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プロローグ

 人が笑うとすれば、そこには何かしらの理由があるはずだ。

 人が怒るとすれば、そこには何かしらの理由があるはずだ。

 人が泣くとすれば、そこには何かしらの理由があるはずだ。

 人が殺すとすれば、そこには何かしらの理由はあるのか?


 ◇ ~clockwork planetarium~


「う――――?」


 くそ、ひどい頭痛がする。目蓋も重くて開けてられない。

 風邪でも引いたか?


 いや、待て。俺は昨日何をしていた?


 ――――そう思い、昨日の記憶を引きずり出してみる。

 学校に行った。センターも終わって、二次試験対策の特別講義があったのだから、まず間違いあるまい。


 それが終わってからは…………どうした?

 校門を出た記憶はある。家に辿り着いた記憶は無い。


 ――――って、ことは、どっかでぶっ倒れた、と見た。

 大方、病院のベッドにでも寝かされてるんだろ。

 もしかしたら、まだ冷たいアスファルトの上とかか?


 考えてるうちに意識も覚醒してきた。

 目蓋も随分軽くなってきたし、俺は目を開けることにした。



「……………………は?」



 俺が目を開くと、そこには、およそ俺が想像したモノとはかけ離れた景色がお出迎えしてくれた。


 まず、俺が寝かされてた部分から状況を解析していこう。

 少なくとも病室のものじゃないと思う、スプリングが飛び出したベッド。元はフカフカだったんだろうが、今の状況を見るに、その『元』の頃からは大分年も経っているようだ。


 俺は身体を起し、ベッドから降りる。靴は履いたままだった。

 ベッド同様、フカフカだったであろう絨毯を踏みしめる。


 見渡せば、見知らぬ部屋。

 壁紙はあちこちがはがれ、天井には穴が開いている。

 今踏みしめてるこの絨毯にも、埃が積もっていた。


「ははは……すげえ寝相だな、俺」


 などと笑ってはいられない。状況把握に努める。


 この部屋は小部屋、と言うには少々広いような気がする。

 かと言って、マンションの一室ほどの広さは無い。


 牢屋…………いや、最初に否定はしたものの、やはり『病室』が一番しっくりくる。牢屋にこんな豪華な面影は残らない。

 台所などの生活的要素を可能な限り排除してあるこの部屋にはちょうどいい呼称だろう。


 で、どこだ、ここは?

 ――――落ち着け、俺、常識の範疇で考えろ。


 ファンタジックなワープはまずない。

 あるとすれば、夢遊病でも起こしたか――――――――誘拐だ。


 だが、誘拐される覚えはなかった。

 別に家が資産家と言うワケでもないし、俺はもう高校3年だ。

 誘拐するには不向きな要素しか揃ってない。

 仮に誘拐だとすると、誘拐犯の目的が分からない…………。


 ノートとかがあれば、纏めやすいのにな。

 と、思った矢先だった。

 視界の隅に見慣れた物体が映り込んだ気がした。


「あ、俺の鞄じゃん」


 向き合ってみれば、そこには俺の学生鞄――ストラップがつけてあるので個体識別ができた――があった。

 中を見れば、俺の持ち物がすべて封入されている。

 今日の授業の用意に、筆記用具、携帯電話まで。まあ、携帯は普通に圏外だったが。

 尻ポケットに突っ込んであったはずの財布も入っていた。しかも中身は健在。


 とりあえず、俺は適当なノートを取り出し、現在思いつく限りに自分の状況推測を書きこむ。

・自分は誘拐されている可能性がある。(ドッキリの疑いあり)

・誘拐されたと仮定すると、犯人の目的は金ではない。(財布の中身健在のため)

・携帯は圏外だった。(出力が強い装置を使えばつながるかも?)


