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それでも時は流れる

 さあ歯車をはめ込みたまえ。

 さあ歯車となりたまえ。

 さあ歯車に巻き込まれたまえ。

 さあ異物として排除されるがいい。


 ◇


 マッピングを開始してしばらくの時間が経った。

 この作業と言うのが、遅々として進まないものだから、俺はいまだに開始地点付近、と言っても差支えのないほど移動していなかった。


「さて、次の部屋は…………」


 扉を開ける。

 中に見えたのは、どこかで見たことのあるインスタント食料のラベル。

 かなりの量が備蓄されているらしい。缶詰やらレトルトパックが山のように積み上げられ、並んでいた。

 食料庫、と言ったところか。

 せっかくなので、ありがたくいただいておくとしよう。

 連中が本気なら、ここにある食べ物に毒は入れないだろうし、ドッキリだった場合も同様だ。

 食品添加物以外で心配する必要はないだろう。

 とりあえず俺はレトルトパックのカレーと米。缶詰のパン、スポーツドリンクのペットボトルなどを学生鞄の中に突っ込んでおいた。あと使い捨て食器も少々。

 これで当面、飢える心配はないだろう。


「さて、行くか」


 余計な時間を食った。

 早いところマッピングを済ませて、クエストクリアしないと、だな。

 幾分か重くなった鞄を肩にかけ、ノートとシャーペンを手に、俺は歩き出した。


「…………?」


 何か違和感を感じたのは、それから程なくだった。

 足音が妙だ。

 自分以外のものが混じってるような気がする。近くに誰かいるのか?

 足を止めれば、足音はピタリと止む。

 気のせいか、と思って歩き始めれば、やはり違和感のある足音が聞こえる。

 後ろから誰かが付いて来てるのか? それとも、やっぱり俺の気のせいか?


 ――――少し試してみるか。


 俺は鞄を置き――マッピングの測量位置がわからなくならないためだ――大げさな動作で振り返り、走り出す。


「……ぁ…………ッ!」


 俺の耳も案外アテになるものだ。予想通り、誰かが俺のことをつけ回していたらしい。

 その人物は俺の反転からのダッシュに驚いたのか、足をもつれさせて転んでしまう。

 随分小柄な影だった。少なくとも一般的な大人のサイズには程遠い。

 ブレザーを羽織り、プリーツスカートをはいていることから、恐らく学生だ。


「あ、すまん」


 何だか悪いことをしてる気がしたのでとっさに謝ってしまう。

 別にそこまで悪いことをしたワケじゃないと思うんだが…………。


「その、大丈夫か?」


 転んだ人物が振り返り、俺に顔を見せる。

 中学生だろうか。その華奢な身体はまだまだ制服を着ているというより、着られている、といった風だ。

 印象的なのは、大きなリボン。長く、サラサラな髪を2つ結びにまとめていた。

 幼さを残す顔は、警戒しているというより、明らかに怯えの表情を見せている。


 ――――まずったな…………こういう時の対応方法なんて知らないぞ、俺。


「えっと…………その……」

「…………なさい」


 こっちが何をしゃべったものか、と悩んでいたら、少女の方から何かを切り出してくれる素振りを見せてくれた。

 尊重して、耳を傾けることにする。


「後……つけて、ごめ、なさい」


 少女の口からかみ殺すように出てきたのはあろうことか謝罪の言葉だった。

 空気が重くなるからそういうのやめてくれ…………。


「――――いや、こっちも悪かったよ。ビックリしただろ」


 こくり、と首肯。どうやら基本的にしゃべらない娘のようだ。


「えー、っと。これからどうする? 一緒に来るか?」


 他に振る話題も見つからなかったので、とりあえず仲間への勧誘を行うことにした。

 こくこく、と2度の首肯。勧誘成功。話題消滅。


「(あ、自己紹介してなかったな)」

「?」


 思い出した時にもれた呟きは向こうの耳には届かなかったらしい。


「俺は烏丸正臣。そっちは?」

「え、と――――『日十詩ひのとしましろ』」

「ひのとし…………」


 漢字が把握できない。


「お日様の日に、数字の十、吟遊詩人の詩って……書き、ます」

「ふむ……」


 言われた通りの漢字を頭に思い浮かべてみる

 日十詩――――目の前の華奢な少女のイメージといまひとつかみ合わない。言いづらいし。


「『ましろ』って、呼んでいいか?」

「うん――――みんなそう呼んでる」


 呼び名決定。再び話題消滅。


「じゃあ…………」


 話題話題話題…………。何かないか?


「ここがどの辺かわかるか?」


 ふるふる。首を横に振られてしまった。

 どうやらわからないらしい。


「地道に地図つけるしかないか…………」

「わかる、の?」

「いや――――わかるかどうか、今調べてるとこだ」


 俺は今までの足跡を記してきたノートを見せる。


「これが地図と合致するようなら向こうはある程度本気。逆に合致しなかったら、狂言だ」


 感心するように、頷くましろ。

 言葉数こそ少ないが、表情はとても豊富だ。

 コロコロ変わるその様は見ていてなんだか楽しい。


「…………で、今のところ、地図と重なってる部分は――――ここと、ここ……それからここの3ヵ所だ。

 とりあえず、ここに重なってるとすると、このホールみたいなところが近くにあるだろ。ここを目指してみようと思う」 

「うん、わかった……かも」


 儚げな声とは正反対の力強い頷きを返してくれる。

 不思議と心強い。


「あー、その、だな。荷物持ってやるから、マッピングやってくれないか?」

「? うん」


 面倒事の押し付け、と思われるかもしれないが、ハッキリ言って俺にこんな細かい感じの作業は向いていない。

 彼女ならきっときれいにやってくれるだろう。

 そう、面倒事の押し付けでなく、適材適所! …………モノは言いようだな、ウン。


 ◇


 そして…………ホールらしき場所があるであろう場所まで到着する。


「さっそくアタリだな……」


 そこは階段前だった。

 恐らく、各階の階段前にはこのようなホールというべきか、広場を設置しているのだろう。わかりやすくするために。


「ある程度本気……かも?」

「ああ、そうかもしれない。とりあえず、この地図が本物だ、という前提で動こう。マーカーの位置は…………ここか」


 地図が本物だと仮定すると、反対向きに歩いていたことになっている。正直言って、かなり遠い。


「まっずいな…………」


 全員が同じくらいのタイミングで自分の位置を特定できたとするなら、俺たちのコンビは最後尾ということになりかねない。

 茶番か本番か、判別がつかない以上、それだけは避けなければならない。


「なあ、体力に自信あるか?」


 なんとなく返答の予測はついているが、一応訊ねてみる。


「(ぶんぶんぶん!)」


 おお、何とも力強い否定。よっぽどないんだな。


「じゃあ、ぼちぼち行くか…………」


 無い物ねだりをしても仕方がない。

 俺たちはゆるりと前進し始めた。

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