37.それぞれの想い
「話は終わったな。では、帰るか」
「はい」
「お待ちください!せめて、せめて退学の取り消しだけでも!」
まだあきらめないのか、陛下がシリウス様にすがりつこうとする。
シリウス様が結界を張ったので、それ以上は近づけない。
「おかしなことを言うな?俺はお前に確認した。
本当にその条件でいいのかと。
大勢の貴族たちの前で言ったのが嘘だというなら、
お前は魔術師の塔の元管理人に嘘をついたことになる。
それがどういうことなのか、理解できないのか?」
「あ……そんな……」
公式の場で魔術師と約束したことを破れば、
もう二度と魔術師に依頼することができなくなる。
もし陛下があれが嘘だというのなら、
この国の者は魔術師の塔に仕事を依頼できなくなる。
そうなれば、この国はどこの国からも信頼されなくなる。
ロドルフ様の学園どころではないとわかったのか、
陛下は頭を抱えて座り込んだ。
「では、帰るとしよう」
こちらを見ようともしない二人を置いて転移する。
寮の部屋に戻るのかと思ったら、行先は違った。
この部屋は昨日私が寝かされていた部屋。
「ここはシリウス様の部屋ですか?」
「ああ」
「どうしてここに……」
シリウス様の部屋だったことにも驚いたけれど、
それよりもまだシリウス様が私を離してくれないことに戸惑う。
自分から離れた方がいいのか迷っていると、
ひょいと抱き上げられままシリウス様はベッドの上に座る。
「え?」
「他に座る場所がないからな」
「えっと……でも、どうしてひざの上に……?」
「その方が話しやすい」
「……そうですか?」
こんな近くにシリウス様の顔があるから思わずうつむいたら、
結果的に耳元でささやかれる状態になってしまって、
恥かしいけれどうれしいと思ってしまう自分もいる。
……どうしよう。絶対に顔が赤くなってしまってる。
「一生俺の弟子として生きていくのはかまわないが、
ナディアは結婚したいと思わないのか?」
「あ……結婚ですか?そうですね……。
少なくともロドルフ様とはしたいと思ったことがありません」
「マルセル王子も断っていたな」
「マルセル様は良い王太子になってくれると思いますが、
その隣にいたいとは思いませんでした。
求められているのはクラデル侯爵家の血だけで、
私自身が求められていたわけでもありませんし」
そもそも王族に嫁ぎたいと思ったことはない。
ずっとロドルフ様の婚約者だったから、
他の令息と結婚するような夢も持ったことがない。
結婚についてはあきらめていたように思う。
私にはどうすることもできないと。
シリウス様の弟子になることができて、
婚約解消してからは……
結婚したらシリウス様から離れなくてはいけなくなるのが怖い。
「クラデル侯爵家なら一生結婚しないこともできる」
「そうですよね。お義父様もシリウス様も結婚していませんしね」
「俺は……結婚したいとも婚約者が欲しいとも思ったことがなかった。
令嬢たちに騒がれるのもふれられるのも嫌だったから、
好きになる相手ができるとは思えなかったからだ」
それは前も言っていた。
さわられたくないからダンスもしないと。
……では、今のこの状況はどういうことなんだろう。
シリウス様の手がふれている場所がひどく熱く感じる。
「どうして……私はふれても平気なのですか?」
「……わからない。
ナディアに弟子になるように言ったのは、ただの好奇心だった」
「好奇心……」
魔力を放出できない体質への好奇心ってことかな。
わかっていたのに、胸が痛い。
「そのうち、どうしてこんなに努力しているのに、
誰も評価しないのかとむかついて仕方なかった」
「あ、ありがとうございます」
「俺が何とかすればいい、守ればいいと思っているうちに、
気がついた時には、もう惚れていた」
「え?」
今、なんて言ったの?
顔をあげたら、私を見つめていたシリウス様と目が合う。
「その目だ。あきらめていたような目をしていたのに、
光を取り戻していくナディアを見て、俺もうれしいと思えた。
そして、誰にも渡したくないと嫉妬した」
「……私を?」
「そうだ。ナディアだからそばに置きたい。
相手がだれであっても手放す気はない。
ロドルフ王子が求婚しているのを聞いて本気で腹が立った。
ナディアは俺が相手でも結婚する気はないか?」
「本当に……シリウス様が、私と?」
「ああ」
手の届かない人だと思っていたのに。
好きになっても、応えてもらえないはずだと、
気持ちを抑えようとしていたけれど。
「シリウス様を好きでいても……許されるのですか?」
「許す?誰がだ?」
「えっと……釣り合わないような気がして」
「俺がお前がいいと言っているのに、誰に認めさせたいんだ?」
「誰に……自分自身かもしれません。
こんな私でいいのかなって……。
シリウス様に愛されたいなんて願っても」
「ナディアが自分を認められないのなら、
俺が代わりに認めてやる。
それでは、ダメか?」
「……ダメじゃないです。
シリウス様のそばで、ずっといさせてください。
妻にしてくれますか?」
「ああ」
シリウス様の手が頬にふれたと思ったら、すぐに唇が重なる。
それが口づけだと気がつくのに少し遅れた。
唇は離れずに感触を確かめるように動いて、
シリウス様の熱が伝わって来る……




