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彼の国(かのくに)  作者: 春の雪


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3/3

  第三章 彼の国にて

  1 彼の国での目覚め

 雪野は目が覚めた時、拠点のアパートで寝ているような気がした。

 狭い部屋の窓際に置かれたベッドに寝ている。しかし、天井の色や部屋の造りが微妙に違っていた。


 起きあがろうとしたが体が怠くて動けなかった。

 おかしい、と思ったとたん全てを思い出した。


 あの拠点のアパートを荷物を持って出た。そして安西の車で書店の事務所に行った。

 そこで酔い止めの薬を飲まされ、意識を失った。


 その後、何かの乗り物の中で一度目が覚めたが、目隠しをされているようで周りを見ることができなかった。

 海の音のようなザーっという音が聞こえてるような気がした。

 しかし、体が怠くて動けないまま再び意識を失った。



 今は目隠しもなく、音もしていない。

 ゆっくりと頭を動かすと、ベッドから少し離れた所に人が2人立っている。安西ではない。

 雪野はドキリとした。


 「目が覚めたか。無事に着いて何よりじゃ。」

 そう言った男の声には聞き覚えがあった。

 「頭領様?」

 「そうじゃ。顔を隠しているのによくわかったな。」

 「声と話し方で…。」

 「そうか。美声じゃからな。ハハハ…。」

 頭領は1人で笑って、雪野が困ったように薄笑いを浮かべているのを見て咳払いをした。


 そこに頭領と一緒にいる年配の女性が声をかけてくる。

 「まだ少し体が怠いだろうけど、そろそろ動けるようになるはずだ。」


 初めて見る顔だが迫力がある顔だ。少し太り気味だが、ポッチャリというよりは固太りという感じだ。

 「強そうなくの一…。」

 雪野がポロッと感じたままをつぶやくと、頭領が笑って、

 「その通り、おっかないババア忍者じゃ。」と言った。


 雪野が慌てて、

 「失礼しました。柳生雪野と申します。よろしくお願いします。」

 と言った。

 「聞いていた通り礼儀正しい子だな。気に入った。

 私は副頭領の小百合だ。よろしくな。」と言った。

 

 あまりに見た目に合わない名前に、思わず笑いそうになるのを堪えて、

 「先ほど、無事に着いた、と仰いましたが、ここはもう彼の国なのですね。」と言った。頭領が、

 「そうじゃ。そしてこの部屋がお前さんがこれから住む部屋じゃ。

 いろいろ話してやりたいが、わしはもう行かねばならん。

 あとは小百合の部下の小菊から聞くように。」と言って、部屋の隅に控えていた40才くらいの女性を手招きした。

 小百合も、

 「じゃあ私も行くわ。小菊、後を頼んだよ。」

 と言って頭領と一緒に消えた。

 

