことを改めて確認していた。


 僕は生きていけるのだろうか。胃が痛くなってきた。



「なぁ、アン?」


「ん、なーに?」


 急須にお湯を一通り入れ終えたようで、アンは身体と共に視線をこちらに向けた。


「ええとな……」


 なんと言ったら良いのか。とりあえず、よくわからないままにこの世界に投げ出されてしまったんだ。今の状況を把握しなければならない。一歩間違えれば命を落とすような戦国乱世の世界なのだから。


 そのためにはこの世界で『味方』を1人でも多く作る必要があるだろう。


 しかしだ。言い方には気を付けなければならない。「僕は野村修士という未来の人間で……」なんて正直に言ったら頭がおかしくなったと思われるに決まってる。それに世も世だ。僕の頭がおかしくなったという悪評が広がれば千載一遇の好機とばかりに後継者争い、権力闘争等新たな火種が生じることになりかねない。


 だからこそ。「慎重を期す」べきだろう。


 であればまずはこの世界で一番親身になってくれそうな最有力『味方』候補――アンから攻略(一応断っておくが他意はない)しようと考えたのだ。そこで、まず僕の部屋まで連れてってくれないか、と言ったわけである。ちなみにこの時また「お医者様呼ぶ?」と心配されてしまった。


 まあ確かに、自分の部屋さえわからなくなったら僕だって心配して「お医者様呼ぶ?」になると思う。僕とアンの立場が逆でも。


「アンはアンだよな?」


「さっきそう言ったよ?アンはアン」


 僕の額に手を添えようとするアン。熱でもあるのかと疑っているようだ。僕は遠慮する。


「野村杏……ってわかるか?」


「ノムラアン……?」


「わかるか!?」


「んー」


 アンは小首を傾げ、しばらく考えていたかと思うと、突然ポンッと手を打った。


「新しい餡子あんこ?」


「ちゃうわい」


 僕は思わずアンの額をペシッと打った。


「イタッ……じゃあなんなの?」


「僕の妹の名だ」


「しゅーちゃんに妹なんていないよ?」


 「妹なんていない」って実の妹(の顔をしている別人)から言われるなんて。


 言葉には出さなかったけれど、とてもショックだった。


 特別仲の良い兄妹ではなかったけれど。それでも「いない方がいい」なんて思ったことは一度だってない。それが家族というものだ。


 でもこの世界に来て。


 ここにはこれまで絆を結んできた本当の「家族」はいないのだと思い知らされた。心に空いた小さな穴から何か大事なものが抜け落ちていくような――そんな錯覚に襲われた。


「いや……ははそうだよなぁ……何言ってんだろ、僕」


「大丈夫?やっぱりおかしいよ、しゅーちゃん?」


「そうだな。僕はこの世界の異物だ。偶然紛れ込んでしまった異物だ」


「しゅーちゃん……」


「アン」


「ん?」


「今から僕はとんでもないことを言う」


 覚悟を決めよう。


 いつまでもこのままでは――いけない。


「え?アンが好きだってこと?……イタッ」


 再び軽くこずいてやった。こっちは真面目なのに、ざまあみろ。


 好きか、だって?


 好きに決まってんだろうが、それが「家族」ってやつだ。


 何も、向こうの世界の「家族」に義理立てして、こちらの世界で「家族」を大事にしていけないことはないのだ。ボクはアンに全てを話してまた「家族」になってもらおう。もう一度「家族」をやり直そう。


 そう決めた。


「違う」


「じゃあなに?」


「僕は野村修士って言う未来から来た日本人……いや倭人だ」


「しゅーちゃん実は未来人で外人さんだったの!?すごーい!」


「違う、子脩ししゅうの方のしゅーちゃんは未来人じゃない。アンの知ってるしゅーちゃんはもういないんだ」


「……どういうこと?」


 突然、シリアスな低いトーンに変わるアン。


 ここが勝負どころだ。


「僕にもよくわからないが、『転生』ってやつらしい」


「てんせー?リンネのこと?」


 リンネのイントネーションがおかしいぞ?リンネではなく輪廻だ。


「それに近い。とにかく、僕の身体はアンの知ってるしゅーちゃんのものだけど、中身は野村修士っていう全くの別人なんだ。だから今日教えてもらった話以外、典韋のことも父上のこともアンのことも、それどころか僕自身のことだって――何一つわからないんだ……助けてくれ、頼む」


 僕はこちらにそんな文化があるのかは知らないが、日本人らしくアンに向かって土下座をした。


 最高の礼儀、のつもりだ。意味はわからずとも、思いは伝わるはずだ。


 アンがどんな顔をしているのかは当然見えないしわからない。


「……何いってんの?」


「え……」


 断られた!?何故?やはりジャパニーズ流ではいけなかったか!?


「しゅーちゃんが『病気』になっても『てんせー』になってもアンは一緒だよ、ずっと。だから――」


 アンの顔はいつになく凛としていた。


 どこか哀感を帯びているのが少し気になったが。


 彼女もショックなのだろう。アンにとっても「しゅーちゃん」を失うことになるんだから。


「僕は――」


「『助けてくれ』なんて言わないで。そんな言葉必要ない」


「え……」


「一緒にがんばろ?しゅーちゃんが困ってるのに助けない理由なんてないじゃない?」


「あ……ありがとう」


「てんせーって言っても記憶が絶対に戻らないわけじゃないし。いつか『しゅーちゃん』が戻る日までアンは支え続けるよ!任せて!」


 ドンと胸を叩くアン。小柄なのに。


 どんな豪傑に守られるよりも、頼もしかった。


 ありがとう、アン。


「僕がんばるよ!」


「ねぇ、しゅーちゃん?」


「うん?なんだい?」


「アンのこと好き?」


「……」


「好き?」


 黙ってたって伝わらないとはよく言うけれど。


 僕はそうは思わない。兄妹はよく似るものだ。





「それこそ――言わなくてもわかることだろ?」

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