6.動き出す
次の日、眠い目をこすりながら学園に向かう。
夜会の次の日だからか、高位貴族の教室はほとんどの学生が休みだった。
ロドルフ様とレベッカ様も休みのようでほっとする。
さすがに今日は顔を合わせたくなかった。
シリウス様からいつ連絡が来るだろうかと思っていると、
先生から学園長室に向かうように言われる。
学園長に呼び出されるなんて何かしただろうか。
おそるおそる学園長室に向かうと、そこにはシリウス様がいた。
「え?」
「どうして驚いているんだ。会いに来ると言っていただろう?」
「あ、はい。学園長室に呼び出されたので、シリウス様だと思いませんでした」
「学園長にも話があったから、ここに呼んだんだ。
ナディアは魔力なしだから魔術演習の授業は受けられないんだろう?」
「はい……その時間は図書室にいました」
「だが、聞けば魔術理論は満点だったそうだな」
「はい。それは魔力がなくても覚えるだけですから」
魔術式を覚えるのに魔力はいらないし、
試験もペンで書くだけだから魔力はいらない。
「学園長から許可はとった。
今日から魔術演習の時間は俺がナディアに教える」
「ですが、魔力が」
「ナディアは魔力がないんじゃない。
魔力を外に出せないだけだ」
「そうなんですか?」
「ああ、手にふれたらすぐにわかった。
ナディアの身体の中に魔力が貯えられている。
このまま放っておいたら大変なことになっただろう」
私の身体の中に魔力が貯えられている?
一度も使ったことがないから、ずっとそのままってこと?
「手を出せ」
「はい」
両手を差し出したら、両手の小指に指輪をつけられる。
「これは……?」
「左手の指輪は魔力を吸い取るものだ。
右手の指輪はその魔力を放出するもの。
この二つをつけることによって、魔力を出すことができる」
「この指輪があれば……」
言われてみれば、左手から何か吸い出されているような気がする。
身体の中の圧力のようなものが下がっている感じ……
「急激に吸い取るのは身体に悪いから、最初はゆっくり吸い取っている。
二か月もすれば安定するようになるだろう」
「ありがとうございます……これで魔術が使えるようになるんですね」
本当に私に魔力があったなんて。
魔術が使えるようになるのがうれしくて涙が止まらない。
ハンカチで涙をぬぐっている間、シリウス様は何も言わなかった。
ようやく涙が止まって、落ち着いた頃、
思い出したかのように昨日の話になる。
「そういえば、昨日の夜会の件。
ナディアを陥れようとしたのは第二王子のようだな」
「ああ、やっぱりロドルフ様でしたか」
「あの後、第二王子と令嬢が部屋をのぞきにきた。
俺の控室だと知って、青い顔をしていたよ」
「ジネットが間違えたと思ったでしょうね。
あの時、私を部屋まで連れて行ったのは妹です」
「妹……?どういうことなんだ?」
ルシアン様に隠すこともできず、これまでのことをすべて話す。
ロドルフ様の侍従に怪我をさせられたことも、
異母妹たちに虐げられていることも。
「はぁぁ。そういうことか。
クラデル侯爵家の者がナディアを保護できなかったのは理由がある。
直系の者でないかぎり、当主の許可がいる。
アンペール侯爵からの申し出がなければ保護できない」
「そうでしたか」
お父様は再婚してから忙しいのかあまり屋敷に帰って来ない。
お母様とは政略結婚ではなく恋愛結婚だったそうだけど、
その娘には興味がないのかもしれない。
「ナディア、もう安心していい。
俺の弟子になったからにはきちんと守る」
「……ありがとうございます。
でも、魔力を使えるようになれば、婚約解消されても生きていけます。
私、魔術師になるのを目指します!」
「ああ、一人前の魔術師になるまで面倒はみる。
だが、その前に第二王子との婚約は解消させてくる」
「え?」
「少し待っていろ」
そう言うと、シリウス様が消えた。
また転移でどこかに行ってしまったらしい。
待っていろと言われても、学園長室に一人残されるのは困る。
ソファに座っていることもできず、立ってうろつきながら待つ。
どのくらい待てばいいのかな。
長時間待たされることも覚悟していたら、十数分ほどで戻ってきた。
「終わったぞ」
「終わったというのは?」
「ああ、話し合いをつけてきた。
ナディアと第二王子の婚約は解消させた」
「!! 本当ですか!?」
「これを見ろ」
手渡された書類を見て驚く。
「王命で婚約解消……私はシリウス様の後見下に?」
「そうだ。アンペール侯爵家の籍から抜いた」
「籍から抜いた……?」
「ナディアはクラデル侯爵家の養女になっている」
「……え?」
クラデル侯爵家の養女?私が?
「あのままアンペール侯爵家の籍に置いておいたら、
また誰かと婚約を結ばれるかもしれないだろう?」
「それは……そうかもしれません」
私が邪魔なお義母様とジネットなら、追い出すために婚約させるかもしれない。
貴族の令嬢なら誰でもいいというようなところに。
「クラデル侯爵家の今の当主はナディアの伯父だ。
話をしてきたが、姪がそんなことになっているとは知らなかったようだ。
クラデル侯爵家の者たちは魔術馬鹿というか、他家のことを気にしないからな」
「ああ、それは聞いたことがあります」
クラデル侯爵家の血筋の者は魔術師になることが多い。
この国に属しているけれど、王族に嫁ぐこともなく、降嫁することもない。
学園に通うこともなく社交はほとんどしていない。
魔術を研究することだけが生きがいのような人たちだと聞いている。
さすがにお母様が亡くなったのは知っているだろうけど、
娘の私がどうしているのかは知らなくてもおかしくない。