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曹操孟徳の長男として  作者: 二人兄弟
宛城の戦い
11/14

幼き魔王の或る虚像

2年ぶりに更新です。よろしくお願いします。

 干し草の乾いた匂いが城内に充満していた。即席の城は簡素な造りで、雨露を凌ぐのが精一杯といった具合。柵の内側を囲む干し草はまるで天然の檻のようだった。


 僕とアンが城内を歩いていると、見知った顔がこちらに気付き軽く会釈をする。慌てて背筋を伸ばし、相応に畏ってみせるアンだった。


「またお会いしましたね、若殿」

「あっ……張繍(ちょうしゅう)さん」

「申し訳ありません。丞相(じょうしょう)がお待ちですので。これにて失礼」

「はっ、はい」


 張繍(ちょうしゅう)は朗らかな微笑とともに、奥の間へと消えていった。


「この前のいざこざの件かな?どうなってしまうんだろ……?」

「アンにも彼がどうなるかなんてわからないよ。でもね……?」

「でも……何?」

「言わない。言ってしまったらきっと現実にしてしまうから、ね」


 アンは意味ありげに唇に手を当てたかと思うと、喉元から出かかった言葉を飲み込んだようだった。


「よく来ましたね、兄上」


 僕は言い澱んでしまう。


「……ええと?」


 ただ連れられて来ただけ。


 狼狽えてしまう僕を見て、アンがすかさず耳打ちをする。年端のいかぬ少年を前に、コソコソ話す僕たちだった。


曹沖(そうちゅう)様。しゅーちゃんの弟」

「どんな子なの?」

「しゅーちゃんが大好き」

「なんだまたブラコンなのか」

「またとは何さ」

「で、他に特徴は?」

「むぅ。あとはねー、頭がとにかくめちゃくちゃいいんだよ。南蛮象の体重を図る方法なんて考案したり、ね。どんな名士でも思いつかなかったのに」

「南蛮象の重さ測ってどうするんだよ?」

「どうもしないよ、ただのお戯れだから。丞相の」

「しょうもない親父だなあ。で、この子何歳?10歳くらい?」

「7歳。考案したのが5歳だからはっきりいって天才。まあ、血が嫌いだから戦向きじゃないけどね」

「それはすごいね。でもさ、戦向き云々言うけどさ。戦好きの7歳がいたらやばいだろ」

「え、いるよ?」

「うそ……?」

「ああそう。この子、こう見えて後継候補第1位だから気を付けてね。うっかりすると首飛ぶからね、きゃはっ」

「おおこわっ」

「何をコソコソ話されているのですか?仲間外れとは心外ですね」


 頬を膨らまして拗ねる曹沖君。ちなみに今更だけど、あざな倉舒(そうじょ)と言うらしい。なんか頭良さげな感じがするような、しないような?


