25.勝負の条件
「本当に負けたほうが学園を去っていいのだな?」
シリウス様が確認するように言うと、ロドルフ様がこちらを見る。
背の高いシリウス様に隠れていたから目につきにくいのかもしれないけれど、
ようやく私のほうを見たと思ったら、なぜか真っ赤になって固まった。
「ちょっと、ロドルフ?」
「あ、いや、やっぱり辞めることはないんじゃないかな……」
「何を言っているの!言い出したのはロドルフでしょう!」
「ああ、だが」
「シリウス様、その条件でかまいませんわ!
負けた方は潔く学園を去ることにしましょう!」
急に弱気になったロドルフ様の代わりにレベッカ様が言いきった。
シリウス様はレベッカ様には答えずに、陛下へと顔を向ける。
「国王もそれでいいのか?王子が学園を退学になるなど前代未聞だぞ?
侯爵令嬢が退学になったこともないと思うが。後悔しないか?」
「あははは。後悔などしないでしょう。
自分の息子が魔術師の塔の元管理人の弟子になるなんて、
どれほどの名声を得られることか」
「では、この条件でかまわないな?」
「もちろんですとも!」
陛下が宣言したことで、勝負の条件は正式なものになった。
勝負をして勝った方がシリウス様の弟子に。
負けた方は潔く学園から去る。
あとは私が勝つだけ……なのだけど。
どういうつもりでシリウス様は陛下に宣言させたのだろう。
ため息がでそうだと思ったら、ロドルフ様と目が合う。
まだ私のことを見ていたらしい。
「あの、ナディア……本当にナディアなのか?」
「ええ、ナディアです」
「その姿が本当の姿なのなら……」
「ロドルフ、何を言いたいの?」
「あ、いや、なんでもない……」
何をいいたかったのかわからないけれど、目を吊り上げたレベッカ様に止められ、
ロドルフ様は黙ってしまった。
レベッカ様はロドルフ様を押しのけると、シリウス様を上目遣いに見つめる。
「シリウス様、せっかくの機会ですもの。一曲踊っていただけませんか?」
「断る。俺が踊るとしたら伴侶になる者だけだ」
「……そんなに難しく考えなくても」
「他人にふれられるのは嫌いなんだ。ナディア、用は済んだ。帰ろう」
「え?待ってください、まだ」
「さぁ、行こうか」
もうレベッカ様や陛下たちの相手をする気はないのか、
くるりと背を向けたシリウス様は私の手を取って大広間から出る。
追いかけてきそうな気配はしたけれど、シリウス様が追えなくしたらしい。
誰一人廊下には出てこなかった。
手をつなぐようにしてシリウス様の控室に戻る。
すぐに寮の部屋に戻るのかと思ったら、冷たい果実水を差し出された。
「この部屋にあるものは王宮の者はさわれないようになっている。
安全なものだから安心して飲むといい」
「ありがとうございます」
緊張していたからか、のどがからからだった。
一気に飲むと暑さがやわらいだ気がする。
「頬が上気していた。暑かったのだろう」
「はい、落ち着きました」
「勝負はお前が勝つ。心配しなくていい」
「……はい」
不安しかないけれど、シリウス様を信じるしかない。
覚悟を決めてうなずいたら、そっと髪をなでられる。
「大丈夫だ。俺の弟子はお前しかいない」
「シリウス様……」
「よし、帰るぞ」
またシリウス様の腕の中に閉じ込められるように抱きしめられ、
寮の部屋に転移する。
あまりにも早く帰って来たからか、ミリアは侍女控室にいるようだ。
「それでは、また明日」
「はい。ありがとうございました」
シリウス様は軽くうなずくと転移して消える。
ふと、ダンスを誘ったレベッカ様に向かって、
シリウス様が他人にふれられたくないと言ったのを思い出した。
どうして私にふれるのは嫌がらないんだろう?
転移する度に抱き着いているけれど大丈夫なんだろうか。
一度悩み出したら止まらなくなって、
ミリアにドレスを脱がせてもらっている間も、
一人になってベッドにもぐりこんだ後も考え続けていた。
翌日は夜会の後だからかやはり人が少なかった。
ロドルフ様とレベッカ様がいないと気が楽だ。
昨日は少し様子がおかしかったが、なんだったのだろう。
疑問に思いながらも、できるだけ関わらなければいいと思っていた。
だが、その次の日から何かとロドルフ様が私に関わってこようとする。
「あのさ……ナディアは」
「ちょっと、ロドルフ、なんでそんなのに話しかけているのよ!」
「いや、なんでもないよ」
レベッカ様がいない時にロドルフ様は私のところに来て何か話そうとする。
いったい何が言いたいのかと思っていると、レベッカ様が来てロドルフ様を連れて行く。
そのために何を言いたいのかさっぱりわからない。
さすがに気になってしまって、昼食時にミリアに聞いてみる。
「何が言いたいんだと思う?」
「そうですね……ナディア様を見る周りの目が変わったと思いませんか?」
「周りの目?」
言われてみれば、敵対するようににらんでくる者や、
見下すような目で見てくる者がいなくなった気がする。
「シリウス様の弟子だと伝わったから?」
「いえ、そのことは結構前に知られていました」
「じゃあ、どうして?」
「ナディア様が美しくなったからでしょう」
「……痩せたからってことなのね」
夜会の次の日から、また新しい制服に変わっていた。
鏡で見ると、昔の自分の半分くらいになった気がする。
これほどまで痩せてしまうと完全に別人だ。
目に入るのも嫌なくらい醜かった者が、
普通の令嬢のようになったから周りも変わったということなのか。
「ロドルフ様が話しかけているのも噂になっていました」
「どういう噂?」
「婚約解消したのが惜しくなったのではないか、
また再婚約するのではないかと」
「まさか!」