 ここから導き出せる、俺の最善の行動は…………とにかく動いて、自分の位置を調べることか。

 俺は鞄を手に、部屋を出ようとする。


「ん?」


 ドアノブに何かが吊るされていた。

 アクセサリーにしては随分と豪奢なものだ。


「…………携帯、か」


 折り畳み式の携帯電話。

 こんなところにぶら下げておくということは、俺が部屋を出ようとするであろうことが事前に予測されている、と見ていいだろう。

 そして、こんなところにこんなものを配置するということは、持って行け、と言いたいのだろう。


「いいだろう。乗ってやるよ」


 監視されているのかどうか、確信は無かったが、なんとなく呟いてみる。

 俺は携帯を鞄の中に放り込んで、扉を開けた。


「…………へえ」


 扉を開けた先は、細い、一本道の長い廊下。その先にはもう1枚のドアが小さく見えている。

 どうせ部屋に留まってもやることは無い。俺はそのドアに向かい、歩を進め始める。


 ついでに、今さっきの携帯を取り出し、いろいろいじってみる。

 バッテリーが切れてるのか何なのかは知らないが、全く何も反応しなかった。


 30歩ほど歩いただろうか、ドアもかなり近くなってきた頃だ。


 俺の背後で、何かがすごい勢いで閉じる音を聞いた。

 あまりに唐突な出来事だったので、慌てて振り向く。

 すると、そこには、あったはずの遠くのドアが消え去り、無かったはずの近くの壁が現れていた。

 推測するに、防火扉の一種だろう。壁にうまく偽装していたに違いない。

 試しに押しても引いても、びくともしなかった。


 …………オーケー。恐怖映画にはよくあるパターンだ。


 気にせず進むことにした。と、いうより、前進する以外に道が閉ざされてしまった、というべきか。

 俺は扉に手をかけ、開く。


「――――よお。アンタが誘拐犯かい?」


 そこは一種の広間だった。

 すりガラスで中央をくりぬいた後、残った部分を円状に12分割したような構造だ。


 もっとも、この時点で俺もこの部屋の全体像は把握できていなかったのだが。

 そして、そのすりガラスにくりぬかれた部分、部屋の中央に人が立っていた。


《…………へえ。もう来たんだ》


 テレビとかでよく聞く加工された声が俺の耳に入る。

 見れば近くにスピーカーが置いてあった。あれでこちらに声を伝えているのだろう。


《おっかしいなあ。薬が効いててもう30分はぐっすりのはずだったんだけど……》

「俺は遅刻しない主義なんでな。予定より早く起き、到着するのは当然だろ?」


 冗談めかして言うが、この態度が向こうにどのような印象を与えたまではわからない。


《えらく落ち着いてるね。自分の立場、わかってんの?》

「最初の質問に答えてくれれば、わかるかもな」

《なるほど、ホントに落ち着いてるんだね。大体キミの予想通りだと思うよ》

「さいで」


 やはり、俺は誘拐された、ということか。

 ちなみに、落ち着いていられるというのは、実感がまだ全然湧いてこないからだ。


「そういや、時間が余ってるんだったな?」

《そうだけど?》

「なら、時間までおしゃべりでもしてようじゃないか」

《…………いいとも》


 ヤツは気付いているだろう。

 可能な限り情報を絞り出そうという俺の意図に。

 その上で乗って来た。つまり、公開していい情報と、してはいけない情報の仕分けは済ませていると言うワケだ。


「アンタらは、俺に何をさせたい?」

《人質?》

「じゃないことはわかってる」

《ばれたか……んー、あと30分ばかり待ってもらえたら、説明するよ。みんなもそろうだろうし》

「『みんな』だと?」


 それほどまで大量の人間を連れてきたのか?


《うん、キミ含めて11…………いや、12か。そんだけ集めたよ》


 こりゃまた、エライ人数だな…………実感が湧かない。


「この携帯は何だ?」


 来るまでの間にいじっていたが、何の反応もしない。

 これの存在意義が知りたい。


《うん、いい質問だ。だけどそれも30分後に説明させてもらえるかな?》


 …………どれもこれも30分後かよ。


「じゃあ、どんな内容なら話してくれるんだよ?」

《さあ? それはキミが考えることでしょ》


 …………く、ムカつく。


「アンタらは俺のことをどれくらい知ってる?」

《えーっと、名前が『烏丸正臣』、地元の名門私立『有海高等学校』に通う高校3年生。18歳。今は受験シーズンで忙しい日々を送っている。家族構成はキミと両親、そして姉の4人。親の収入は安定しており、中の上くらいの生活を営んでいる。こんなところかな。間違いない?》

