19.からまれる
どうやらレベッカ様は王子妃教育を終え、ロドルフ様の私室に向かおうとしている。
逃げようにも、部屋の中に勝手に入ってしまったら咎められる。
仕方ない。挨拶してささっと通り過ぎよう。
「あー本当に腹が立つ。カナディル語なんて話せなくてもいいじゃない!」
いや、同盟国の中でも重要な国なのに話せないなんてありえない。
やはり語学で苦戦していたのか……。
ロドルフ様と結婚したかったのなら、バラチエ侯爵家で家庭教師を雇えばよかったのに。
私と無理やり婚約破棄させた後はどうするつもりだったんだろう。
そんな風に思っていたら、私がいることにレベッカ様が気がついた。
ただでさえ吊り上がっていた目が、さらに上がったように見える。
「どうしてあなたがここにいるのよ!」
「どうしてって……」
マルセル様とのお茶会だったなんて話したら、誤解されるかもしれない。
王族の居住区から出てきているし、私室だったことが知られたら、
側妃にと打診されたこともバレてしまいかねない。
「まさか、ロドルフに会いに来たんじゃないでしょうね!?」
「ええ?違うわ!」
「じゃあ、どうしてこんなところにいるのよ!」
「少し用事があって来ただけで、ロドルフ様は関係ないわ」
「用事?婚約者からおろされたあなたが?
しかも休みの日なのに制服って、他に着るものがないの?
そんな恰好で王宮をうろつくなんてみっともないわ」
「……」
マルセル様とのお茶会だというのに、私は制服で着ていた。
ロドルフ様の婚約者だった時に王宮から支給されていたドレスは、
アンペール侯爵家を出る時にすべて置いて来ている。
マルセル様はそれを知っていたようで、
招待状にも制服でかまわないと書かれていた。
だから制服で来ても問題はないのだが、それを説明することもできない。
レベッカ様は王宮から支給されたと思われるドレスを、
見せつけるように前に出る。
「最近、シリウス様に迷惑をかけているようだけど、
クラデル侯爵家の血筋だからってわがまま言わないほうがいいんじゃない?
父親にも見捨てられた、ただの役立たずのくせに」
「お父様に見捨てられてなんかいないわ」
「嘘よ。アンペール侯爵家を追い出されたくせに」
アンペール侯爵家の籍を抜いたのはシリウス様だからお父様は関係ない。
たしかにこれまで義母とジネットに虐げられても助けてもらえなかったけれど。
それもモフロワ公爵家の手の者のせいで、
お父様は領地から出られないようにされていただけ。
今はクラデル侯爵家に保護されているが、
お義母様やジネットたちには知られないようにしているので、
レベッカ様もわかっていない。
「まさかわざわざ王宮まで来たのは、
ロドルフの婚約者に戻ろうとしているんじゃないでしょうね!
教師たちが厳しいのも、あなたが何かしたんでしょう!」
「教師たちは私にも厳しかったわ。
それに婚約解消をお願いしたのは私の方よ。
だから婚約者に戻りたいなんて絶対に言わない」
「は?ナディアからお願いした?ふざけないで。
あんたなんかがそんな生意気なことしていいわけないでしょう!」
しまった。よけいに怒らせてしまった。
でも、言わずにはいられなかった。
ロドルフ様との再婚約を求めているなんて噂になったら困る。
「レベッカ様はロドルフ様と結婚したいのでしょう?
邪魔な私がいなくなって喜べばいいじゃない。
もう二度と関わったりしないから安心していいわ」
「その態度がむかつくのよ。
役立たずなんだから、おとなしくしていればいいのよ!」
レベッカ様が手を振り上げるのを見て、両腕で顔を庇おうとする。
令嬢の力だとしても頬を叩かれるのは痛い。
衝撃にそなえていたら、後ろからぐいっと引っ張られた。
「え?」
「叩かれていないな?」
「あ、はい」
レベッカ様が振り下ろした手は私に届かなかった。
シリウス様が後ろに引いてくれたからだ。
そのせいで抱き寄せられているような形になって、
シリウス様を振り返るように見上げる。
「どうしてここに」
「危険が迫っているとミリアが判断した。
何かあったら俺を呼ぶように魔術具を持たせておいた」
「ミリアがシリウス様を呼んだのですか」
ミリアが満面の笑みを浮かべている。
絶対に私から離れるなと言われていたのはこのせいか。
「え?……どうしてここにシリウス様が」
上ずったようなレベッカ様の声。
見れば、真っ赤になってシリウス様を見つめている。
そういえば夜会の時もシリウス様に見惚れていたのを思い出した。
ロドルフ様がいるのに、シリウス様の顔に魅かれるらしい。
たしかに整った顔立ちだと思うので理解はできるが。
シリウス様はレベッカ様が真っ赤になっていても興味はなさそう。
冷たい目というよりか、にらんでいるに近い目でレベッカ様を見ているのに、
レベッカ様は気がつかないようでシリウス様に微笑んだ。
「シリウス様にお会いできてうれしいです。
これから休憩するのですが、ぜひシリウス様もご一緒に」
「俺はナディアを迎えに来ただけだ。お前に用はない」
にべもなく断られて、レベッカ様の微笑が消える。
「シリウス様、どうしてそのようなものを庇うのですか!」
「それは弟子なのだから当然だろう」
「どうしてナディアなどを弟子に。ただの役立たずなのですよ!」
「ナディアが役立たず?それはないな」
あっさりと否定されて胸が温かくなる。
役立たずじゃないと当然のようにシリウス様が言ってくれるのがうれしい。
「シリウス様、ナディアではなく私を弟子にしてください!」




