主人公補正による巻き添えの一例
俺の名前は三田村。どこにでもいるありきたりな高校生だが、一つだけ他人と違うところがある。
俺は学生でありながら、超人的な身体能力を買われてとある非合法な組織に在籍していたのである。
だが、普通の青春生活を送りたいと思い立った俺は、数日前に組織を勝手に離脱した。そのお陰で、今は組織が放つ刺客に襲われる毎日だ。それを適度にあしらいながら、俺は常識的かつ平凡な高校生活を送るために日々奮闘している。
ある朝、俺がそんなことを思い返しながら学校に向かっていると、見知らぬ男に道を阻まれた。俺よりも一回り大きな体躯。常人離れした雰囲気から組織の者だと分かったので、俺は嘆息する。
男は懐に隠し持っていたナイフを振りかざしたが、俺はそれを軽く払いのけ、がら空きの腹にジャブを打ちこむ。膝が崩れた隙をついて首に手刀を打ちこむと、男は静かに地面に倒れた。
「すっご~い!」
突然、女子の歓声が聞こえたので俺は慌てて後ろを振り返った。そこには同じクラスの麻木が立っていて、俺と男の姿をバッチリ目撃していた。
「凄い! 凄いよ三田村君! あんな危ない男をパパッとやっつけちゃうなんて、カッコいい!」
そう言いながらぐいぐい近付いてくる。俺は困った。あまり女性に免疫が無いので、どう対応すればいいのか分からないのである。
「ねえねえ、空手とか習ってたの?」
と言った麻木の質問にも、
「ええっと、護身術を少々……」
とはぐらかすので精いっぱいだった。
俺が警察に「不審者が路上で倒れている」と通報しながら学校に向かっている間も、麻木はついてきて、俺に色々話しかけてきた。
大人をノックアウトさせた姿に興奮しているのだろう。矢継ぎ早に質問してくるので、俺は言葉を返すのに必死だった。
だが、麻木と二人きりで話すのは決して苦ではない。入学当初から気になっていた存在なので、この展開はむしろありがたかった。
近くを通り過ぎる男子学生たちが、
「朝からイチャイチャしやがってよっ」
と不機嫌そうにこっちを睨んでくるのが心苦しかったが、それすら気にならなくなるほど、麻木との会話は楽しかった。
その後、何事も無く俺は麻木と共に学校へ到着した。そしていつものように下駄箱のふたを開けると、身に覚えのない箱が大量に詰められていた。
俺は組織の罠が仕掛けられていると直感し、反射的にしゃがみ込んだ。だが数秒経っても、爆発も何も起こらない。隣に立っている麻木は不思議そうに俺を見つめている。
危険が無いことを確認した俺は、何事もなかったかのようにスッと立ち上がる。そして恥ずかしさを誤魔化すように、下駄箱に突っ込まれている箱を一つ、無造作に取り出してみる。ピンクの包装紙に赤いリボン。ほのかに甘い香りが漂う。
「わぁ、バレンタインチョコがいっぱい。三田村君モテモテだ~」
後ろから覗いていた麻木が、そう言って俺の肩を叩いた。
その言葉を聞いて思い出した。久しく学校に来ていないので忘れていたが、今日はバレンタインデーだったのだ。しかし、女性にあまり免疫のない俺がこんなにチョコを貰える意味が分からない。困惑するしかなかった。
そして俺が両手いっぱいのチョコを抱えて廊下を歩くと、通り過ぎる男子学生たちが冷たい目を浴びせてくる。みな一様にブツブツと何か呟いている。読唇術を心得ている俺は、彼らが「リア充、リア充、リア充」と呟いていることが分かった。が、新しい造語なのか、俺には言葉の意味が理解できない。このチョコが欲しいのかと思い声をかけると、男子学生たちは頬をピクピクさせながら無造作にチョコを取っていった。
「礼は言わねえからな!」
といった謎の言葉を残して。首を傾げながらその行為を繰り返すと、結局、教室に着く頃にはチョコはゼロになった。
だが教室に着くと、俺の机の上にまたもチョコが山積みになっていた。バレンタインの洗礼第二弾だ。俺が気付かないだけで、実は女子にモテモテだったのかと考えあぐねていると、一緒に登校してきた麻木が声をかけてきた。
通学路で出会った時とは違い、頬を赤らめ、ただならぬ緊張感を漂わせている。
「あ、あのね三田村君。こんな状況でとっても渡しづらいんだけど、私の気持ち受け取ってください!」
そう言って麻木が差しだしたのは一個の包み箱であった。ほのかなチョコの匂いがするので中身は言わずもがな。俺は喜んでその贈物を受け取った。
麻木との相思相愛が確定した瞬間であった。
「ありがとう。嬉しいよ」
その言葉を聞いて満面の笑みを浮かべる麻木。女子は俺たちを祝福し、男子は盛大なブーイングを浴びせてくる。
そして本命が貰えたので、机の上にあるチョコはもう受け取れなくなった。くれた女子には悪いが、この山のようにあるチョコはクラスメイトに分け与えることにした。
「好きに持っていっていいよ」
と言った途端に、男子たちは我先にとチョコを奪い合っていった。
「チ、チョコー!」
「俺にも、俺にもくれー!」
「おい、お前2個も取ってんじゃねぇ!」
「押すな押すな! 俺の貰ったチョコがクシャクシャになっちまう!」
教室はチョコをめぐって軽く騒然となった。主に男子だけが。
その光景を眺めながら、俺は麻木から貰った予期せぬプレゼントを握りしめた。感触を確かめるようにしっかりと。
ちなみに。
下駄箱や机上にあったチョコは、組織の者が仕向けた毒物入りチョコレートであった。このチョコを家に持ち帰り、やっかみや嫉妬を込めて食した男子学生たちが一人残らず失神の症状に見舞われたことを、三田村は知る由もない。