「…………人違いで連れてこられたワケではないらしいな」

《そりゃね。人違いのないよう、綿密に計画立てたから》


 ……だろうな。12人も誘拐しようというのだ。並々ならぬ計画が練られているはずだ。


「アンタは何者だ?」

《ボクかい? ボクは『ハリー』キミらの案内が仕事の、ただの使いパシリさ》

「使いパシリってことは、親玉とかがいらっしゃると言うオチか」

《そう言うオチさ》

「…………そうかい。アンタも大変だな」

《キミらほどじゃないさ――――お、1人起きたみたいだね。キミと同じように誘導するから、ちょっと待ってて》


 そう言うと、背を丸めて、コンソールらしきものに何かを忙しなく打ち込み始めた。


《あーくそ、もう1人起きた》


 マイクの電源を落としてないせいで時々愚痴っぽい言葉が飛んでくる。

 この間、こっちとしては手持無沙汰でしかない。

 俺の元々持っていた方の携帯を取り出し、アプリゲームを起動する

 くそつまらないブロックゲームだ。

 しょぼいBGMを背景に、ブロックが積み上がっては消える。

 達成感も何もない。ただの時間つぶしだ。


《ここは…………》


 聞きなれない女性の声に思わず声のした方を振り向く。

 すりガラス越しに、見えたのは小さな影。

 どうやら、小柄な女の子らしい。年齢まで判別できないが。


《ごめん、キミの方のスピーカー切るよ》


 ハリーからの通達の後、キータッチの音も聞こえなくなる。

 もう1度携帯の画面に目を落とすと、ゲームオーバーになっていた。


「チッ」


 舌打ちしつつ、最初からやり直す。

 ブロックが、積み上がっては消え、積み上がっては消える。

 消えるたびに、スコア欄が更新されてゆく。

 数字が増えて増えて、増え続ける。

 ハイスコアにはまだまだ届かないけれど、俺は数字を積み上げ続ける。

 ゲームオーバーになり、スコアはまたゼロに戻る。

 また積み上げる。

 積み上げ、崩れる。非生産的、非効率的な作業を俺は延々と続けていた。


《さてさて、全員そろったようだね。全員ちゅうもーく!》


 そんな作業を妨害したのは誘拐犯の一味こと、ハリーさんだった。

 注目と言われても、どうせすりガラス越しじゃん。と誰かがツッコミ。

 全員の部屋分の音声がこちらに流れて来ているということは、自分の声も他の全てのスペースに発信されてるとみていいだろう。

 俺は欠伸をひとつして、携帯をしまう。


《さて、まずは…………えーっと、何言えばいいんだっけ?》


 おいおい、人連れて来て何言ってやがる。的なため息が漏れる。


《……。……はい…………はい、はい。ああ、そうでしたね。……さて、『今日は…………えー、みなさん、に、ばとるし、てもらいます』…………合ってます? え、違う? もいっかいやれ? めんどくさいじゃないですか》


 …………なんだかなあ。緊張が和らげるためなのか、よくわからないが、イライラする。


《えー、もいっかいやります『今日は皆さんにバトルしてもらいます!』》


 だから、そのバトルって何だよ。早く話進めろよ。こっちは30分以上待たされてるんだからさ。


《詳しいルールは配布した携帯電話を見てね。ここでは大まかな解説するから》


 スピーカーからゴソゴソと物を漁るような音が聞こえてくる。

 恐らくほぼ全員が携帯を取り出したんだろう。まあ、かくいう俺もその1人なんだが……。

 携帯を触ると電源が入るようになっていた。今の時点ではだからどうと言うワケではないが。

 ちなみに、待ち受けは星座占いとかで見るあの記号――自分ではどれがどれだか判別すらつかない――がデカデカと使われていた。


《さて、と。皆が今いるのは、地下10階くらいのちょっとした地下施設だ。そんで、ここが地下10階。まあ、最下層だね。…………あ、この辺携帯の取説アプリに載ってるからメモしなくてもいいよ》


 俺の手が止まる。

 全員に見られているワケではないのだが、なんだか往来のど真ん中でヘマをやらかしたような気分になってしまう。


《さて、皆がこれからやらなきゃいけないのは、いわゆる『脱出ゲーム』だ!》


 脱出ゲーム、ね。

 施設の構造を先に出してきたってことはやっぱここからの脱出ってことだろうな。


《この地下10階から地下1階までたどり着き、特定の条件を満たせれば地上に脱出成功! 勝者で賞金50億を山分け! どうだい、簡単だろう?》


 へー、賞金50億かー。


《安全策を取って多人数でクリアするか、一獲千金を狙って1人で挑むのか、それはキミたちの自由だ!》


 ドッキリだな。50億なんて、そう易々と渡すワケがない。


《あ、そうそう。失敗したら死んじゃうから、ヨロシク》


 …………何?


《皆『納得いかない』って顔だねえ。じゃ、ひとつ。アンケートを取ろう。携帯見てみて》


 携帯の画面に目を落とす。

 悪魔を模したと思われる、悪趣味なチビキャラが踊るアニメーションが展開されていた。


《さて、2択のアンケートだ。『これが本気だという証拠が欲しい?』イエスかノーか。あ、制限時間は1分ね》


 画面に大きく『YES』『NO』の表示がなされる。


「YESってやったら誰か殺すんだろ?」


 皆に聞こえる声でそう呟くが、反応は返って来ない。…………と、言うか、さっきから誰も音を立てていなかった。

 いや、誰も音を立てていないんじゃない。マイクが切られているんだ。


《相談はよくないと思わないの? こういうところで組織票とか、ホント困るんだよねえ……》


 キョロキョロしていた俺をたしなめるようにハリーが言い放つ。

 くそ、誰かが気付くであろうことは見越されてたってことか。


 まずいな…………常識で考えればこういう時、YESを選んでしまいたくなるのが人情というものだ。

 他の人もこの考えに行き着けばいいが――――万が一本気なら、彼ら自身が殺される可能性もある。

 とりあえず、俺は迷わずNOだ。


《はいはーい。1分経ってないけど、全員の投票が終わったみたいだから締め切るよー。いやー、投票率100パーセントなんて、そうそう出る数字じゃないよ。ウン》


 確かに。50パーセントもいかないもんな。最近の選挙。


《じゃ、集計結果発表するよー。有効票が12。賛成票は8! 反対票は4! 賛成多数で証拠が欲しい! って結果が出たよ!》


 …………くそ。さすがにダメだったか。


《民主主義はすばらしきかな、だね。そんじゃ。証拠を見せる前に、まずゲームを始めてしまおう!》


 ――――最後に残るのは、いずれの俳優プレイヤーか?

     最後に待つのは、いずれの結末エンディングか?

     あるいは、全員が助かる陳腐な終演か?

     さあ、血と恐怖が彩る喜劇の開演だよ!――――

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