 小菊と呼ばれた小柄な女性が、

 「私は副頭領の副官の小菊。とりあえずあなたの担当が決まるまで私があなたの生活の面倒を見ることになったからよろしくね。」

 雪野は先ほどと同じように、

 「柳生雪野と申します。よろしくお願いします。」と丁寧に挨拶した。

 小菊は頷いて、

 「雑炊を作っておいたから今、温めるわね。もう少し横になっててね。

 手や足を少しずつ動かしてみてね。」

 「はい。」


 小菊が台所でガチャガチャやっている間、雪野は手を握ったり開いたり、足を持ち上げたりして体を動かしてみた。

 なんとか起き上がれるようになり、ゆっくり立ってみる。少し目眩はしたが普通に立てた。音を聞いて小菊が、

 「あ、起きられた?よかったわ。

 この部屋にある物はあなたのために用意した物だからタオルもスリッパも好きに使って。まだあまり揃ってないけど。

 こっちにトイレと洗面所があるから。」


 雪野は洗面所に行った。

 建物そのものは新しくないし狭いが、きれいに掃除がしてあって、タオルなどの備品は全て新しかった。


 トイレと洗面を済ませて台所に戻ると、椅子が2脚ある小さなテーブルの上に鍋とお椀と匙が置いてあった。

 雪野が戻ったのを見て、小菊が鍋の蓋を取って雑炊をよそってくれた。


 「ありがとうございます。」

 「朝から何も食べてないんだってね。かわいそうに。薬を飲ませるにしてもパンくらい食べてからにすればいいものを、男って奴は…」小菊はブツブツ言った。


 「あのお薬は何だったのでしょうか。」

 「酔い止めと睡眠薬ね。場所に関してはまだ見せる訳にはいかなかったからね。」

 ―いつか我々の信頼を得ることができれば…。―主任の言葉が甦る。


 「ゆっくり食べて。」

 「ありがとうございます。いただきます。

 小菊様は召し上がらないのですか?」

 「私はここに来る前に食べて来たから大丈夫。」

 小菊は自分にはお茶だけ入れて雪野の向かい側に座った。


 「食べながら聞いてね。

 まずここはあなたが彼の国と呼んでいた国の首都。

 このアパートはあなたが通う国立アカデミーの学生寮。

 あなたはだいたいはここで暮らしてアカデミーに通うことになる。


 だいたい、というのはあなたには専属の先生が付いて、この国のことや今まで学んだことがない科目の補習、武術の訓練をマンツーマンで見てくれることになる。

 その先生の所に住んで指導を受けることも増えるから。」

 「そのかたはアカデミーの先生なのですか?」

 「アカデミーでも教えてるけど本職は医師で薬剤師で国の中央棟の公務員で特別上忍と呼ばれる高位の忍び。」

 「?!?!」

 「そう。めちゃくちゃ忙しい人だからまだあなたを引き受けてくれるかどうかはわからない。今、頭領が鋭意説得中。」

 「……」

 「大丈夫、頭領があなたなら絶対引き受けてもらえる、って太鼓判を押してたもの。万が一の場合は自分が面倒を見る、って。」

 「………………」

 雪野の微妙な反応に小菊はお腹を抱えて笑ったが、雪野はいろいろな不安がこみ上げてきた。


  2 明日から

 小菊は1枚のプリントをテーブルの上に置いて、

 「明日からしばらくのあなたの予定表。

 明日、16日は朝からアカデミーで編入テスト。朝、私が迎えに来て一緒に行くから。

 テストと言っても合格不合格ではなくて、どんなことをどの程度まで勉強してきたか、どんなことは全くやって来てないかを見るためのテストだから。

 午後までかかるからお昼は学生食堂で私と食べるからね。」

 「はい。ありがとうございます。」


 「18日は先の戦争の終戦記念式典。行きは一緒に行くけど私は式典の進行を手伝うから、あなたは最初の頭領の話が終わったら先に帰っていいから。」

 「はい。」


 「20日はアカデミーの進級・編入式。大教室でえ映像でやるから。そのまま続いて学生生活の注意や、時間割編成についての説明。

 

 その日の午後と21、22日は授業見学。この週のうちには担当の先生が決まると思うわ。

 

 5月11日から本格的に授業開始。

 このプリントに日にち、時間、場所と簡単な地図がが書いてあるから。」

 「ありがとうございます。」

 「服装は全て自由、必要な物はこちらで用意するから。

 あと、食べ物は冷蔵庫やそのへんの棚に置いてあるから何でも食べて。」 「はい。ありがとうございます。」


 「じゃあ遅いから私も帰るわ。明日の朝8時に迎えに来るから。」と言って立ち上がった。

 「お忙しい中ありがとうございました。」言いながらも少し不安な表情で一緒に立ち上がった雪野に、

 「あなたはきっと大丈夫。実は私達はとても期待しているのよ。」

 そう言って軽く雪野の頭をなでて、小菊は帰って行った。


 ポツンと残された雪野は椅子に腰を下ろして、ぼんやりと部屋の中を見まわした。間取りも広さも安西の拠点のアパートにそっくりで、朝にはここから東都大や書店に行くような気がした。


 玄関の外に出て見ようかとも思ったが、同じような部屋の外が全然違う風景だったらと思うと怖くて体がすくんだ。

 結局、外に出るのは朝、小菊が来てからにして、夕食の後片付けをした。

 冷蔵庫には1週間は持ちそうな量の食材が入っていた。


 それから雪野はノロノロと部屋の机の所に行き、雪野と一緒に運ばれて来たボストンバックとリュックを確認して、寝巻きを引っ張り出し、シャワーを浴びた。髪を乾かして冷たい水を飲むと少し落ち着いた。

 

 それから雪野は机に座って、持って来た真っさらのノートを出した。何か書いてあるノートや携帯は持って行ってはいけない、と言われて新しく買った日記用のノート。


 彼の国1日目(◯◯2年 4月15日)

 と書いた。


 前のページのない日記帳を見て、18年間がなくなってしまったような気がして雪野は涙ぐんだ。

 「ぐっ、ふえっ、えっえっ、えーん…」

 自分でもよくわからない泣き声をあげながら布団にもぐりこんで、雪野はいつの間にか眠った。


 

 


 



 




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