走馬灯??
キーンコーンカーンコーン
ーーえっ?
走馬灯?
痛みがなくなったと思って目を開けた私の目に飛び込んできたのは、宝台高校の教室だった。
「ねぇーー、ねぇ」
「はっ、はい」
「固いよーー、水瀬さん」
「あっ、すみません」
「謝らないでよーー」
入学して5日目。
後ろの席の女の子が声をかけてきた。
「水瀬さんって、下の名前五月だよね?」
「えっ?あっ、はい。五月って書いてさつきです」
「でしょう。運命感じちゃったの」
「運命ですか?」
「そう。私は、百原三月っていうの。三月って書いてみつき」
「えっ?三月ですか?」
「そうそう。でもね、それだけじゃないの」
「どういうことですか?」
「あそこにいるのは、風間四月君、彼は四月って書いてしづき。それと、あそこにいるのが長谷部六月君、六月って書いてむつき。凄くない?」
「すっ、すごいです。でも、何で?」
「名簿もらったでしょ?気になって声かけたんだーー」
「えっ、そうだったんですか?!」
三月は、気になったことは聞かないとダメな性格であり積極的な女の子。
入学式で配られた名簿にわざわざ目を通す辺り真面目なのがわかる。
三月が声をかけたのがきっかけで、私達四人は仲良くなった。
「は、初めまして水瀬五月です」
「初めまして、風間四月です」
「初めまして、長谷部六月です」
「固い、固い。もっと、気軽に行こうよ。私は、百原三月。よろしくね」
「よっ、よろしく」
明るくて元気で優しい三月。
そんな三月のお陰で、私達もすぐに敬語をやめた。
「おはよう、三月」
「おはよう、四月」
「おはよう、五月」
「おはよう、六月」
夏休みに入る頃には、お互い下の名前で呼び合う仲になって。
このまま、ずっと。
仲良し四人組が続くと思っていた。
季節が過ぎていくスピードが早く感じるのは、たぶん走馬灯だからだ。
「五月、何してんの?」
「む、六月こそ」
「携帯ないのに会うとか凄くない?」
「確かに、すごいかも」
思い出した。
少し前に六月に恋をしていたことに気づいたばかりだ。
心臓が五月蝿いぐらいに鼓動を叩く音で思い出した。
あれは、確か。
6月の雨の日だ。
傘を忘れた私に六月が声をかけてきて、相合傘をして帰ったのだ。
入学当初よりも伸びた身長。
私が濡れないようにかける傘。
私の背丈に合わせて話してくれるところ。
そんなところに恋をした。
だけど、告白は出来なかったんだ。
この関係を壊したくなくて。
「五月、今日ヒマ?」
「まあ、ヒマではあるかも」
「じゃあ、ゲーセン行こう」
「何しに?」
「何って、ゲームしに決まってんだろ」
右手首を掴まれてドキドキする。
私は、六月にフラレるのが怖かった。
だから、あの子の言葉を信じたんだ。
「それ欲しいの?」
「えっ?別にいらないよ」
「嘘だ!欲しそうな顔してた」
「してないよーー」
「いいからとってやるって」
高校の頃の私は、ダックタックというアヒルのキャラクターが大好きだった。
UFOキャッチャーで眺めていた私に六月が気づいたのだ。
ーーそして
「ほらーー、取れるっていっただろ」
「すごい」
「褒めてくれてありがとう」
「嬉しい」
六月は、タキシードとウエディングドレスに身を包んだダックタックのぬいぐるみを取ってくれた。
この時のぬいぐるみは、今もまだ実家にあって。
捨てられなくて取っている。
「喜んでくれてよかったよ」
六月がニコッと笑うだけで、胸がチクチクと痛む。
苦しい、辛い。
でも、このまま隣にいれなくなる方が嫌。
私は、自分の気持ちを押し殺した。
気持ちが溢れないように重たい重たい石で蓋をして固めていったのだ。
「大切にするね」
「大げさだって」
六月は何も思ってないのをわかっていながら優しくされると期待しちゃう。
三月の方が私より明るくて綺麗で。
六月もきっと三月が好きなんだ。
「駅前に出来たアイス食べに行かない?」
「行く」
「じゃあ、行こうか」
「うん」
六月の隣に歩いてるだけでいい。
彼女になれなくても、それだけで幸せ。
走馬灯は嬉しいことばかりを見せてくれるわけじゃない。
「あれーー、五月に六月!!」
「三月じゃん」
三月……。
何で?
「あの子めっちゃ綺麗だね」
「モデルかと思ったけど違ったんだ」
通りすぎていく人の声が耳の中に流れ込んでくる。
「美男美女じゃん」
「やっぱり彼氏いると思ったわ」
三月に声をかけようと思った男達は、六月のことを見て諦めて去っていく。
三月と六月が並んだら、美男美女だ。
私の入る隙間なんか1ミリもなくて。
覚えてる。
この後、3人でアイスを食べるんだけど。
私はずっと楽しくなくて。
駅のホームで四月に会って、みんなでカラオケに行って。
「何か暗いね、大丈夫?」って四月に声をかけられて。
「大丈夫」って嘘をつく。
って、こんな走馬灯を見るぐらいなら。
もう、さっさと成仏させて欲しい。
『やり直したい?』
『おっ、お母さん』
『五月、やり直したい?』
『やり直すって、そんな事したらこの子は……』
お腹に手を当てながらお母さんを見ると「大丈夫」と言って微笑む。
やり直したいわけじゃない。
私は四月に生きていて欲しいんだ。
『お母さん……私は四月に生きていて欲しい』
『それじゃあ、あの日に戻ればいいのね』
『あの日?』
お母さんの言葉に視界が歪む。
あの日って……。
走馬灯じゃないの?
だとしたら。
もしかして。
四月は、生きられる?
運命を戻せる?
でも……この子は?
『どっちも選ぶなんて出来ないよ』
『そんな……』
『あたしはまだ産まれてないでしょーー』
『女の子だったの?』
『そうだよ、ママ。性別はどっちかなーって先生にずっと言われてたもんね』
『どっちも選びたい』
『無理だよ!だって、あたしはママの子でもあるけど。パパの子でもあるんだから』
『そんなの悲しすぎる。だって四月が……』
私は、泣きながらお腹に手を当てる。
『本当に?』
『うん』
『まさか、出来るなんて。ありがとう、五月。ワガママばかり言ってごめんな』
『泣かないでよ、四月』
『だって、嬉しいんだ』
どっちも選びたい。
この子も諦めたくない。
『ママとパパに愛されて幸せだったよ!だから、あたしはいいの。だから、パパを助けて』
『ダメダメ。どっちも諦めたくないの』
『無理だよ、ママ』
『五月、行きなさい』
『待って、心の準備が』
母とお腹の子に背中を押され私は再び戻ってきた。
これは、走馬灯じゃない。
それなら、私がやるべきことは。
『四月の未来を変えること』