15.変化
その日はいつもなら朝食と一緒に用意されているはずの昼食がなかった。
不思議に思っていると、寮の使用人から説明される。
「魔術師演習の先生から連絡がありました。
昼食はカフェテリアでとってほしいそうです」
「カフェテリアで?……そう、わかったわ」
半分くらいの学生はカフェテリアで食事をしているが、
私は一度も行ったことがない。
それはいつもロドルフ様とレベッカ様、ジネットがいるからだ。
なるべく顔を合わせたくなかった私は、
アンペール侯爵家にいた頃から昼食を持参していた。
それなのになぜカフェテリアに行かせようとするのだろう。
疑問ではあったけれど、シリウス様がそう言うなら行くしかない。
授業が終わるとすぐにロドルフ様とレベッカ様は教室から出て行く。
少し待ってからカフェテリアに行くと混んでいる。
隅の方で空いている席を探したかったのに、空いていたのは真ん中に近い席だった。
なぜか四人で座る席が空いているのに、誰も座ろうとしない。
これはシリウス様の仕業かもしれない。
食事を注文して席に座ると、注目されているのがわかる。
今まで来たことがない私がいるのが不思議なんだろう。
少し離れた席にロドルフ様とレベッカ様が座っているのが見える。
ロドルフ様は私がいるのに気がつくと目を見開く。
レベッカ様は気に入らないのかにらまれてしまう。
私だって来たかったわけじゃないんだけどと思いながら食事をする。
温かい食事が美味しくても落ち着かなくて早く食べ終えてしまいたい。
半分ほど食べたところで、出入り口がざわつく。
見れば、フードをおろした状態のシリウス様が入って来たところだった。
「え?シリウス様?」
「ああ、ここにいたのか、ナディア」
いかにも今見つけましたって感じで向かって来るけれど、
ここに来るように言ったのはシリウス様なのに。
「どうかしましたか?」
「夕方に出かけなくてはいけない用事ができてしまった。
授業の時間を早めたいのだが、かまわないか?」
「ええ、かまいません。今すぐに」
「いや、食事は大事だ。
食べ終えてからでいい」
「ですが」
「そのくらいは待つから」
「……わかりました」
シリウス様が目の前の席に座ると悲鳴のような声が聞こえる。
先ほどの会話が聞こえなくても、私と同席したのはどこからでも見えるはずだ。
早く食べてしまおうと急いでいると、こちらに近づいてきた者がいる。
見たことがないほどうれしそうな顔のジネットだった。
「シリウス様」
「……なんだ」
「どうしてこのような席に?
向こうに個室がありますので、ぜひ」
屋敷に荷物を取りに行った時に冷たくあしらわれたのに、
今日はきちんと化粧をしているからか強気のようだ。
だが、やはりシリウス様は興味なさそうに答える。
「必要ない。俺はナディアを迎えに来ただけだ」
「っ! どうしてこのような平民を」
「どうしてと言われても、ナディアが俺の弟子だからだ」
「は?ナディアが弟子!?」
ジネットの声が大きかったからか、
カフェテリア内が一気に騒がしくなる。
「弟子ってなんだ?」
「まさか、シリウス様の?」
「魔術師の塔の元管理人が弟子を取るなんて!」
「だが、あの魔力なしだぞ」
「どういうことなんだ?」
様々な声が聞こえるが、それに重なるようにジネットの笑い声が響く。
「そんなわけないじゃないですか。ナディアは魔力なしなんですよ。
いくらクラデル侯爵家の血を引いているからって、
こんな出来損ないに無駄なことを」
「無駄かどうかは俺が決めることだ。
ああ、クラデル侯爵家の血筋だから俺の弟子にしたわけではない」
「では……どうして」
「そのうちわかるだろう。ナディア、食事は終わったか?」
「あ、はい」
「では、行こう」
「はい」
ジネットがシリウス様を引き留めようとしたけれど、
するりと逃げて歩いて行く。
私はシリウス様を追えるけれど、ジネットは追えない。
そういう魔術をかけているのかもしれない。
カフェテリアを出る時に振り返ったら、
ジネットが悔しそうな顔をして私をにらんでいた。
シリウス様と私が個別訓練室まで歩いて行く途中も、
すれ違いざまに驚いて持ち物を落とす学生が続出する。
ようやく奥の部屋まで着いて、大きく息を吐いた。
「シリウス様、今のはどういうことですか?」
「この前の令息たちのようなものが他にも出ると困るからな。
先にナディアは俺の弟子だと公表しようと思った」
「ああ、そういうことですか。
だからカフェテリアの真ん中の席で話して、
個別訓練室まで一緒に歩いてきたのですね」
「そういうことだ。
危険な目に遭うのは少ないほうがいいからな」
「あ、ありがとうございます」
令息たちに連れ込まれた時もすぐに助けられたし、
シリウス様がそんなに心配してくれているとは思わなかった。
目立つのが嫌いなはずのシリウス様が、
私のためにしてくれたのだと思うとすごくうれしい。
「なんだ、その顔」
「あ、すみません。
私が危険な目に遭わないようにしてくれたのだと思うと、
うれしくて顔がついにやついてしまって」
「このくらいのことでか?」
「このくらいじゃないです。
シリウス様が私のためにしてくれたことがうれしいんです」
「……そうか。俺は師匠なんだから、
もう少しちゃんと甘えてくれてもいいんだぞ?」
「甘える……ですか」
それは難しいかもしれない。
甘えるってことは、わがままを言うってことだよね。
シリウス様にわがままを言うなんて想像できない。
その日も魔力調整の訓練をして終わったけれど、
それから何度かカフェテリアに行くように指示され、
食事が終わる頃にシリウス様が迎えに来てくれることがあった。
私がシリウス様と一緒に歩いている姿を何度も見せることによって、
本当に私がシリウス様の弟子になったらしいと噂が広がっていく。




