39.再会
「え?誰か連れてきたのか?
その髪の色はもしかして……ナディア?」
「そうだ」
「ようやく連れて来てくれたのか」
え?ようやく連れて来てくれた?
クラデル侯爵は私に会う暇がないほど忙しいのではなかった?
失礼なことをしていたと気がついて慌てて謝る。
「挨拶が遅れて申し訳ありません!」
「いやいいよ。どうせ必要ないとかシリウスが言ったんだろう」
「……はい」
「シリウスが弟子をとった、それがナディアだとわかった時には、
簡単には会わせてくれないだろうなと思っていたんだ」
「え?」
それはどういう意味だろうか。弟子だから?私だから?
「クラデル侯爵家の人間は家族以外の異性に興味を持たない。
だから、どんな理由であれ、興味をもった異性は特別な存在になる。
シリウスがナディアに興味を持った理由は特異体質だと知っているが、
そんなことはどうでもいい」
「どうでもいい……?」
「自分にとって特別になった相手に惚れないわけはないんだ。
そして自分が惚れた相手を他人に見せたくない。
特にクラデル侯爵家の魔術師には絶対に会わせない」
なぜ断言できるのかはわからないけれど、クラデル侯爵家の人間はそうらしい。
言われてみれば、私にとってもシリウス様が初めて興味をもった異性だ。
だから好きになったのだろうか……?
「変なことを言うな。ナディアが悩むだろう」
「おおそうか。悪い悪い。
リアーヌが生きていればこういうことも教えたんだろうと思うとな。
何となく言いたくなるんだ」
そうだった。クラデル侯爵は私のお母様の兄だった。
さすがに顔を隠したままでは挨拶ができず、シリウス様の腕の中から顔を出した。
「あ、あの、ナディアです。
養女にしてくださってありがとうございます」
「いいんだよ。ナディアは俺の大事な姪なんだ。
養女にするくらいなんてことない。ああ……リアーヌにそっくりだな」
「お母様に?」
「顔立ちがそっくりだ。リアーヌの小さい頃を思い出すよ」
お母様は私を産んですぐに亡くなっているので顔がわからない。
なつかしそうに私を見るクラデル侯爵の視線をさえぎるように、
シリウス様は私の前に腕をだした。
「じろじろ見るな」
「そんな見てないだろう。
まったく執着心のかたまりのようだな」
「悪いのか」
「開き直ったか。いや、ナディアを大事にするのは悪くないよ。
それで、今日は挨拶のためだけに来たのか?」
「ナディアと結婚する報告に来た」
「ちゃんと求婚したんだろうな?」
「問題ない」
詳しく説明する気がないのか、シリウス様はクラデル侯爵にそっけない。
クラデル侯爵のほうがずっと年上のはずなのに、
二人の会話は友人のような気やすさだ。
「ナディアはシリウスと結婚していいのか?」
「はい」
「そうか。なら、俺も許可を出そう。
ああ、シリウスがうちの籍に入ってくれないか?」
「俺が娘婿になれと?」
「そうだ。そろそろ侯爵を代替わりしようと思うんだ。
アルフォンスだけでは王族たちになめられるかもしれないからな。
妹婿として、しばらくは支えてやってほしい」
「……仕方ないか。わかった」
「助かるよ」
どうやらシリウス様がクラデル侯爵家の義息子になるらしい。
アルフォンス様というのは次期当主のシリウス様の甥だと思うけど、
戸籍の関係は義兄になるというのはなんとも複雑な感じがする。
「できるだけ早く書類を用意してくれ」
「まぁ、まて。いくらなんても学園の卒業まで待ってからにしろ」
「あと三か月もあるのにか?」
「たった三か月だろう。
それに許可が必要ないといっても、ナディアの父に挨拶しなくていいのか?」
「アンペール侯爵か。容体はどうなんだ?」
「ようやく起き上がって食事ができるようになった。
挨拶するなら今すぐ連れて行くぞ」
「……そうだな。早い方がいい。連れて行ってくれ」
「じゃあ、二人とも俺につかまって」
「ダメだ。ナディアは俺が抱えるから、リンデルが俺の肩をつかめ」
「……お前なぁ。俺は伯父で養父なんだぞ?
少しくらい寛容になれよ……まぁ、いいか。ほら、行くぞ」
私を腕の中に隠して出そうとしないシリウス様を見て、
クラデル侯爵はあきらめたようだ。
いつもとは違う魔力の揺れを感じたらめまいがした。
転移した後も馬車酔いしたような感じで気持ち悪い。
「大丈夫か?」
「……はい」
いつもならぐらりと揺れるくらいでなんともないのに。
シリウス様の腕の中で呼吸を整えると少しずつ楽になる。
「普通は他人に転移させられたら酔う」
「そうなのですか?いつもシリウス様と転移する時は平気ですけど」
「それだけ魔力の相性がいいんだろう」
「そういうものなのですか」
話していると少しずつ楽になってくる。
転移した先はどこかのお屋敷のようだ。
「もう平気か?案内するからついてきて」
「はい」
クラデル侯爵の後をついて部屋に入ると、
薄暗い中で寝台の上に寝かされているのが見えた。
「……お父様?」
「……まさか……ナディアなのか?」
お父様とはずいぶん長いこと会っていない。
見捨てられてしまったのだと思っていたけれど。
ゆっくり近づくと、そこにはやせ細ってしまったお父様がいた。
「どうしてそんな姿に……」




