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あの日

「じゃあ、頑張れよ!四月」



 六月に励まされて四月は照れ笑いを浮かべる。

 四月は、照れた時に耳たぶを引っ張る仕草をする。

 私は、何度もそれを見てきた。

 だけど、今は私にしていない。

 付き合い始めた頃は、よく私にしていたのを昨日の事みたいに思い出す。

 生きているなら何もいらないって思っていたのに。

 胸の奥がチリチリ痛くて苦しい。




「うまくいくかな?」

「いかなくたって踏み出さなきゃ何も変わらないだろ」

「そうだよな。頑張るよ」



 運命は残酷だ。

 私だけ知っていて。

 四月は、何も知らない。

 知らないまま、幸せになるんだ。

 わかっている。

 わかっているけれど。

 何とも言えない。

 この気持ち……。



「大丈夫か?五月」

「うん、もうすっかりよくなったよ」

「あっ、ヤバ。俺、先に教室戻るわ。後でな」

「うん」



 時計をちらりと見た六月は、慌てて教室を出て行った。

 


「五月、これ?」

「あ、ありがとう」



 四月に差し出されたのはイチゴ牛乳だった。

 コーヒー牛乳や紅茶、ただの牛乳もあるなかで、どうしてこれ?



「何か五月はこれが好きそうな気がしたんだ」

「えっ?」



 1度目の人生で、私が四月にいちご牛乳が好きだと話したのは付き合って3ヶ月目の頃だった。

 もしかして、四月も記憶がある?




「違った?」

「ううん、違わないよ」



 長い時間一緒に過ごした四月を三月に渡したくない。

 そんな感情が沸いてくる私は性格が悪すぎる。



「どうせ、うまくいかないってわかってるのに意味あるのかなーー」

「それ四月の悪い癖だよ。まだ、何もやってないのに決めつけて」

「えっ?俺、前にも五月に言ったっけ」



 あーー、違う違う。

 1度目の人生の四月がよく言ってたんだ。

 



「えーーと、うん。言ったよ。三月の事じゃないけど。テストの時だったかなーー」

「あっ、そっか。五月にテスト勉強教えてもらってたもんな」

「うん、そうそう」




 セーフ。

 四月に見えないように小さく手を横にした。

 何とか運命を変えずにいけた。



「このままずっと。俺達の関係って変わらないのかな?」

「えっ?うん。変わらないよ、絶対」

「それって俺は五月に惹かれる可能性はないってこと?」

「そんなのあるはずないじゃん。友達はどこまでいっても友達だよ」



 自分で言いながら胸がチクチクする。

 本当は「あったよ」って四月に教えてあげたい。

 だけど、そんな事言ったら。

 未来はわかりきっている。



「五月が俺を好きになる可能性もゼロに近いってわけだ」

「あ、当たり前だよ。だって私は」

『六月が好きだから』

「えっ?何で?」

「知ってたよ」

「もう。四月、わざとでしょ」

「だって、俺だけバレてるの何かズルいじゃん」

「もう」



 悪戯っ子みたいに笑う横顔。

 大人になった四月も変わらない。

 この横顔を見つめながら抱き締めるのが好きだった。



「大丈夫、大丈夫。六月には言わないから」

「当たり前でしょ」

「ハハハ、でも協力はしてやるから心配すんな」

「協力なんてしなくていいし」

「それって、六月とうまくいくって自信があるから?」

「なわけあるかーー」

「ハハハ、じゃあ協力は必要だろ?」

「わかった」

「そうやって頬っぺた膨らませない。可愛い顔が台無しだよ」



 何も考えずに四月は、私の頬を掴む。

 ペコッて空気が抜けた。

 こんなのも回収するんだね。

 怒った私はよく四月にこうやってやられた。




「やめてよ」

「ごめん、ごめん」




 この先、私達は付き合うこともないのに……。

 期待させんなよ、運命。



「なあ、五月」

「何?」

「この先もずっとずっとずっと友達……いや親友でいような」



 四月は、私の手を優しく包み込んで握りしめる。

 「好き……」頭の奥が呟く。

 だけど、胸の鼓動は早くなくて。

 連動していないのがハッキリわかる。

 やっぱり、私は四月に恋をしていないんだ。



ーーって当たり前だ。

 この頃の私は六月が大好きで。

 六月でいっぱいだったんだから。




 

「仕方ないなーー」

「よかったーー。すげーー嬉しい」

「あーー、これって三月に告る練習でしょ?」

「バレた?」



 その手も指も唇も温もりも。

 昨日のことのように全部覚えている。

 ううん。

 昨日まで、私達は夫婦だったんだよ四月。



「手離してよ」

「ごめん、ごめん。何か繋いでたかった」

「はあ?」

「冗談だって、怒るなよ」

「怒ってないし」



 怒ってない。

 もしかして、四月も覚えてたりする?

 そんな淡い期待をもっただけだよ。

 四月も1度目の人生は終わったんだから。

 私と同じ条件でしょ?

 それなのに、四月は全部忘れてるんだよ。



「そういう強がりなとこ、守ってあげたくなる」

「えっ?何言ってんの」

「って、六月も思ってるんじゃないかって話だよ」

「六月が?私を好きなわけないでしょ」

「何で、そんな風に決めつけるんだよ!」

「決めつけてなんかないから」

「俺、協力するから!だから、お互い頑張ろうな」

「うん、ありがとう」



 嬉しくなんかなかった。

 いや、嬉しい。

 1度目の人生の私だったら嬉しかったかもしれない。


 四月のいい所をわかっている2度目の人生の私は嬉しくない。

 だって、もうあの手を握りしめることさえ…………叶った。



「お互い頑張ろう」と言って四月は、私の手をとって握りしめる。

 何だか違う意味で叶ってしまった。

 四月に握手されて、腕をぶんぶんと振られる。



「う……ん。頑張ろう」



 頑張るつもりはないけど。

 運命通りに行くのなら、頑張らなくても叶うのを知っている。

 だって、三月は四月を好きで。

 六月が私を好きだったことも知っている。

 運命通りなら、何もしなくてもうまく行くんだよ、四月。




「ヤバい!授業始まる、戻ろう」

「えっ、うん」



ーーガラガラ



 捻れた運命も、また。

 私達の運命を元に戻したがっているのだ。




「えっ、何で?」

「三月」



 四月が私の腕を掴んで教室を出た瞬間。

 何故かタイミングよく三月が現れる。



「それ……」

「あっ、えっとこれは違うくて」

「違うって何?二人は、そういう関係なの?」

「違う、違う。私と四月はそういうのじゃなくて」

「じゃあ、どういうの?」

「そ、それは」

「信じられない」



 三月は走り出す。

 四月はどうすればいいか迷っているようだ。



「行って」

「えっ?でも」

「私のことはいいから行って」

「五月」

「好きなんでしょ?ほら、行く」

「ごめん」




 四月の背中を押すと走り出した。

 これでいいの。

 これで。




「よかったんですかーー、先輩」



 何で……いるの?

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