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彼の国(かのくに)  作者: 春の雪
 第一章 白い閃光

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  白い閃光

   1 白い閃光

 6限目の終わりのチャイムが鳴った。

 あとはホームルームだけという気怠い空気が校内に漂う。

 各教科の係の生徒が明日の授業の準備について聞くために担当教師の元へ急ぐ。

 体育係の雪野は体育館の隅にある体育科教員室へと走った。


 

 体育館の奥は、中央が舞台、舞台に向かって左側に用具室、右側に教員室がある。

 体育館の中を横切って教員室の前に立つとドアが少し開いていた。

 雪野は隙間から中を覗くと、部屋の真ん中に4〜5人の人が立っている。


 ノックをしようとしたその時、部屋の中を強い光が走った。同時に、

 「誰だ!」と鋭い声がする。

 「3年A組の体育係です。」と答えると、

 「…入れ」という声と同時にドアが開く。

 中に入ると先程とは様子が違った。

 先程は部屋の真ん中に何人かまとまって立っていたが、今は壁に向かって置かれた机に教師がそれぞれ座っていた。


 入れ、と声をかけたのは一番奥に座っている主任の山下だ。

 雪野は部屋を見回して、彼女らの担当教師の中西を見つけ、

 「3年A組、明日の4限目です。」

 と言った。

 中西は机の上のクリアファイルを取り上げ、

 「体育館でバレーボール。係は始まる前にボールを出しておけ。」と言った。

 「はい。失礼いたします。」


 雪野が一礼して部屋を出ようとすると、

 「ちょっと待て。」

 主任の山下が呼び止めた。

 「はい。」

 「お前が来た時、部屋のドアは最初から開いてたか?」

 「少し開いてました。」

 「中を見たか?」

 「少し隙間が開いていただけでしたのでよくは…」

 「そうか。…いい。行け。」

 「はい。失礼いたします。」

 雪野は微妙な空気を感じながら丁寧にドアを閉めて一目散に教室に走って戻った。体が震えていた。


 

 係からの報告をして席に座ると少しホッとした。しかし何かが引っかかる。

 「中を見たのか?」

 あの時はっきりと

「見えませんでした。」と言ってしまった方がよかったのか。曖昧に言葉を濁したが、

 「そうか。」と言った主任の言葉は、

 「そうか。見てしまったのか。まずいことになった。」というニュアンスに聞こえた。


 雪野はあの時隙間から見えた状況を思い出そうとしたが、あの強い光に遮られるように思い出せなかった。今思うとあの光は部屋の中を隠すために放たれたように思えた。

 誰だ!と問うた声の鋭さも尋常ではなかった。

 ―私は何か見てはいけないものを見てしまった。そしてそのことに気付かれてしまった。―

 雪野の背中に悪寒が走った。



 翌日4限目の体育が終わると雪野達は数人でボールを片付けた。そして用具室を出ると、担当教師の中西が、

 「柳生雪野、ちょっと教員室に来て。」と声をかけてきた。

 雪野は心の中で

 ―やっぱり―と呟きながら、友人達に先に行ってくれるように言って、中西の後を追って教員室に入った。


 中に入ると中西に促され、奥の主任の前に立たされた。中西と、入口付近にいた杉本が逃げ道を塞ぐように後ろに立つ。

 雪野は唾を飲んだ。何でしょう、と聞こうとしたが声が出ない。

 主任は雪野をじっと見てる。昨日の鋭い視線とはまた違う、圧力で押しつぶすような視線だ。

 雪野はますます声が出せなくなって黙っていると主任の方が口を開いた。

 「昨日のことを誰かに話したか?」

 「いいえ」

 「君はドアが少し開いていた、と言った。少し開いていたなら少しは何か見えたはずやな。

 何を見て何を聞いたかはっきり言ってみ。」

 「…何も見ていませんでした、と言った方が良いように思うのですが。」小さな声でそう言うと、後ろにいた2人がフッと笑った。

 主任は口元を引き締め、

 「なるべく細かく、本当のことを、正直に言うことがお前が助かる唯一の道や。」と言った。

 雪野の背中に冷や汗が流れた。


 適当な嘘は必ず破綻する―祖父の口癖が頭をよぎる。意を決した。

 「少し開いていたドアの隙間から何か見えた気がしたのですが、強い白い光が走って何も見えなくなりました。光と同時に山下先生の、誰だ!という声がしてドアが開き、中に入りました。

