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へびつかい座

 ――――人にできることって何だろう?

 時々、思いを馳せる。

 ――――自分にできることは何だろう?

 時々思ってしまう。

 自分には何もできないのではないかと。

 立って歩くことができる。モノを視覚することができる。

 その他諸々、たくさんできることはあるはずなのに、何もできないと錯覚を覚えてしまう。


 つまり何が言いたいのか?

 ――――目の前の光景を避ける術は無かったのだろうか、ということだ。


 ◇


《ハーイ! 12人の読み込みが終わったみたいだねー! それじゃ、罰ゲームスタート!》


 ファーストクエストの、終了宣言がなされた。


 何かがおかしい。


 ファーストクエストは、その性質から、全員がQRコードを読み込んだ時点でペナルティが課せられるものだと思っていたが……。

 それに「12人の読み込みが終わった」と言っていた。

 これは一体どういうことだ?


「どういうことだ? ぼ、僕はまだ読み込んでないぞ!?」


 おかしい、何だ? 何なんだこの違和感は?

 ミスか? 連中はこんな単純なミスを犯すのか?

 全員の視線が優男さんの腕輪に注がれるが…………その音は予想外の方向から飛んできた。


《貴方はルールに違反しました。三〇秒後にペナルティが科せられます》


 声の飛んできた方向に視線を動かすと、そこには。


「う――ウソだろ……何で、わ、私が…………しに、死にたくない!」


 先にコードを読み込んでいた中年オヤジの姿があった。

 音声は彼のつけている腕輪から発せられている。


《カウントを開始します。30、29……》

「誰か、誰か……助けてくれ!!」


 無慈悲に始められたカウントに、全員が戦慄したまま動けないでいた。


《15、14、13……》

「ひ…………ひ……ははは……夢、そうだ。これは夢だな! こんなことがあるはず、ないものな!」


《1……ご利用、ありがとうございました》


 ぱがん、と乾いた何かの破裂音がしたかと思えば、オッサンが仰向けに倒れた。


「――――ッ! ましろ。見るな」


 ここにきて、ようやく俺は年端もいかない友達のことを思い出していた。

 茫然自失と言った風になってこの光景を見つめていたましろを見つけ出し、顔をかば……おうとしたが、すでに星の胸によって顔を覆われていた。

 さすがに、かわいがってるだけあって対応が早い。


《ハァイ。それじゃ、この毒の効能の説明といこーか!》


 唐突に始められる放送。だが、誰も音源に振り返ったりはしない。

 そんなことよりも、目の前の光景に圧倒されていたから。


《まずは、第一段階として、平衡感覚の破壊。普通の人間じゃ立っていられなくなるのさ!》

「ひーひひ。ふへ、ははははは……おーーー」


 まるでまともな動き方も知らない乳児のように、手足をバタつかせるその姿は、アナウンス通りと言えるだろう。


《第二段階として、痛覚の異常。神経系を攻撃して、全身に異常な痛みを与えるのさ!》

「……いぐぐぐ、ああぁぁああああ゛!」


 …………もういい、もうやめろ。


《じゃあ、第三段階ね…………って、ありゃー、もう死んじゃってるよ》


 倒れたオッサンの頭部付近には、何か固体とも液体ともつかないものが流れ出していた。

 あれは……吐しゃ物か?


「状況から考えるに、痛みによるショック死か、吐しゃ物による窒息死か、でしょうね」


 神尾さんが、冷静な判断を下す。こういう時冷静な人間は多い方がいい。


《はいはーい、検死ご苦労様ー。でも、インパクトに欠けるっぽいから、ちょーっとだけサービスしちゃおっかなー》


 …………何?


