美少女との再会
どうやら喧嘩しそうな兄と姉は放っておき、俺は本日入学式が執り行われる舞台、青翔高校へやって来た。
偏差値はまあまあの進学校だ。
といっても、兄貴や姉貴が通ってる超難関校には遠く及ばないが。
これは末っ子にのみ与えられた才能の不平等ではあるが、致し方ない。
平凡は平凡らしく、静かに生きるくらいがちょうどいいだろう。
別に異論など、ない。
俺が才能に憧れてたのは、もう遠い昔の話だ。
昇降口に張り出されていたクラス分けの紙を見て、自分の教室へ向かう。
1年8組……っと、おお、あったあった。
教室に入ってみるが、見渡す限り、知り合いは1人もいない。
地元からなかなか離れた高校を敢えて選んだんだから、当たり前だが。
理由は簡単だ。
中学の二の舞になって、とにかく目立つあの兄貴や姉貴の弟として注目されたくないからだ。
あの注目に晒される弟の気苦労は、なかなかだぞ。
二度とごめんだ。
………などと思っていたら、教室の中で明らかに目立っている美少女が俺の隣の席にいた。
ぎょっと、思わず固まる。
はあ、すごいなこの子。
とにかく顔のいい兄貴や姉貴を見て育った俺が、度肝を抜かれるレベルだった。
陶磁器のように白い肌。サラサラの黒髪ストレート。
顔の小ささに対して、明らかに目の大きさが不釣り合いだ。あのぱっちりした瞳で覗き込まれたら、誰でも吸い込まれてしまいそうだ。
その目が、こちらを向いた。
「…………え」
彼女の桜色の唇が、僅かに開いたまま俺を見た途端に固まった。
長い睫毛が、さらに上を向く。
彼女が驚いている理由は、俺も何となく分かった。
ああ、何でだ、ちくしょう。
わざわざ、こういうことが起きないように遠くの高校を選んだのに。
「神宮くん……、だよね?」
俺をすっかり知っている口ぶりで、彼女が尋ねる。
そう、俺も彼女のことを、知っていた。
俺が思い出したくない苦い記憶の中に、彼女の姿がある。俺がずっと封印している、パンドラの箱。そこの一部分に、彼女はいた。
「……いや、人違いだ」
俺は面倒なことになりそうだと、咄嗟に別人を装う。頼む、騙されるお人好しであってくれ。
……とまあ、そんなはずはなく。
「神宮くんだよね?」
「違う。断じて違う」
「じゃあ名前は?」
「神宮蒼だ」
「いや、神宮くんだよ?!というか、たった今フルネームで一致して、私は確信してしまったよ…?」
クラスメイトになった以上、隠しておけるはずがないので、後半は諦めて素直に情報開示に応じたのである。
ああ、何でこんなことになったよ。
お嬢様がこんな公立高校に来てるんじゃないよ、ちくしょうめ。
俺が降参して、彼女の知っている神宮蒼だと明かした途端、彼女はぐいっと俺との距離を詰めた。
ぱっちりと見開かれた目が、期待に溢れてる。
「あ、あの、じ、じ、神宮くん!私の名前、覚えてますか……?」
「………はあ、覚えてるよ」
「ええ、う、嘘!本当に……っ?」
「何でちょっと疑ってるんだ、お嬢様」
流石に、言葉を交わしたことのある人間を、名前を覚えておいて知らないというほど、俺も強情ではない。
というか、この美少女は、幼少期もとんでもなく美少女だったのだ。
圧倒的なインパクトでいやにも覚えてる。
「よ、呼んでみて……?」
そのくりくりお目目で上目遣いやめろ、無意識か。
はあ……。
俺は少しのためらいの後、彼女の名前を呼んだ。
「……大園花音、だろ」
大園花音。
大園家も由緒ある家柄だ。社交界で恐らく知らない者はいない。
昔、俺と彼女は社交の場で出会っている。
俺が逃げ出した世界に、俺がまだ居たころの話。
同年代だったこともあり、何度か彼女と話も交わしたこともあるが、まあその程度だ。
「………うん」
そんな叩けば割れてしまうような薄い関係だったというのに、彼女はーーー大園花音は、俺がただ名前を呼んだくらいで、とても嬉しそうな顔を浮かべた。
まあ、客観的に見ればちょっとした感動の再会なのかもしれない。……なのか?
「あの、神宮くん」
「何だ?」
ぐいっと、またまた俺と彼女の距離が近くなる。
きっと誰もが吸い込まれてしまうあの目で、彼女は俺を捉えた。
そして、じいっと見つめて。
「私と、お友達になってくれませんか?」
高校生にもなって友達になろう宣言なんて、可愛らしいことをする。
この美少女からの誘いを断る男なんて、果たして居るだろうか?
いや、ここに居る。
「悪いが、辞退させてもらう」
俺は、何の迷いもなく、そう一蹴した。