 その後は…最初に見たものがどうしても思い出せません。白い光に消されてしまったように。」

 「我々が話してた内容は?」

 「それは全然聞こえてないです。本当です。」

 「そうか。わかった。」



   2 二つの選択肢

 3人の教員達は軽く視線を交わし、頷き合った。

 主任が真っ直ぐに雪野の目を見た。

 「お前は生き延びたいか?」

 雪野は自分の顔が青ざめるのがわかった。

 ―ああ、やはり自分は見てはいけないものを見てしまったのだ。本来なら口封じをされるようなものを…しかし、すぐに殺されずに生き延びたいかと聞かれたということは逃げ道があるというかとか。

 「はい。」

 「お前には2つの選択肢ある

 1つは口封じに殺される選択肢。

 もう1つは、今の生活を全て捨てて我々の世界に来て、我々の仲間として生きていく選択肢だ。」

 

 最初の選択肢は、あの強い光を見た時から雪野が恐れていた道だ。

 しかしもう1つの選択肢はよくわからない。自分達の仲間になるなら、というのはわかるが、今の生活を全て捨てて、というのはどういうことだろう。

 

 雪野は言葉を選びながら、

 「それは先生達が何か良くないことをしていて、それを私が見たかもしれないから口封じをしなければならない。でも私が共犯者になるなら命は取らないでやる、ということでしょうか?」と聞いた。

 青ざめた顔でこんなことをスラスラ聞いてくる雪野を3人は驚いた顔で見つめた。


 主任は、

 「我々は犯罪者集団ではない。」

 「では宗教か思想関連ですか?」

 「違うな。」

 「では…どこかの諜報機関のような?」

 主任は少し目を見開いた。

 「まあ、それが一番近いな。」

 雪野は少しホッとした。生き延びるためとはいえ、犯罪者集団は嫌だ。宗教や思想もへたをすると犯罪者集団より怖い。

 もちろん諜報機関だって怖い。しかし、一般人を騙して金品や命を奪うのとは少し違う気がする。


 「私はどうすればよいのですか?」

 「我々の国に来て、我々の仕事を手伝いながら生きていくことになる。その場合、ここには戻れん。家族とも別れて生きていく。」

 「仲間になって仕事を手伝う、というのはわかりますが、ここには帰れない、とか、このままだと殺される、というのが怖すぎます。」

 「そうやろな。断れば殺す、というところから説明する。」



 主任は雪野に椅子に座るように言った。後ろの2人も座った。

 「お前は昨日、見てはいけないものを見た。強い光は目眩しだ。

 だからお前は見えなかったと感じたが実は見えていた。

 そして今は見たものを忘れているはずだが、それはいつ、どんなきっかけで甦るかわからない。

 だからお前をこのまま放置しておく訳にはいかん。」

 「それで私が仲間になれば生き延びられるというのは?」

 「我々の国ではお前が見たことは正義だったのだ。なので我々の国でお前が見たことを話しても誰も問題にはしない。

 しかし、こちらでは違う。犯罪として扱われるだけでなく、敵に知られると拠点や仲間も危なくなる。」

 「ですが、私がここで見た何かを思い出しても誰にも言わなければ問題はないのでは?

 私が何かを見たということを知っているのは先生方だけですし。」

 「お前が無意識であっても、ほんの一部がポロリと漏れればお前の身も他の仲間も危うい。」

 「いったい私は何を見たのですか?あの光は何だったのですか?」

 「それを話すと殺す選択肢しかなくなる。」

 「聞かなくていいです。」

 3人が小さく笑った。


 雪野は頭の中を整理してみた。

 あの時自分はこの部屋の中を覗き、そこで行われていたことを見た。

 それはこの国では犯罪であり、誰かに知られると先生達は困ったことになる。知ったのが敵であればなおたいへんなことになる。

 今は光の暗示のようなもので雪野は見た内容を忘れているが、いつ何のきっかけで思い出してしまうかわからない。

 だから本当は雪野は始末されなければならない。

 しかし先生達は何とか雪野を生き延びさせるために自分達の国へ連れて行こうと考えた。

 そういうことだろう。


 しばらく考えてから雪野は口を開いた。

 「私が殺されてしまう未来については一旦置いておいて、先生達の国に行くことを考えた場合にいくつかの質問があるのですが。」

 「言うてみ。」

 「先生達の国はどこにあるのですか?