「この上何かやろうっての!?」


 小日向さんが激昂しているが、聞こえているのか聞こえていないのか、彼女の声は黙殺された。


《じゃ、ゲストの入場でーす! みなさんお出迎えよろしくぅ!》


 壁にしつらえてあったのか、50センチ四方くらいのサイズの隠し扉が次々と開く。


「何だ……こいつら?」


 その向こうから出てきたのは。芋虫のような形をした、車輪の付いた、何かだった。

 災害救助の際に役立つと散々報道されていたロボットに似ているかもしれない。向こうはキャタピラだったが。


「何をするつもりだ?」


 石動さんが声にするよりも早く、そいつらは俺たちの足元をすり抜け、オッサンの死体にまで辿り着く。


「…………あ」


 そこで、俺はそのロボットにしつらえてある存在に気づいた。


 ――――電動ノコギリ。


 それが、モーター音を鳴り響かせながら、死体に振り下ろされる

 衣服を皮膚を裂き、肉を千切り、骨を削るその音は、もう2度と聞きたくないほどひどいものだった。

 音だけでそれだけなのだから、目の前の光景の方は、もう語る必要もないだろう。

 全てが終わったとき、俺たちの前には、血だまりとその中に浮かぶように存在する肉片だけが残されていた。


《んー、こんなものかな? もう少し細切れにしてもよかったんだけど》

「…………アンタたち、それでも人間……?」


 おそらく今の柳川のつぶやきは、みんなの声を代弁していただろう。

 しかし、その言葉は連中には届かなかったらしい。


《それじゃ、今から3時間、戦闘は禁止だから、がんばってねー!》


 それきり、放送はぴたりとやんだ。

 皆思い思いの表情で、不気味なほどの静寂の中にたたずんでいた。



「――――作戦会議よ!」



 そんな沈黙を打ち破ったのは、小日向さんだった。 


「最終的に別れるにしても、ここで情報を整理しておきましょう! 異議がある人は今すぐ出て行ってくれていいわよ!」


 情報がタダで整理してもらえるのだ。反対するヤツなどいるものか。


「異議はないみたいね。じゃあ、まず、このゲームに失敗したら殺されるという件」

「それはもう、この場で見せられたじゃないですか!」

「そうね。今更議論の余地もないわね。次、どうして彼がコードを読み込む前にファーストクエストが終了したのか? 誰か、何かわからない?」


 これは俺も気になっていた。

 あの時もハリーのやつ、12人が読み込んだ……と言っていた。

 読み込んだと俺が断言できる人間は、死んだオッサン含めて10人。人数が合わないのは、先に読み込んで、トンズラこいたヤツがいるんだろう。

 だが……どうしてあの優男さんが読み込む前に、クエストが終了した?


「あの…………」


 そして、その優男さん本人が、おずおずと挙手する。

 何か心当たりがあるのか?


「これは、ただの憶測なんですが……」

「構わないわ、続けて」

「僕らを誘拐した連中の用意周到さからして、人数のカウントをミスすることは考えづらいと思うんです。でも、僕が読み込む前に『12人が読み込んだ』と判断した。つまり…………」


