第ニ章 出国
1 故郷を離れて
翌日雪野は主任から呼び出された。
「最初から受かるつもりやったんか?この流れで大学に入って出国をうやむやにするつもりではないやろな?」
「逆です。西都大なら受かっても受からなくても家から出る必要がありません。
東都大なら受かって東都に移動する流れで家を出て、機会を見て出国することも自然にできると思ったのです。」
主任は黙って雪野の顔を見て、
「なるほどな。」と言った。
確かに大学に落ちて家からいなくなるといえば周りは心配するだろう。受かって下宿するから家を出た、という方が自然だ。
大学の方も、まだ書類手続きの段階の雪野が来なくても、しばらくは話題にもなるまい。
「たいした奴やな。」あまり好意的とは言えない口調で主任は言ったが、中西だけは、
「ともあれ東都大合格おめでとう。すごいな。」と心のこもった口調で言ってくれた。
「ありがとうございます。」雪野は嬉しそうに頭を下げた。
主任と杉本は今回の件があるまで雪野と直接の繋がりはなかったが、中西は体育とはいえ、3年間雪野の担当教師であり、名前も顔もはっきりわかっている自分の生徒であった。
後日知ったことだが、雪野を殺さないように強く主任に取りなしてくれたのは中西であった。
それから雪野は大学入学の準備で忙しかった。両親にはたいへん申し訳なく思いながらも入学金やアパートの準備金などを払ってもらい、雪野自身は大学に提出する書類などの準備にバタバタしていた。
両親は大学の寮に入ることを勧めたが、そうなると彼の国に旅立つのがたいへん難しくなると思い、なんとかアパートを借りることに同意してもらった。
アパートについては、主任が彼の国の東都の拠点を紹介してくれて、その拠点が持っているアパートを格安で貸してもらえた。
雪野は大学生の身分を確保しつつも、いつの間にか彼の国に行くことがたいへん楽しみになっていた。
主任は、雪野があまりに手際よく学生生活に入る準備をしていたので少し怪しんでいたが、自分が紹介した拠点のアパートに収まったことで安心したのか、春休みの終わりには別れを告げて高校へと帰って行った。
「もう会うこともないかも知れんが、元気で頑張れ。わしらにお前を助けたことを後悔させんといてくれよ。」
雪野はぽろぽろっと涙をこぼして、強く頷いた。
2 彼の国の拠点
東都には彼の国の拠点が20ケ所ほどあるとのことだった。雪野が紹介されたのは大学から少し離れた書店だった。
雪野はそこの拠点長であり店長の安西という男に出国までの指示を仰ぐことになった。
安西は主任と同じくらいの歳と思われたが、教師だった主任達とは違って、あれこれ心配したり細かい指示を出してくることはなかった。
安西は雪野を表向きは書店のアルバイトとして雇い、なるべく毎日顔を出すようにとだけ言った。
実際に仕事をすることはほとんどなかったが、アルバイトを理由にして、なるべく知り合いを作らないようにとのことだった。
書店には7〜8人の諜報員が出入りしていたが、紹介されることも話すこともなかった。
ただ、安西は暇がある時、少しだけ彼の国のことを教えてくれたりした。
そうこうしているうちに入学式が終わり、テキストの購入や選択科目の提出などが始まった。
万が一彼の国に行くのが遅くなったりした場合のため、雪野は全ての手続きをしておいた。
何となく大学に気持ちが向いていたが、その日は突然来た。
「15日に出発になったよ。」
「そんなにすぐですか…」
「その日を逃すと次はいつになるかわからないから必ずその日に移動するようにとの頭領からの厳命だ。」
いつでも発てるように準備をしておくように言われていたので、大きめのボストンバックにとりあえずの衣類と、リュックに筆記用具と必需品を入れてあった。
部屋は女性の諜報員が使うかもしれないから全てそのままにしておくよう言われていた。
雪野は持って行けない物は実家に送っておいた。
3 出発
15日の早朝、安西が車で迎えに来た。荷物とともに書店の事務所に連れて行かれ、
「長く乗り物に乗るから酔い止めを飲んでおいて。」と言われて、渡された薬を飲み、雪野は意識を失った。