 そこにはどうやって行くのですか?

 そこで私はどうやって生きていくのですか?先生方が面倒を見て下さるのですか?

 こちらには戻れないとは、たまに一時的にに来ることもできないのですか?」

 

 矢継ぎ早に質問する雪野に、後ろの2人が小さく笑った。しかし主任は笑わない。

 「我々の国は距離的には遠くはないが、行き来する方法は複雑で、今は教えられん。

 あっちではわしらではないが、仲間がお前の面倒を見ることになる。つまり連れて行ってその辺に放り出すという訳ではない。

 こちらに来る機会があるかどうかはお前次第やな。お前が仲間の信頼を得て、さらに、自分で自分の身を守ることができるようになれば可能性はある。」

 雪野は少しホッとした。



  3  決意

 「まあ、すぐに決心もつかんやろ。少し時間が必要…」

 「行きます。」

 プッと後ろの2人がまた吹き出す。

 「…即決か。」

 「生か死かなら普通は生を選ぶかと。死より悲惨な生でない限り。」

 「うむ。」

 「ただ、2つほどお願いがあります。」

 「言ってみ。」

 「1つは、行くのは受験が終わるまで待って下さい。今まで頑張ってきたことのけじめです。」

 「ふむ。」

 「もう1つは、もしその間にやはり私を殺してしまうことになった場合、自殺に見せかけるのだけは絶対にやめてください。自殺は親不孝の極みだと母が言っていたので。」

 「なるほど。わかった。」

 「ではこれで失礼します。」

 「待て待て。自分の言いたいことだけ言ってサラッと行くな。」

 後ろの2人がとうとう声を上げて笑った。


 「まず3ヶ月ちょっと待つ間のことやが、学校があって体育がない日はここに顔を出すこと。冬休みでも学校に来たら顔を見せる。

 但し、校内のどこかでわしら3人の誰かと会って顔が確認できたら体育館まで来んでいい。

 学校がない日はわしらの誰かがお前の家の前を車で通る。携帯に時間を送るからお前は窓から顔を出すだけでいい。」

 「つまり私がどこかに逃げたりしていないか確認されるのですね。」

 「まあそういうこっちゃ。」

 「わかりました。」

 「あとは親の説得も考えんとやけど、とりあえず今日は教室に戻っていい。我々も上に報告することもあるしな。」

 「はい。では失礼いたします。」

 今度は主任も頷き、雪野は一礼して教員室をあとにした。



その日から24日の2学期終業式まで雪野は土日以外は学校へ行ったが、わざわざ体育科教員室まで行ったのは2回ほどだった。

 週2回体育の授業があったし、他の日も廊下などで中西か杉本に会うことが多く、目を合わせて頷かれると、確認したから今日は来なくていい、という意味だった。



 そして終業式の前日、中西から、

 「今日の放課後体育館に来るように。」と言われた。行くと、

 「この前言ってたお前の両親への言い訳だが、ある会社の情報戦略室にスカウトされて会社の寮に入ることになった。というのでいけるか?」と聞かれた。

 「私も同じような感じで考えてました。会社というのを某国に置き換えれば嘘にはなりませんよね。」

 「うむ。社名や寮の場所は教えられないけど、後方での分析や支援なので危険はない、ということで。」

 「わかりました。」

 「あと、できれば受験は本命だけ受けて落ちろ。それでバイト先を探して行き当たった会社ということにすればいい。」

 「はあ…」

 「冬休み中にまた来てもらう。携帯のメールに気をつけててな。」

 その日はそれで解放された。



 冬休みに入っても3年生は補習があり、雪野は30日までは学校に通い、体育科教員室にも顔を出した。

 年が明けてからは自宅学習となり、学校へ行くことはなくなったが、3人の教師の誰かが通勤途中に雪野の家の前を車で通り、雪野と顔を合わせた。



 1月後半に大学の1次試験があったが他には用事はなかったが、雪野は勉強に忙しかった。

