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曹操孟徳の長男として  作者: 二人兄弟
宛城の戦い
2/14

曹家の未来を背負う者

――「おい起きろ。いつまで寝ているつもりだ、若」


 朦朧もうろうとする意識の中で、遠くで呼ぶ声がした。次第に近づく声は、野太い男のものだった。苛立っているようにも思える。姿を見ずともはっきりわかる。えらく仏頂面をしているに違いない。


 ごく最近聞いたような――既視感ならぬ既聴感がする。誰だ?


 僕は眠気に負けそうな自分になんとか打ちち、ゆっくりと身体を起こ――そうとしたがその途端、鈍い脇腹の痛みが何の前触れも無く襲った。


「痛ぅ……」 


 何だこれ……肉じゃない、もはや骨が痛い!


 もしかして折れてませんよね?


――「しゅーくん、起きろぉー!……はよ起きないと接吻せっぷんしちゃうぞ?」


 次いで、先ほどとはうって変わって入ってきたのは鈴の鳴るような可憐な声。


 は?接吻?


 というかこの声はよく知っている。それもそのはず。この声の主は。


「……アン」


 脇腹が悲鳴を上げているけれど、なんとか起き上がれない程ではない。そろそろ身体を起こした。


 上体を起こす。するとそこは。袖をまくり上げ、竹刀しないを地面に向かって下げた髭面の、夢(?)の中で見た大男と――やはり。


 妹だった。


 え、妹?何で?意味わからん。


 ゆっくりと辺りを見渡す。竹の柵で四方を囲われ、茅葺かやぶきの屋根が天井を覆っている、見たことのない場所だった。闘鶏場とうけいじょうに近いかもしれない。かなり埃臭ほこりくさい。


「そうだよ、アンだよ。よかったーしゅーくん起きたっ!」


 実の妹、野村杏のむらあんは直立したまま、何故か大男と一緒にこちらをのぞき込んでいる。僕は依然、長座帯前屈ちょうざたいぜんくつのような態勢だからだ。


 僕は自分で言うのもなんだが、ひどく混乱していた。


 夢(?)の中で結論付けたように、ここが転生した三国志の世界だとして。そしてこの大男が典韋てんいだとして。


 それは良いとしよう。


 けれど、何で妹がいる?


 それと。この際どうでもいいことかもしれないが、何故男の軍服を着ているのかも含めて、とにかくに落ちない。


 二人同時に転生したのか?――神様、出血大サービスだな。


 「アン」と呼んだらちゃんと返事もしたから他人の空似でもないだろう。


 ……え?つまりどういうこと?


 確かめるしかあるまい。

 

「……ったくこの程度でへこたれていては困るな、こんなていたらくでは戦ですぐ死ぬぞ」


 典韋てんいは案の定仏頂面だった。相変わらず口が悪い。僕はいい加減目覚めが悪いし、寝起きはイライラするタチなので軽く無視して妹に向き直る。


「なぁ、アン?」


「ん、なーに?」


 妹は純真無垢じゅうしんむくな眼で問い返す。


「ほんとにアン……だよな?」


 この際、服の件は二の次だ。先にこの子が本当に妹なのか確かめないと。


「そーだよ?当たり前じゃん?もしかして……」


 意味ありげに言葉を切る妹。典韋てんいはとにかくだるそうである。


 もしかして?何か秘密が?やはり、転生の?


「あっちゃんに頭叩かれすぎて頭ヘンになっちゃった?」


「悪来の典韋だ。あっちゃんじゃねえ!」


「いいじゃん、悪来のあっちゃんで。かっわいー」


「かわいくねえよ……まあそれは後で話すとして。なぁ、お嬢。俺が若を叩きすぎだって?」


「うん、だってあんなにびしばし面を食らわせてたらおかしくなるでしょ、いつか。さっきなんて、あっちゃんから168回目の面でしゅーちゃんいきなり倒れるんだもん、びっくりしたよー」