 何かトンでもなことでも考え付いてしまったのか、己の推理を展開する彼の額には汗が浮いているのが見えた。



「――――完全な犯人側である『13人目』がいるって、ことじゃないでしょうか?」



 ◇


 彼の推理はつまりこういうことだった。

 誘拐された12人の他に完全に犯人側の『13人目』が加わっていたため、最後になるはずだった自分が読み込む前に締め切られたのだ、と。


 もし犯人側の『13人目』がいるとするなら、そいつはゲームで殺されないくらいの実力者と見ても問題ないだろう。

 それだけでも十分に厄介な存在ではあるが、ここで一番の問題となるのは、そんなことではない。

 その問題は、この場にいるほとんどの人間が互いに面識がない。つまりその13人目が誰であるかが全く分からないことだった。

 要するに、疑心暗鬼になり、関係ない人間同士で無駄な衝突を起こしかねない。ということである。


 それからの空気は、重苦しいことこの上なかった。


「僕が見たプレイヤーは自分含めて11人いますけど……」


 久しぶりに瀧田君が口を開く。


「その推測が正しかったとすると、あと2人、顔を知らないプレイヤーがいる、って事ですよね?」

「いいえ、そうとも限らないわ」


 瀧田君の言葉を遮ったのは、神尾さんだった。


「ファーストクエストが終わる前に『13人目』が1人殺していれば、わからないわ」


 この場にいるのは死体も合わせて10人だ。

 残りの2人だか3人だかが俺の与り知らぬ場所で接触して、殺しに走った場合…………。


「そして彼か彼女かは知らないけど、何食わぬ顔で『12人目』として演じるワケかい?」


 石動さんの補足に、神尾さんはセリフを横取りされた役者ような顔をしながら、うなずく。


「ええ、そうよ」

「となれば…………」

「ええ、やっぱり、当初の予定通り別れた方が無難でしょうね」


 話は俺たちを置いてどんどん勝手に進められていくが…………何だこの違和感。

 彼らの推論が間違っているとは思わないが、何か重要なことを見落としているような……?


「…………さすがに、考えすぎか?」


 状況からして『13人目』がいることは間違いなさそうだ。

 そいつが敵かはわからないが、主催者側で情報を隠匿するくらいだ。味方ではないだろう。

 だから、彼らの推論は、当たっていなくとも、見当違いではないはずだ。


「じゃあ、今後の方針を決めましょう!」

「え、ただ別れるだけじゃないんですか?」

「そうじゃなくて、データリンクのことよ。どの程度共有するか、決めておいた方がいいでしょう?」


 また面倒な話が出てきたな……。


「ルールは共有、後は任意ってことでいいんじゃないかなー?」

「まあ、それが無難なところでしょうけど……誰か、他に案ある?」


 誰も何も言わない。


「じゃあ、データリンクの設定はこれで決まりね。それじゃ、解散ってことで」


 小日向さんは言うだけ言うと、出口へと走り去っていった。


「…………平和主義者でも、やっぱり命は惜しいものなのね。じゃあ、私も行くわ」


 それに続いたのは、神尾さんだった。


「贅沢言ってられる状況じゃないわ。仲良しごっこもほどほどにしなさいよ」


 扉の前で振り返ると、言伝を頼むかのような気軽さで、言い放つ。

 このきっつい物言いさえなければ普通に美人だと思うんだけどなあ。


「じゃあ、なんとなく行かなきゃいけないみたいだから、僕も行くよ」


 そして神尾さんを見送ってからしばらく。石動さんがようやく重い腰を上げて、去ってゆく。

 残ったのは、俺を含めて6人だ。


「やっぱり、敵対しなくてはいけないんでしょうか?」


 瀧田君と口調が被り気味な優男さんが、残念そうにつぶやく。


「別に私は敵対するつもりはないですよ。火の粉が降りかかってきたら容赦はしませんけど」


 柳川が、「なれ合うつもりはない」と暗に突き放す物言いをする。


「それで、柳川も行くのか?」

「生きるためにはしょうがないでしょ。それとも何。生き延びたくないの?」

「それにしたって協力するとか……」

「無理ね。下手すると、私以外の全員が誘拐犯で、今までのは全部演技だった。とも取れる状況よ? あなた1人ならともかく、他の4人は信頼できないわ」


「時間を無駄にした」とでも言いたげに、ドアの方へ向かう柳川。

 これで残ったのは5人、か。


「それで、どうします? この5人で協力するんですか? それともまだ誰か抜ける?」


 正直、この優男さんは、社会人。容疑者候補に十分なりうる人物だ。同行は拒否したいところだが……。


「まるで、あと何人かが抜けることを望んでるみたいな言い方ですね」

「いや、それは…………」


「違う」と言いたいところだけれども、図星ど真ん中を突かれてしまっていて、咄嗟に否定の言葉が出ない。


「わかってますよ。社会人の僕がいたらいろいろとやりづらいですものね」


 優男さんは荷物をまとめると、ドアの方へ歩いて、言う。


「僕は陰ながら、皆さんを応援することにします。それでは」


 去っていく優男さんの背中を眺めながら、俺はふと思った。


「…………名前、聞いてなかったな」

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