完璧主義の落ちこぼれ
完璧主義の落ちこぼれ。
昔、そんな風に言われている男の子がいました。
彼の家は、財界、法曹界、政界……いわゆる社交界で指折りのいいとこの家で、彼はそこの次男坊として生まれました。
そして、その家は、社交界では『完璧主義の神宮』と呼ばれておりました。
しかし、男の子には才能がありませんでした。
完璧主義のその家の人間に相応しい才能が、彼にはなかったのです。
周囲は彼が平凡な器として収まることを、決して許しはしませんでした。
無才に甘んじることは、許されなかったのです。
彼は努力しました。
周囲を見返すために、懸命に努力しました。
だけど、彼の才能は開花しませんでした。
この時初めて、まだ幼かった彼は泣きました。
そして、陰での彼の努力すら知らない周囲の心無い言葉に、あるとき、彼の心はぽきりと折れてしまいました。
それはもう、修復不可能なほどに。
そんな彼の唯一の救いは、家族でした。
彼の父は、社交を一切放棄するようになりました。
彼の兄は、彼を沢山甘やかしました。
守られた檻の中で、彼は家族に大切にされました。
ですが、それがますます彼の傷を増やしてしまいした。
それは、父と兄だけならばそれこそ完璧だった神宮の名を、自分が汚してしまった申し訳なさからでした。
父と兄に、彼は顔向けができなかったのです。
やがて、その傷は癒えぬまま、彼は高校生になってしまいましたーーーーー
「……なんて、な。まったく、こんな日に思い出したくなかったな」
そう、これは俺の話だ。
必死に頑張って、結局逃げ出した臆病者の物語。
俺は鏡の前の自分を見た。
そこに映った自分は、今日初めて袖を通した高校の制服を着ている。
成長を見込んでやや大きめの、ブレザー姿。
華やかな兄や姉と違って、冴えない自分の姿が、そこに映っている。もう、見慣れたものだ。
今日は、高校の入学式。
俺は中身は何一つ変わらないまま、高校生になってしまったのだ。
コンコン、と部屋をノックする音がして、俺が返事代わりに黙ったままでいると、ドアが開いた。
現れたのは元バレリーナの母親に似て華やかな顔立ちをしたイケメンの兄。
兄貴を見て羨ましいとかいう感情は、俺はもうだいぶ前に捨てている。
「やあ、蒼。準備できたかい?」
「まあ、見ての通りだ」
「はあぁぁ〜!蒼が高校生…高校生かぁ。ああ、ブレザーよく似合ってるよ?…ええやだなあ、うちの弟が女子の餌食になってしまう……かっこいい…僕が持ち帰りたい」
「おい何言ってんだ、クソ兄貴」
爽やかな笑顔のまま、彼女持ちのイケメンが弟に気色悪いことを言わないでくれ。そのイケメンオーラのせいで俺の性癖が歪んだらどうしてくれる。
そう、兄貴は残念ながら、ちょっと…いや、だいぶブラコンに育ってしまったのである。
俺のせいなのか。
「ちょっとアンタたち〜?いつまで私を待たせるつもりなのかしらーっ、てあらららら!蒼、珍しくいい感じじゃーん。珍しく」
姉の桜が、制服姿で現れた。おおう、美の女神の如く、今日も輝いてらっしゃる。
兄貴は、ははと笑った。
「珍しく、は余計なんだよ、桜。蒼はオールウェイズかっこいいんだよ。馬鹿なの?」
「…いやアンタの方が、大丈夫?そろそろブラコン直した方がいいよ?そんなんじゃ、彼女にフラれちゃうんじゃなーい?」
「桜は人の心配するより、先に自分の心配したらいいんじゃないかな。ねえ?彼氏いない歴イコール年齢……」
「あはは、えーー!……おい、何か言ったか。朝から鳴らしちゃう?姉弟喧嘩のゴング鳴らしちゃう感じかな翠くん??ねえ??」
「ああいいよ、あの生徒会長に頼めばちょっとくらい遅刻しても揉み消せるしね。この際徹底的にやろうじゃないか」
「ええ、やりましょう!私もこの猫被りリア充男にガツンと言いたいことがあったのよ!」
「いや、喧嘩するなよ2人とも……」
てか、遅刻を揉み消そうとすな。ちゃんと学校行け。
はあ、姉貴と兄貴が分かり合える日は来るだろうか…ううーん。無理だな。この2人は双子のくせに、昔から何かと仲が悪い。
これで兄貴がブラコンでなくシスコンに目覚めたら、この姉兄弟には平穏が訪れるはずなんだが。
俺もブラコンから逃れられて、ハッピーである。
どうしてならなかった、その世界線。
俺がやんわりと言ってあげたにも関わらず、兄貴と姉貴は一触即発の雰囲気だった。
もういいや、放っておこう。
このままでは入学式に遅刻してしまう。