「ああ、いや!ごめんなさい、そんなつもりじゃ……?」


 さすがにバツが悪い。


「兄上。単刀直入に申し上げましょう。私は兄上を信じます。未来人で外国人で転生されたのだとか?」

「え、ほんと?」

「はい。尊敬する兄上の仰ること。疑うことなどあり得ません」

「曹沖君……」


 なんて良い子なんだ……と思ったのもつかの間。


「あ……」


 電池の切れた時計のように、次第に動きが緩慢になり、やがて静止した。


「やだ、もう来るの?」

「え、何が?」



「ああああああああああああ。兄上ー!なんとお優しいのでしょう。私を君付でお呼びになるなんて!ああ、私は今幸せです!」

「でた、兄上好き。発作には困ったものね」


アンはやれやれと言っていた。君も大概だけどね。


「あの兄上が。私の!ことを!曹沖君と!そう、クソガキでなく!クソガキでなく!曹沖君と。ああ感動感動!ああ感動!」


「何これ……?」

「発作」

「発作、ね。まあ確かに異常かな」

「クソガキって呼んでたんだ……やばいな、転生前の曹昴」

「口が悪かったからね、とにかく。前のしゅーちゃんは。アンもバカバカって呼ばれてたし」

「安心していいよ。今のしゅーちゃんもそう思ってるし、そう呼んでるから」

「え!?ひどくない!?」


 数分後。


「ごほん。少し取り乱してしまいましたね、これは失敬」

「少しじゃないよね。うん」

「さて、おにいたん」

「おにいたん?」

「まっ!ままま間違えました、兄上っ!ええ、兄上ですとも、ねぇ兄上たん!」


 目をパチクリさせて、テンパる曹沖君だった。


「落ち着こう、ね?」

「はっ、はい!」


 また数分後、深呼吸をして落ち着き始めた曹沖君が口を開く。


「さて、兄上。張繍が反旗を翻すのでは、と兄上は睨んでらっしゃるとのことですが、私も全くの同意見です。流石ですね、お兄様」


 お兄様?まあつっこんだら負けかなって。


「疑ってはキリがありませんが、兵の動かし方等挙動が怪しいのもまた事実。父上は賈詡(かく)を相当に買っておいでのご様子ですが、かの者はどうにも油断ならぬ男。警戒すべきと存じます」

「曹沖君もそう思うかあ。うーん」

「すでに張繍軍に間者を差し向けてあります故、ご安心ください。いつでも寝首をかけますよ、兄上」

「怖い7歳だね。曹沖君」


 曹沖君が権力持ったらどうなってしまうのかなんて考えたけれど、背筋が凍る思いだった。


 多分消されるな、人知れず。本当に味方(ブラコン)で良かった。


「えへへ、それほどでも!」


 無邪気な笑顔の裏に鬼を見た、気がする。

 やっぱり、この乱世に生きているとこうなってしまうのかもしれない。


「いやいや、褒めてないからね」

「あーずるい!アンも褒めてよぉ!」

「あーはいはい。偉い偉いっ!」

「にひひー」


 なんだろう、このブラコンハーレム。

 緊張感の欠片も無い。


 まあなんでも良い。仲間を増やす、今はそれが何より大事だ。


 運命すら覆せるような、そんな仲間を。


「それはそうと兄上。(くだん)の怪物なのですが」

「張繍さんとこの将軍が討伐に向かったっていうアレのこと?」

「はい。お気を付けください。胡車児(こしゃじ)将軍の討伐隊はほぼ全滅。どうも女の姿をしているらしく油断した、とか」

「若いの?」

「はい。妙齢の美女なのだそうです。名を朝霧。居合いの達人なのだとか。目にも留まらぬ抜刀により、敵の腕を斬り落とすことから、枝葉折りの朝霧(あさぎり)、と呼ばれております」

「……怖いね」

「はい」

「いやあでも、良かった、良かった。張繍さんよりよっぽど怖いよね。次は誰が行くのかな、可哀想に。ね?」



「……はははっ、兄上。お戯れを」


 曹沖君は乾いた笑みを浮かべていた。

 冗談なのかどうか、わかりかねている様子だった。


「何のこと?」

 きょとんとする僕。アンも曹沖君の意図が読めないようだった。


「え?まさか聞いていらっしゃらないのですか?」


「曹丕様のご進言により、兄上が行かれることになったと聞き及んでおりますが」


「……は?」


 生きて帰れないかもしれません。

 この世界から。


 曹丕(そうひ)この野郎、絶対殺す気だろ……。

 というか、それを認める曹操(そうそう)曹操(そうそう)だ。


 僕は腹を決めた。

 このままだと死んでしまう。


「ねぇ、アン」

「いやだよ、死にたくないもん」

「まだ何も言ってないよ」

「一緒に行ってくれないかな?ね?」

「ごめん、いやかなっ!」


 アンは目を逸らす。即答だった。


「ねえ」

「いや」


「ねえ」

「いや」


「ねえ。アンだけが頼りなんだよ?」

「…………アンだけ?」

「そう、アンだけが頼り」

「……わかった。仕方ないなぁ、もう」


 ちょろすぎると思った。

 于禁(うきん)を連れて行こう。

 色々お話したいことがあるし、ついでに。



「兄上、どうかご無事で」

「曹沖君」

「はい」

「……そう思うなら来る?」


「……げほげほっ。申し訳ありません、急に腹痛が」

「咳は関係ないよね、曹沖君」

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