18.誠実な人
「私を側妃にしたいという話はアナイス様にはしたのでしょうか?」
「……してないけど、アナイスならわかってくれるはずだ」
「本当にそうでしょうか?」
「……」
学園に通っていたころのマルセル様とアナイス様は相思相愛に見えた。
幼いころから婚約者として交流を続け、お互いを大事にしているようだった。
それなのに側妃を娶るとわかれば、悲しむのではないだろうか。
だからこそ、まだアナイス様に話していないのだろう。
「僕はこの国のためにも、ナディアは王族に嫁ぐべきだと思う」
「だから、ロドルフ様と婚約解消されると思っていたから、
私に声をかけていたのですか?
ダメだったのなら自分が側妃として娶ろうと」
「そうだ。他の令息に奪われるわけにはいかなかったからね」
「そうですか」
マルセル様は正しい王族なのだと思う。
クラデル侯爵家の血筋が王族に嫁ぐ機会を失くさないように、
自分を犠牲にしてでも王家のためになることをしようとしている。
私が魔力なしで醜くても、クラデル侯爵家の血が欲しいから。
愛しているアナイス様を傷つけても、理解してもらおうとする。
それはロドルフ様にはなかった自己犠牲でもある。
この方が王太子になればこの国は問題ないだろう。
少なくともロドルフ様が王太子になるよりずっといい。
それでも、私は王族に嫁ぎたいと思えなかった。
もう二度と求婚なんてしてもらう機会はないかもしれないけれど、
クラデル侯爵家の血筋という理由だけで求められたくはない。
「申し訳ありませんが、お断りいたします」
「……卒業したらどうするの?
いつまでもクラデル侯爵家にお世話になるわけにもいかないだろう?」
「魔術師になって研究の道に進みたいと思います」
「は?ナディアが魔術師?魔力がないのに?」
「ああ、そう思っていたんですね。
魔力なしだからシリウス様の弟子になったのは形だけで、
クラデル侯爵家の血筋だから面倒を見てくれていると」
「違うのか?」
「信じられないでしょうが、私は魔力なしではありませんでした」
「なんだって!?」
よほど驚いたのか、マルセル様が立ちあがる。
「それは本当なのか?」
「はい。むしろ、多すぎて魔力調整に困っているくらいです」
「……やはり、僕の側妃になるべきだ」
「いいえ、なる気はありません。
私はもう王族の婚約者になるのはこりごりなんです。
しかも、愛し合っている二人の邪魔をするのは二度としたくありません」
ロドルフ様との婚約は自分で望んだわけでもないのに、
恋人であるレベッカ様との仲を引き裂く悪者のように言われてた。
マルセル様の側妃になれば、同じようにアナイス様との仲を邪魔すると言われ、
貴族社会で冷たい目で見られるのは予想できた。
「……そうか。それほどまでにロドルフのせいで傷ついていたか。
兄として謝るよ。今まですまなかった」
「いえ、マルセル様のせいではありません。
ロドルフ様もレベッカ様と婚約したかった、ただそれだけなんだと」
「甘やかさなくていい。あいつは王族として失格だ。
どれだけ好きな女がいたとしても、婚約者に誠実にならなくていい理由なんてない。
王族に生まれてきたからには、自分の欲など捨てなくてはいけないんだ」
同じ両親から生まれてきたのに、この差はどういうことなんだろう。
王家の色ではないせいで王太子になると思われなかった第一王子。
苦労してきたからしっかりしているのだろうか。
「私が側妃になるのはお断りしますが、
マルセル様が王太子になるのは賛成です。
きっと素晴らしい王になってくれると思っています」
「ありがとう。そう言ってもらえるとうれしい。
クラデル侯爵家ににらまれたままでは国がどうなるかわからない。
ナディアとはこのままいい関係でいたいと思う」
「もちろんです。クラデル侯爵家のほうも大丈夫だと思います。
私のことで国に何かすることはないでしょう。
ああ、ロドルフ様とレベッカ様については保障しませんけど」
「いい。あいつらは王族にいないほうがいい」
さすがにそれにはうなずけずにお茶を飲む。
私を側妃にという考えは捨ててくれたようで、
それからは穏やかな会話が続く。
私がアンペール侯爵家を追い出されたのを知って心配してくれていたようだし、
学園の寮で平和に暮らしていることを話すとほっとしていた。
一時間ほど穏やかにお茶を飲みながら話して、お茶会は終了する。
忙しいマルセル様はこの後、王子としての仕事が残っているらしい。
お礼を言ってミリアと馬車へと戻る。
女官が案内しようとしたけれど帰りは断った。
王宮には何度も来ていたので案内されなくても帰れる。
「ついてきてくれてありがとう、ミリア」
「いいえ、ただ控えていただけですが」
「ううん、いなかったら既成事実になっていたかも。
さすがマルセル様、抜け目がないね」
「……本当に断ってしまって良かったのですか?」
「うん、いいの。マルセル様の側妃になったらアナイス様も悲しむだろうし、
好きでもない人と結婚してそんな悩みを抱えるのは嫌だもの」
「……それもそうですね」
「でしょ?」
ミリアが同意してくれたので、すっきりした気持ちで馬車へと向かう。
マルセル様の私室は王宮の奥にあったので馬車まで少し遠い。
あと半分くらいかなと思っていたら、向こうの方から罵声が聞こえてきた。
「もう!何度同じ事させるのよ!一度でいいじゃない!あの夫人むかつくのよ!」
あ……この声はレベッカ様。
マルセル様が話していた王宮内で文句を言いながら帰るってやつ……。
どうしよう声がこっちに近づいてくる。
どうやらレベッカ様は王子妃教育を終え、ロドルフ様の私室に向かおうとしている。
逃げようにも、その辺の部屋に勝手に入ってしまったら咎められる。
仕方ない。挨拶してささっと通り過ぎよう。