 168回て……叩かれすぎでしょ、僕。バカになるよ?野球一筋で来たから元からあまり頭よくないけど。まあしかも、叩かれたのは僕じゃなくて僕の意識が入る前の『僕』だけど。


 あ、そういえばそもそも。


 『僕』って誰だ?曹丕そうひ


「おいそりゃねえだろ、お嬢。ちゃんと手加減してるぞ、これでも」


「……ねぇ、典韋さん?」


 途端、典韋が後ろに仰け反った。心底気味悪がっている。


「若……本当に大丈夫か?気持ち悪いぞ」


「気持ち悪いって……ひどくないですか?」


「ほらぁーやばいよこれ。だっていつだって名士気取りのいけ好かないしゅーちゃんが、ならず者上がりのあっちゃんに『さん』付けだよ……」


 僕、そんなにいけ好かない奴だったんだ……。妹よ、お兄ちゃんは悲しいよ。


 僕の転生前を知ってるということは――妹は僕より前にこちらに来たのか?


 いや、もしかすると転生は時間を超越するのかもしれない。安易にそうとも言えないか。


「俺は典韋だ。悪来の異名で……」


「知ってる」


「……そうか」


 少し喋りたそうな、物足りなそうな顔をしていたがこの際それどころではない。


「アン」


「ん?」


「改めて、教えてくれ。アン、お前は誰だ?」


「アンだけど?」


「アンはアンでも食べられないアンは?」


「んと……餡子あんこ!」


「食べられるじゃん……。でも僕は確信した!」


「何を確信したの?」


「やっぱりバカだな。バカなら間違いない。アンはアンだ」


 うむ、我ながら良い仕事をした。これがキラークエスチョンというやつか。


「バカじゃないしっ!いいよもうっ!やっぱりしゅーちゃんどっか変だし、勝手に自己紹介するから」


「それは助かる」


「アンは曹安民そうあんみん。しゅーちゃんの従姉いとこ。だから、これでもおねえちゃん!」


 無い胸でふんぞり返るアンであった。


「嘘でしょ……」


 二つの意味で信じられない。


 一つ。顔は瓜二つでも、アンは僕の妹のあんではないということ。ということは恐らく転生ではないということ。勿論、何らかの理由で隠している可能性もあるけど。


 二つ。こんなにバカ(ただでさえバカな俺を超えるバカ)なのに従姉いとことはいえ姉だということ。こんなにバカなのに。(大事なこと)


 ありえない。うん、ありえない。


「……ありえない」


「何回ありえないっていうの!?現にありえてるじゃん」


「アン、それなら教えてくれよ」


「なに?」


 ちょっと膨れているアン。構うものか。


「……僕は誰?」


「若、いい加減冗談が過ぎる!」


 今まで黙っていた典韋が突然、口を開きかけたアンを遮る。


「わからないんです……教えてください、典韋さん」


 じっと典韋を見据える。僕は本気だ。いつだって。


「……わかった。教えよう」


「よろしくお願いします」


「アンタは曹昂そうこう。字は子脩ししゅう。親方、いや曹操そうそう様のご長男であらせられ、曹家そうけの未来を背負うお方だ。以上!」


 それだけ言うと、背を向けて柵を乗り越え、そそくさと外に出てしまった。


 僕はただ立ち尽くす。


 僕がここに来た意味は何だ?――考えてもわからない。今は。


「……曹昂子脩。だからしゅーちゃんか」


「うん……大丈夫、しゅーちゃん?」


「曹操の長男……か。僕がここに来た意味はなんだろう……」


「しゅーちゃん……お医者様連れてくる?」


 心配そうなアン。


「いや、いらない」


 丁重にお断りさせていただいた。気が狂ったと思われかねない。


「……そう」


 アンは指をもじもじ、しきりに動かしていた。


 不安なのだろう。


 まずは気をしっかり持たないといけない。ここで当分は暮らすのだろうから。


 雨足が強まってきた。重さに耐え切れなくなった茅葺きから水が滴り落ちてくる。


「僕らも帰ろう、アン」


「うん!」

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