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曹操孟徳の長男として  作者: 二人兄弟
宛城の戦い
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夢の中なら良いのに

残酷描写は保険ではありません。ご注意を。

 燃え盛る壁に、四方から熱風が頬を突き刺す。とにかく、降りかかる火の粉を必死に払う。


 ここはどこだ?僕は誰だ?ってそれはわかるけれど。三島高校野球部所属、野村修士のむらしゅうしだ。うん、頭は大丈夫。記憶喪失ではない。


 僕は足がすくんで動けない。眼前では、青の甲冑かちゅうに身を包んだ大男が木の棒の先に矢じりを付けただけの槍(?)のようなもので縦横無尽に大立ち回りを演じている。筋骨隆々で、逞しいが肩からはわずかに出血していた。愛嬌のある顎髭あごひげも火の粉をかぶったためだろうか。少し焦げている。


 一点を基点に、動いては戻り、戻っては動きを繰り返す。どうも大男は何の縁かはわからないが、僕を守っているようだった。口を真一文字に結んで決して傍を離れない。唇のどろりとした血は決意の表れだろうか。


 僕は何か話しているようだった・・・・・。自分のことであるのだけれど、考えようにも頭はまっさらで、どうしても他人事のようにしか思えない。僕はここにいるのだろうか?それともいないのだろうか?


 夢か?――そうかもしれない。だとしたら、これほど恐ろしい夢はないけれど。


 敵とおぼしき血走った眼の人間が、目の前で血を吹いて倒れるんだから。グロテスクこの上ない。


 でもおそらくきっと夢ではない。視界こそどこかぼやけてはいるものの、血なまぐさい臭いや全身を駆け巡る火傷の痛みは紛いもない現実なのだ。こんな夢があってたまるか。いや、確証は持てないけれど。


「若、大事はないか?」


 大男がゆっくりと口を開く。かすれていた。


 わか?それってもしかして、僕のこと?


 大男は息を切らしながらも背中で語りかけてくる。


 僕はまた何かを話したようだったが、言葉として頭に入ってこない。まるで穴の空いたバケツのように。


 大男の肩が微かに上下に動いたようだった。笑っているのか?


「俺に守られっぱなしなんてらしくもないな、若。ほんとアンタ頭おかしいわな……どうしちまったか知らないが戦えなくなったクセにこうしてわざわざ死にに来るなんてよ?」


 僕は死ぬのか?夢の中で死ぬ?


 意味がわからない。理不尽な死に方だ。


「死ぬ気はねえ、って?アンタこの後に及んで死なねえと思ってんのかよ?バカだなほんと……俺並みのバカ野郎だぜ」


 ついに槍が折れた。折れては敵から奪い、また折れては奪う。これをずっと繰り返しているこの男。


 一体何者なんだろうか?


「ほんとこれが夢の中だったら良かったのになぁ?親方の天下を見る前に死んじまうことになりそうだな……こりゃ。全く参ったぜぇ」


 全身がヒリヒリする。煙を少し吸い込んでしまったようで、せきが止まらない。


 本当に参ってしまった。


 

「これが夢だったら良かったのになぁ、若?」


 ……これは夢じゃないのか?まだよくわからない。


 また敵が一人二人と倒れた。だが、死角の角を曲がり躍り出る敵は絶えずこちらに向かってくる。これではきりがない。


 いつの間にか武器が槍から矛に変わっている。


「おらぁ!」


 矛が折られ、今度は敵の戟を奪った。紫の軍服を着た敵の中には遠巻きにこちらの様子を伺うだけの者もあり、この大男を恐れているのだとはっきりわかる。


「おら見てないでこっち来いよ、おねんねさせてやるぜ……おらぁああああああああ!」


悪来典韋あくらいてんいの名は伊達じゃねえぜ!」


 いにしえの悪来?――いや今、典韋てんいって言った?


 もしや……この世界は三国志の――?


 三国志演義は僕の愛読書だ。人生のバイブルと言っても良い。


 アジア圏の文化研究学者の母から『三国志演義』をプレゼントされたのがきっかけだったが、中学時代は夢中で読みふけったものだ。


 特に三国志の英雄、曹操そうそうは憧れの対象だった。とにかく人を使うのが上手い彼からは学ぶところが多くある、と思う。


 夢の中でもいい。是非一度会ってみたいものだ。


「……来ないならこちらから行くぞぉおおおおおおおおお!」


 突進し敵に向かっていく典韋てんいと名乗る大男。それをただ見つめるだけの僕。


 はっきりとわかる。僕は怯えているのだ。


 ここが三国志の世界なら――僕は誰だ?


 典韋は僕をわかと呼んだ。典韋の主君は曹操だから――若は若殿?ってことは曹操の息子?


 文帝ぶんてい曹丕そうひ?確か彼が長子で――?その弟が確か何人かいたような――よく思い出せない。みんな優秀だったと思う、確か。


 『三国志演義』が好きと言ったが、実は野球部のキャプテンとして人をまとめる方法を先人から学んでいたに過ぎないので、歴史のざっとした流れと、曹操を始め一部の人間にしか詳しくないのだ。


 原作ファンの方には非常に申し訳ない限りだが、所詮僕の知識とはその程度だ。「にわか」と呼ばれてしまったらその汚名も止むを得ないだろう。


 典韋の暴れ回る様を見て、僕は呑気に『僕』を考えていた。


 典韋は敵を蹴散らしてはこちらが危険に晒されていないか、時折振り返る。そこまで余裕がないようには見えないが、額の汗の量を見るとそうでもないようだった。


 本当に。


 ――僕は誰?


 そして、夢の中だとしても。


 僕が今ここでするべきことは何?


 苦しい。夢なら早く覚めて欲しい。 

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