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曹操孟徳の長男として  作者: 二人兄弟
宛城の戦い
12/14

痴れた虎に求むもの

通称、朝笛山。

本当の名前は知らない。多分誰も知らないのだと思う。昼日中から霧が立ち込めており、灰色の空と相まって別世界に迷い込んだかのようだ。

馬笛の音色が霧を切り裂き、響き渡る。吹き手は馬笛の持つ独特の荒々しさを優雅に奏で、さながら人魚の歌声のようだった。その朝霧とかいう美女が奏でているのか?はたまた別の何か、か。

「ってポエムってる場合じゃないよな。はぁ……」

「曹昴様。ゆめゆめ油断なされぬよう。ここは山賊も出るような危ない山道なのですから」

「ねむぃ……ぐぅ」

「寝るな、アン」

「んん、文則。いやっ、やめてっそんなっ!」

「歩きながら寝るな。てゆうかどんな夢見てるんだよ……」

アンの額を手のひらでピシッと叩いたら「はぅっ!?」と言って、目を開け恨めしげな視線をこちらに向けた。

ドン引きである。

ちなみに文則、いや于禁はいない。

仕事が忙しいの一言で、断られた。ひどい奴だと思う。(まあいい人なので、お供をつけてくれたけど)

「おい、若。わざわざこの俺が出るまでの相手なのか、その朝霧という奴は」

お供一号。ご存知みんなのあっちゃんこと、悪来典韋。多分この人なら虎でも倒せそう。

「そりゃそーですよ。髭もじゃ先輩。本人もめちゃんこ強いらしいですけどーその脇を固めてる男2人もかなりの手練れって話ですー」

お供二号。于禁の客将、雷香(らいこう)。いつも人を小馬鹿にして喜んでいる慇懃無礼野郎だ。腹が立つけど、腕も立つらしい。

「誰が髭もじゃだ、もやし」

「誰がもやしだ、悪来かっこわらっ!かっこつけてんじゃねえよ、かっこだけにな!」

「おいコラ。肋へし折るぞ」

ガンを飛ばし合う2人。育ちの悪さが滲み出ているみたいです。

「やめやめ。だめだよ争っちゃ。ね、アン?」

「んん……」

「だから寝るなっての!」

寝ながら歩くとは器用な奴である。

笛を手掛かりに山の奥へ奥へと進む。

山の中腹に差し掛かった頃、虎のような唸り声がした。

空気が変わった。殺気。

雷香が得物「乱蜂」を取ると、典韋も負けじと剛拳の構えを取った。

「来るぞ、もやし」

「わかってますって、もじゃ先輩」

林の向こう。飛び出した人影。

来た。繰り出す斬撃。

典韋はギリギリで躱す。

「……躱したか」

男は襤褸を纏ってはいたが、山賊のそれのようではなく、むしろ一角の武人であるように見えた。圧し潰すような殺気に思わず戻してしまいそうになる。

「僕は雷香。しかし……貴方が麗しいご婦人でなくて残念でなりませんね。だって、手加減なんかできませんし--思わず縊り殺してしまうかもしれない」

ニヤリと笑いそう言ってのけると、双剣「乱蜂」を前に突き出した。蛇のように獲物を狩る所作。やはり軽い調子を崩してはいないけれど、只者ではない。

「……そうか」

男は目だけを出した、覆面をつけているので、その表情は読み取れない。が、声色はどこか上ずっていた。

「とすると、あんたが悪来か」

「……そうだが?ご挨拶な奴だな、名を名乗らず。あまつさえ、いきなり斬りかかってくるとは」

典韋は機嫌が凄ぶる悪いようだった。

「それはすまない。これがオレ流の挨拶だからな、許してくれ」

「まるで番犬のようだな。喉を食い破るつもりだったようだが、そうはいかねえ」

「ふっ、この程度でくたばるようならハナから相手になんかせんさ」

「で、お前何もんだ?そこそこ腕は立つようだが?」

「……虎痴(こち)と人は呼ぶ。痴れた虎とは全くオレのような無教養にはおあつらえむきな呼び名だよ」

「虎痴……青州黄巾の残党ですか。聞いたことがある。虎を素手で倒すほどの一騎当千の荒武者と評されていたな」

「農奴のようなものだ。荒武者とは随分買い被ってくれる」

虎痴。

彼はどこか自嘲的に笑うのだった。

全く僕は蚊帳の外といった感じだ。

むしろここは典韋にお任せすべきだとは思うけども。(ほぼ丸腰の僕では荷が重すぎるし、武器があっても多分一瞬で首が飛びそう。)

「典韋、といったか。貴様は武官か?」

「あ?……武官っちゃ武官だが教育係みたいなもんだからよ。微妙だな」

「そうか……」

「……?」

「そこの少年」

「少年じゃないよ、アンは美少女だよっ!性別間違えるなんて全く失礼なおじさんだよ。ぷんすかっ」

「胸が洛陽の都みたいな感じだからねー」

すかさず、雷香がニヤニヤしながら言った。

「誰が焼け野原だ、コラッ!?」

「……そうか、それは失礼した」

「あの……虎痴さん?」

僕は恐る恐る呼びかける。

「……なんだ?悪いことは言わん、今すぐ立ち去れ」

「いや、戦うつもりなんてありません。ただ、虎痴さんはどうして左足を引きずっている(・・・・・・・・・・)んですか?」

虎痴は一言「驚いた」と呟き、得物を握り直す。

額から汗が頬を伝い滴り落ちた。

「……貴様、只者ではないな」

「え?そうなの、しゅーちゃん?」

「ああ。やっぱりか」

「どうしてわかった?」

「いや、なんとなくかな。右足が少し前に出てて、それが左足をかばっているように見えた。それと……」

「それと、なんだ若?」

「額に汗をかいてたから。少し肌寒いくらいなのに、おかしいなと思ってね。どこか、身体の痛みを我慢しているんじゃないかなってね」

「……そうだとしたら?」

「いや、どうもしないよ。虎痴さんがたまに後方に目をやっていたから、多分後ろか近くに誰かを隠しているんじゃないかなとも思ってる。話慣れていないのか目線を全く合わせようとしない君がぺらぺら余計なことをたくさん口走るということは自分に意識を集中させたい、そういう意図があってのことじゃないかなってね。……まあ全部推測だけどさ」

「オレを、いやオレ達をどうするつもりだ?」

「奇襲に失敗して弱ってる君たちと、悪来と、悪来くらい腕が立つ用心棒一人。どちらに勝機があるかは明白だよね」

「……朝霧は傷つけさせん。朝霧の助命。オレの要求はこれだけだ。さあ要求を言うがいい、オレは逃げも隠れもしない」

「あっさりばらすんだね、朝霧の一味だって」

「どうせ手配書が出回っているんだ。隠しても仕様がない。さて年貢の納め時か、好きにしろ」

「虎痴、お前に頼みがある」

「……なんだ?早く言え」

僕が、とあるそりゃあもうとてつもない要求を言うと、アンは眼を丸くし、典韋はなぜか感心していた。

「若はやはり天下を収めたる器。必ずお守りせねば」

アンは無い胸を張りながらドヤ顔をしていた。

意味わからんのでどついておいた。

なんとなくむしゃくしゃしてやった。髪を撫でてやったら喜んでいたしたぶん大丈夫、なはず。

アンはちょろいな、うん。









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