50.仕事の斡旋(ジネット)
「モフロワ公爵家の家令見習いのケビンと申します」
「家令見習い?」
「はい。アルバン様にみなさまを平民街にお連れするように言われております。
私について来てください」
「ついてこい?馬車は?」
「ありません」
「嫌よ、歩くなんて!」
「そうよ!」
「そうですか。では、仕方ないですね。
一週間は宿の用意があったのですが、いらないのであればいいです。
ついて来ないのであれば、あとは好きにしてください」
宿……そこに行けば一週間は泊まれる。
このままでは日が暮れてしまうかもしれない。
モフロワ公爵家は中に入れてくれなさそうだし、
アンペール侯爵家にたどり着けるかどうかもわからない。
「とりあえずこの男についていきましょう」
「本気なの?」
「だって……お腹空いたし、座りたいし。
このままここにいてもどうすることもできないのよ?
明日、また考えましょうよ」
「それもそうね……」
私とレベッカが従ったからか、お母様たちもついてくる。
ただ一人、ルーミアだけはいつの間にか消えていた。
ポワズ子爵家に戻ったのかもしれない。
助けてあげたのに薄情だと思ったけれど、
ここにルーミアがいても邪魔になるだけな気がした。
腹は立ったけれど、私が侯爵家に戻ってから仕返しをしよう。
ケビンの後ろについて歩いて行くと、平民街に入ってすぐに小さな店に入る。
まさか、ここが宿なのかと思ったけれど違った。
店員に何か話していると思ったら、私たちに向かって服を脱ぐように言い出した。
「そのドレスでは宿に行けません」
「は?」
「ドレスでは強盗に遭いかねないんです。
だからドレスを売って平民が着る服に着替えてもらいます。
その後で宿に移動するので早くしてください」
「平民が着る服なんて嫌よ!」
「でも、ドレスを売らなければお金を持っていないでしょう。
モフロワ公爵家はお金を出しませんよ?」
冷たくなった伯父様の顔を思い出す。
ひどい……宿代も出してくれないなんて。
言い返す気力もなく、奥の部屋に入ってドレスを脱ぐ。
土埃で汚れていたけれど、上質な布地を見て店員が喜んでいる。
代わりに出されたのはごわごわした見たこともない質の悪い服。
嫌がらせで出したのかと思ったけれど、店員も似たようなものだった。
四人とも着替えると、ケビンは店員からお金を受け取っていた。
お金は見たことはあるけれど、どのくらいの価値なのかわからない。
今までそういうのは知らなくても困らなかったから。
店の外に出ると、またしばらく歩かされる。
宿についた時はもう日が完全に落ちていた。
「明日、商業ギルドまではお連れします。
私がつきそうのはそこまでです」
「商業ギルド?」
「先ほども言いましたが、宿に泊まれるのは一週間が限界です。
それ以上はお金を稼がないと暮らしていけません。
その仕事先を紹介してもらうために商業ギルドに行くのです」
「働く?」
「私たちが?」
「では、明日の昼前に来ます」
質問には答える気がないのか、ケビンはすぐに出て行った。
その失礼な態度にお母様たちは怒っていたけれど、
これからどうなるのかわからない不安でいっぱいになる。
部屋は二人ずつと言われたけれど、小さなベッドしかない。
お母様と伯母様が一部屋。私はレベッカと同じ部屋に入れられる。
レベッカは粗末な食事が届けられて食べる間もずっと文句を言っていた。
だが、魔力封じをつけられ馬車がない状態ではどこにも行けない。
そもそもここがどこなのかわかっていないのだから、
アンペール侯爵家に戻りたくても戻れない。
「商業ギルドに行けば馬車が借りれるかもしれないわ」
「お金は?」
「つけにするしかないわね」
アンペール侯爵家のつけ?それともモフロワ公爵家の?
つけが通用するかは賭けだけれど、もうそれしかないように思う。
湯あみもできず、倒れ込むようにベッドに転がったら、
そのまま泥のように眠りに落ちた。
次の日、身体が痛くて起きると隣ではまだレベッカが寝ていた。
運ばれた朝食を食べ終えてぼーっとしていると、
昨日のケビンが来たことが告げられる。
宿の玄関まで行くと、お母様たちはなかなか降りてこない。
しばらく待たされてから、起きてきたお母様たちと歩いて商業ギルドに向かう。
昨日も歩かされたからか身体中が痛くて仕方ない。
それでも馬車は用意してもらえず、早足のケビンについていくしかない。
比較的大きな建物が商業ギルドのようだった。
中に入ると、職員が奥の部屋に案内してくれる。
貴族として対応してくれることにほっとしていたけれど、
椅子に座らされた私たちに用意されていたのは試験だった。
「何これ……」
「どの職業が向いているのか検査します。
おそらく四人とも普通の職場では難しいでしょうから」
「難しいって何よ」
「女性の仕事と言えば、料理、洗濯、掃除、子守り、とかですね。
できますか?」
「そんなことできるわけないでしょう」
「でしょうね」
ため息をつきそうな女性の職員に腹が立つけれど、
ここで暴れたらつけで馬車は出してもらえないかもしれない。
おとなしく試験を受けると学園の試験よりも難しいものだった。
特に他国の言語で書かれているものは意味がわからない。
モフロワ公爵家で育って王子妃教育を受けていた伯母様と、
同じように教育されていたお母様はわかっているみたいだ。
だけど、王子妃教育をこの前まで受けていたはずのレベッカはわかっていない。
私と同じくらいしか書けていないように見える。
「こちらの夫人二人は隣国での仕事を紹介できますが、
お嬢さんたちは無理そうですね。
どういたしますか?」
「……私たちだけで隣国に行くわ」
「そうね。娘たちならなんとか仕事も見つかるでしょう」
「そんな!お母様、私を置いて行く気?」
「そうよ!私たちだけでどうにかしろって言うの!?」
まさかここでお母様たちに見捨てられるとは思わず、
文句を言ったけれど、お母様たちは知らんぷり。
そのまま職員についてどこかに行ってしまう。
「そんな……私たちはどうすればいいの?」
「……検査の結果、お二人は娼館くらいしか紹介できないのですが」
「娼館!?」
「貴族の私たちにそんなことをしろって言うの!?」
「お二人はもう貴族ではありません。平民で、親もなく、働いたこともない。
下働きの仕事についてもやっていけないでしょう。
娼館であれば、食事と寝るところには困らないと思います」
「嫌よ!」




