第十三話 妖精とお話し中なう
遅れました。
さすがにこの時期は飲み会が多くて困ります。
どうやら、俺の服は洗濯中らしい。
セガルが取りに行ってくるというので、今、この部屋にいるのは俺と妖精さんの二人っきりだ。
………う~ん、気まずい。
「………はぁ」
俺の気まずさがうつったのか、妖精さんもため息をつく。
よく見てみると、憂鬱な表情、というより、どことなく疲れたような表情だ。
「どうした?」
「はぁ? いきなり何言ってんの?」
唐突に聞きすぎたのだろうか。やっぱり、会話は難しい。
「顔」
「……ケンカ売ってんの? も一回電撃食らってみる?」
「遠慮する」
もう一回? 電撃なんて食らったことなんて一回もないんだけど。
まあ、どうでもいいか。どうせ、妖精さんの思い違いだろうし。
「あのさ、あんたまだるっこしいのよ。何が言いたいの、えぇ?!」
歯をむき出しにして威嚇してくる妖精さん。まあ、別に怖くないけど。
「疲れているな」
「つ、疲れているって……あんたが?(もしかして、あの電撃のせいで……。遠回しにあたしを攻めているの。ふふふっ。流石人間。陰険さは世界一ね)」
あー、絶対に変な方向に考えているな~。普通に考えれば、誰を指しているかわからないなんてないことはないと思うんだけど。
「あんただよ。疲れているのか、妖精」
「……あ~疲れるわよ。あんたと話すとね」
いやいやいやいや。違う違う違う違う。
「違う。表情が優れてない。何かあったのか?」
「あー……」
何か心当たりがあるのか、決まりの悪そうな表情を浮かべる。
「とりあえず寝るか? シーツはないが」
シーツは体に巻きつけています。今の俺はまるでギリシア風の変態です。
「あー、気持ちはありがたいけど、遠慮するわ。………悪夢みそうで」
「悪夢?」
「一昨日ぐらいからなのよね。あのへんな悪夢を見始めたのは」
あ、回想シーンはいりました。
透き通るような青空。見渡す限りの草原。
夢のようなこの場所にあたしは何時の間にか立っていたの。
まるで、妖精の幻想郷にも引けを取らない素晴らしい場所ね。
「悪夢?」
「ここからよ。ひどい話は」
あたしは気分がよくて、草原、小川、森の中を飛び回っていると、ふと背中に視線を感じたのよ。
それもたくさん。
妖精を狙う者は意外と多いの。人間は妖精を捕まえれば愛玩動物にしたり、魔術の実験動物にしたり。ゴブリンとかオーガとか肉食獣も餌として狙ってくるの。あたし達はとても美味しいらしいから。
まあ、あたしはそいつらを片っ端から消し炭にしてきたわ。あたしの電撃は妖精一よ。
「すごいすごい」
「褒めるなら棒読みでいうな!」
全く。あたしが殺る気満々で振り返ると、猛獣がいたの。
大量の犬が。
「天国だな」
「どこがっ!?」
犬の群れは生意気にもあたしのことをじっと見ていたわ。
ふふふっ、その対応は間違いよ。犬共。お前たちがとるべき対応は、回れ右をしてその場から逃げることよ。
あたしは電撃を放とうと、両手に魔力を集め……られない。
あれ、何で、どうして。
………よし。天才のあたしらしくない失敗だったわね。
さ、さあ、あたしの電撃を―――放てない。
何でどうして、魔力が感じられないのよ!?
あたしが焦っているのを尻目に、犬共はじりじりとにじり寄ってくる。
ま、まずいわ。
あたしが慌てて身をひるがえして逃げ出した瞬間、犬共の群れが追いかけてきたの。
「天国だな」
「だから、なんでっ!?」
あたしは必至で逃げたわ。林を通り抜け、小川を飛んで、崖を飛び越えて。
逃げ切ったと思ったら新しい群れが、逃げ切ったと思ったらまた新しい群れが。
クールなあたしは、冷静に飛び回りながら逃げたの(一部表現に美化があります)。って、やかましいわっ!
ええ、はいはい。そうです。そうですよ。あたしは半泣きで逃げ回りましたよ。だってそうでしょ!?
逃げた先に犬。撒いたと思ったら、また犬。悪夢よ、本当に悪夢なのよ。
「最高だ」
「だ・か・らっ! 何でよっ!」
そこで冷静(笑)なあたしは―――って、(笑)って何よっ!? あたしを馬鹿にしてるのっ!?
泣いてません。泣いてません。パニクってませんっ!
気が付いたのよ。犬共の指揮を執っている犬を倒せばこの状況を打破できるって。
犬のリーダーは薄い肌色の長い毛並みを持っている大型のたれ耳犬。奴を倒せばあたしは逃げ切れる!
「………」
「何でかわいそうな目でこっちを見るのよ!」
あたしは逃げ回るふりをして、奴らの群れの動きを観察したの。そして、ようやく群れのリーダーを見つけたわ。
そして全身全霊を込めた電撃を撃とうとリーダーに一気に接近して―――犬の群れに飲み込まれたわ。
「やっぱり」
そうだろうと思った。パニクって、電撃使えないことを忘れて突撃して、さあ、食らいなさい! っと
格好良く決めたところで、電撃が出ないことを思い出して、青い顔でじゃれついてくる犬達の群れに飲み込まれたのだろう。
俺から言わせてもらえば、犬にじゃれつかれて溺れるなんて、天国だと思うんだけど。
「うっさいわね!」
涙目で叫ぶ妖精さん。犬の群れに巻き込まれたのを思い出したのだろう。
「あんな屈辱、忘れようにも忘れられないわ。じゃれつかれて、舐められて、銜えられて。よだれまみれにされて―――!!」
「落ち着け」
「もう駄目だっていうところで、犬共のリーダーが出てきて、謝れっていうのよ。あたしが犬に何を謝れっていうのよ。謝るのはそっちでしょ? そうよね? 襲いかかってきたのはそっちじゃないの。何であたしが謝らなきゃいけないのよっ!」
そう叫ぶと、妖精さんはベッドに突っ伏して泣き出した。
「限界までいじくられて、気を失ったら目が覚めるの。一昨日だけなら、あ、ついてないな、って思うんだけど、昨日もっ! 今日もっ! おんなじ悪夢を見るのよ。あたし、何か悪いことしたっ!?」
「俺が知るか」
今日初めて会ったのに。
「あたし、どうしたらいいのよ……」
「謝ればどうだ?」
「何でよ。心当たりがないのに」
「犬に聞いてみればいい。『すいません。心当たりがないので教えてください』と」
わからなければ、聞けばいい。そうすれば、犬も教えてくれるだろう、たぶん。
「それしかないの……?」
「と、思う」
俺はうつぶせで震えている妖精さんの頭を撫でる。妖精さんは一度、びくっとしたが、抵抗することなく、撫でられている。
「大丈夫。犬は本来優しい動物だ。誠意をもって聞けば、答えてくれるだろう」
俺の知っている犬―――大吾郎だったら、話せばわかってくれたからなぁ。ほかの犬でも教えてくれるだろ。
「うん……。やってみる……」
泣き疲れたのか、妖精さんの呼吸が静かになっていき、そしてかすかな寝息が聞こえてきた。
全く、騒がしい妖精さんだ。
俺は頭をやさしくなでながら、セガル早く戻ってこないかなぁ、と思った
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