 雪野は元々西都大を受ける予定だったが、1次試験の成績が良かったからと言って東都大に変えた。

 西都大は家から通えるが、東都大は下宿することになる。東都大に受かって家から離れて下宿し、少ししてから"トンズラ"する、というのが雪野の描いたシナリオだった。

 主任は、落ちて浪人することになった雪野がバイト先でスカウトされたという形を考えているようだが。

 しかし雪野は、3年間受験勉強のために花の青春時代を捧げてきたのに、落ちて逃げるような形でここを去るなどまっぴらだった。

 東都大に受かって東都に出て、それから出国する。それくらいは許されるべきだ。

 そう思っていたので引き続き必死で受験勉強を頑張った。



 そうして3月1日卒業式を終え、3〜4日に東都大の受験を終えた。

 あとは10日の発表を待つのみとなった。


  

   4 面接

 そんなある日、雪野は体育科教員室に来るように連絡を受けた。

 体育館は静まり返っていた。

 雪野はノックをして返事を待った。あの時以来雪野は開いている扉の中を覗いたり、ノックをしても返事がある前に扉を開けるようなことは絶対にしなかった。


 「入りなさい。」

 いつもの主任の声とは違う、聞いたことのない声がした。

 「柳生雪野です。失礼します。」

 そう言ってドアノブに手をかけると中からドアが開いて主任が顔を出した。

 「入りなさい。」と言って雪野を入れ、ドアを閉めた。


 部屋の真ん中に知らない男が座っているのを見て足を止める。主任に背中を押されて男の1メートルほど前まで進む。

 60代半ばだろうか。白髪の頭に編笠のような物を被り、長いマントを着ている。

 編笠を目深に被っているため、顔は目の下あたりからしか見えない。にもかかわらず、老人というには目つきが鋭く、体つきもガッシリしているということがわかる。


 「このかたは我々の国の影の頭領や。」と主任が言った。

 「柳生雪野と申します。」雪野は言って深めに頭を下げた。

 「うむ。」と言って頭領は雪野を上から下までじっくり見た。まるで何かにスキャンされているような気がして雪野は身を縮めた。


 「お前さんは体は丈夫か?」と頭領は聞いた。

 「特に病気はなく、3年間で欠席2回です。」

 「理由は?」

 「1度は祖母の忌引き、1度はケガです。」

 「ケガは何をした?」

 「雪の日に自転車に乗っていて、下り坂でブレーキをかけて転がり落ちました。」

 「バカじゃの。」

 「はい。」雪野は少しムッとしたが、事実なので口を結んだ。

 「うむ。まあ体力的にも精神的にも問題はなし。しかも学業の成績も優秀、となると確かに殺してしまうには惜しいようじゃの。」


 そうか、と雪野は納得した。

 先日主任が、上と相談する、と言っていたが、その結果責任者が雪野の面接に来た訳だ。そしてどうやら合格という方に傾いたようだ。

 微妙な気持ちではあったが、雪野は

 「ありがとうございます。」と頭を下げた。

 「勉強ができるだけではなく聡明なようじゃの。礼儀正しくもある。

 これから見知らぬ所で生きていくには大切なことじゃな。」と頭領が言い、3人の教師も頷いた。


 その後も頭領はいくつかの質問をし、雪野は端的に、嘘を入れることなく答え、頭領にいっそう気に入られた。

 そして頭領は最初に顔を合わせた時とは全く違う穏やかな表情で雪野を部屋から送り出した。



 どうやら本当に彼の国に行くことになりそうだ。

 雪野はそれから数日、もう会えぬであろう親しい友人や親族を訪ねて心の中で別れを告げた。


 そして大学の合格発表の日が来た。

 雪野は東都大に合格した。

 その夜は両親と兄と4人でどんちゃん騒ぎをして祝った。

 雪野は嬉しい反面胸が痛んだが、輝かしい結果で18年間の区切りをつけることができてホッとした。






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