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9.新しい部屋へ

さすがにみっともない姿だというのが理解できたのか、

半泣きになったジネットは顔を隠すようにして部屋に戻って行った。


「……どんな姿であろうと、興味はないのだが」


「それでも、ジネットにとっては一番嫌なことなんです」


「そういうものなのか。まぁ、邪魔なものはいなくなったな」


「はい、お待たせいたしました」


使用人たちが遠巻きにこちらを見ている。

ここで話したことはお義母様に伝わるだろう。


よけいな邪魔が入らないうちにシリウス様と馬車に乗り、

アンペール侯爵家の屋敷を出る。

ここに来るのは最後だけど未練はない。


だけど、そう言えば……


「シリウス様、私をアンペール侯爵家の籍から抜いた時、父に会いました?」


「いや、会えなかったな。籍を抜く書類は国王に署名させた。

 アンペール侯爵家の領地にいると聞いているが、

 調べたら領地から勝手に出られないようにされているらしい」


「え?領地から出られない?」


「モフロワ公爵家の者が侯爵の行動を制限しているらしい。

 再婚も形だけの結婚だったようだ。

 侯爵が屋敷にいられたら邪魔だと思ったんだろう。

 クラデル侯爵家の当主に頼んでおいたから保護してくれるはずだ」


「……ちょっと待ってください。

 形だけの結婚ですか?では、ジネットは?」


「お前の妹ではないな」


「そんな……」


再婚したのは私が記憶にないくらい幼い時だった。

お義母様から私の子ではないと言い聞かされていたから、

本当の母親ではないことは知っていた。


だから、私だけ家族ではないのだと思っていたけれど。

まさかジネットがお父様の子ではないとは思わなかった。


ああ、でも。

お義母様の産んだ子がアンペール侯爵家の後継ぎだという契約だった……。

あれではお父様の子でなくても継げてしまう。


「だから、ジネットは私をあんなに嫌っても平気だったんですね。

 血のつながりがなかったから異母姉だとも思っていなかった」


「血のつながりがあっても憎み合うものはいる。

 妹じゃなくてよかったじゃないか」


「……そうはそうかもしれません」


今後会うことがあっても姉妹ではないのなら関係ない。

血のつながりがあることを理由に何か言われる心配もない。

そう思えばよかったのかもしれない。


学園に着いても馬車は止まらず、敷地の奥へと進む。

着いたところは三階建ての大きな建物だった。

左右に同じ建物が二つ並んでいる。


「女子寮は左だ。部屋に行こう」


「シリウス様も部屋までついてきてくれるんですか?」


「俺の転移は一度行ったところじゃなければ使えない。

 何かあった時のために部屋を確認しておく」


「あ、はい。わかりました」


あの転移はそういうものなのか。

女子寮に男性が入って大丈夫なのか心配したけれど、

シリウス様は学園の臨時教師という身分のため問題なかった。


侯爵令嬢が寮に入ることはめったにないそうだが、

高位貴族用の部屋も用意されていた。


三階は高位貴族用の部屋しかないため、使用するのは私だけ。

管理人の女性はこの部屋が使われるのは二十年ぶりだと説明してくれた。


「二十年ぶりか。おそらくリアーヌ様だろうな」


「え?お母様ですか?」


「ああ、クラデル侯爵家で学園に通うものは寮に入ることが多い。

 その分、魔術の研究に時間が使えるからな」


「そういう理由で……」


私を産んでまもなく亡くなったお母様のことはあまり知らない。

形見のハンカチもけっして良くできたものではなく、

どちらかといえば不器用な人だと思う。

魔術師だったというのも、結婚する前の数年のことだというし。


名門クラデル侯爵家の長女としては地味な感じがしていた。

でも、親戚だからとはいえシリウス様が覚えている。

それがなんだかうれしくてそわそわする。


「あとは自分でなんとかできるか?

 クラデル侯爵家から使用人を派遣することもできるが、どうする?」


「いえ、問題ありません。今までも自分でなんでもしてきましたから」


「そうか。もし、何かあったとしたら、左右の指輪をふれさせるんだ」


「指輪をふれさせる?こうですか?」


両手の指輪を近づけて、コツンとぶつける。

その瞬間、まぶしいほどの光を放つ。


「わわっ!」


「今ので俺に知らせがくる。危険な状況だと判断した時だけでなく、

 自分一人で切り抜けるのは無理だと思ったら呼べ」


「……はい」


呼べと言われても、シリウス様をそう簡単には呼べない気がする。

そう思ったのが見透かされたのか、念を押される。


「いいか?王族から何か言われたり、令嬢たちの嫌がらせが過ぎたりしたら、

 絶対に呼ぶんだ。ナディアはまだ魔術を使えないだろう。

 自分の身が守れるようになるまではきちんと頼れ。わかったな?」


「わ、わかりました」


怒っているんじゃないかと思うくらい怖い顔で言われ、勢いで返事をする。

それだけ私が危ない立場だということなのかもしれない。


「よし、ではまた明日な」


「はい。ありがとうございます」


礼を言い終わると同時にシリウス様の姿が消える。

どこに住んでいるのかはわからないけれど、転移して帰ったらしい。


寮の部屋は今まで使っていた離れの十倍は広かった。

寝室と応接間、侍女や護衛の控室まである。

大きな寝台の上に転がると、どっと疲れが来て動けなくなる。


……やっと、アンペール侯爵家を出られたんだ。

もうお義母様とジネットは家族ではないんだ。

うれしさがこみあげて笑いが止まらない。


「もう、自由なんだ……」


笑いは止まったけれど、今度は涙が止まらなくなった。

部屋に一人でいるのがうれしいと思う日が来るなんて思わなかった。







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