14.どうしてなんだ(ロドルフ)
「ロドルフ!婚約解消したって本当か?」
「ああ、うん。やっと婚約解消できたよ」
笑顔で聞かれて、兄上も婚約解消を喜んでくれているのだと思った。
あまり仲は良くなかったが、心配してくれていたのかもしれない。
「そうか……ナディアを手放してくれてありがとう」
「は?何を言っているんだ?」
「本当にナディアの価値も知らずに、馬鹿だよな」
「馬鹿ってどういうことだよ」
「そのままの意味だ。
クラデル侯爵家の血筋を手に入れることができた王族はいない。
お前は初めてクラデル侯爵家の血筋をひく王族を産ませることができたんだ。
それを自ら捨ててくれるなんて、馬鹿すぎて笑えてくるよ」
そのことは聞いている。
クラデル侯爵家の直系はけっして王族には嫁がない。
クラデル侯爵家は降嫁を受け入れることもない。
だから、直系ではないとはいえ、
クラデル侯爵家の長女から産まれたナディアは貴重な存在だと。
ナディアが魔力なしであっても、産む子はわからない。
もしかしたら、魔術師の塔の管理人を超える魔力を持つかもしれない。
わかってはいたけれど、あのナディアを相手にするのは嫌だ。
あの醜い顔を見て抱けるとは思えない。
閨を共にすることができないのに妃にしても無駄になる。
「いいんだよ。俺はレベッカと結婚したいんだから」
「ふうん。まぁいいよ。
俺が王太子になるから。
お前は王弟としてのんびり暮らせばいい」
「……まだわからないだろう」
「無理だね。レベッカには王太子妃の教育までいかない」
「わからないって言っているだろう!」
「はは。まぁ、頑張ってみればいいさ」
おかしくてたまらないという顔で兄上は去っていく。
腹が立ったけれど、もう言い返すこともできない。
侍従に準備を急がせて、バラチエ侯爵家へと向かう。
先触れはしなかったけれど、バラチエ侯爵家にはよく来ている。
応接室で待っていると、ようやくレベッカが顔を出す。
「もう~夜会の翌日は眠いのよ。
ゆっくり休みたかったのに」
「悪い。でも、いい知らせがあるんだ。
俺とナディアの婚約が解消になった!」
「うそ!本当に!?」
「ああ、本当だよ。さっき父上に言われたんだ」
「これで……ロドルフと結婚できるのね」
うれしいのか涙目になるレベッカを抱きしめる。
ずいぶんと待たせてしまった。
あんなナディアなんかと婚約していたせいで。
「すぐに王子妃教育が始められると思う。
ある程度まで進めば婚約を許してもらえるはずだ」
「え?すぐに婚約できないの?」
「レベッカならすぐだよ」
「……それもそうね」
優秀なレベッカなら、すぐに一段階目の教育を終えるだろう。
ナディアができたくらいだから、難しくはないし。
七年間分を急いでやるのは大変だと思うけれど、
レベッカならできるはずだ。
「ああ、だけど、父上から言われたんだ。
もうナディアに関わるのはやめろって。
あんなのでもクラデル侯爵家の関係者だからかな」
「そう……私としてはずっと邪魔をしてきたナディアが憎らしいけれど」
「婚約解消できたんだから、もういいだろう?
俺はもう関わりたくないし」
「それもそうね。わかったわ。私は何もしないわ」
「そうしてくれ」
次の日、学園に行くといつもどおりにナディアは登校していた。
婚約解消になって落ち込んでいるんじゃないかと思ったが、
まるで何もなかったかのように生活している。
「ねぇ、ロドルフ。ナディアって平民になったらしいわ」
「平民に?どうしてだ?」
「ジネットから聞いたの。
ロドルフの婚約者じゃなくなったから、
アンペール侯爵家から追い出されたんだって」
「追い出された?じゃあ、今はどこにいるんだ?」
「寮にいるらしいわ。
学園の卒業まで半年だから、このまま通うんでしょう。
卒業しても行先なんてないのにね」
「ああ……そうだな」
学園を卒業してしまえば、王宮女官などの仕事は探せる。
だが、魔力なしのナディアではそれも難しい。
婚約解消したら嫁ぎ先など見つからないだろうから、
アンペール侯爵家がずっと養うのだと思っていた。
追い出されるとは……まぁ、でも、あのナディアだからな。
アンペール侯爵家を継ぐのはジネットだと決まっている。
いずれにせよ、追い出されるのはわかっていたことか。
少しだけ同情したけれど、ナディアは少しも動じない。
あいかわらず真面目に授業を受けている。
きっとナディアは平民として暮らすんだろう。
父上が関わるなと言ったのは、そのせいかもしれない。
下手に同情して世話などするなよという意味で。
そんな風に思っていたけれど、
しばらくしてナディアが魔術演習の授業を受けていると聞いた。
ナディアが個別訓練室を使っていると知ったレベッカは、
それをジネットに伝えたらしい。
魔力なしが個別訓練室を使っていることに腹を立てたジネットは、
あの夜会の時に用意した令息たちに声をかけて、
ナディアを襲わせることにしたらしい。
もう婚約は解消しているのにどうしてと思ったが、
そこは姉妹だった時にナディアが何かしたのかもしれない。
ジネットにそこまで恨まれるようなことを。
平民になったせいか、少しだけ痩せたナディアは、
令息たちはそういう対象に見えるらしい。
たしかに少しはましになったかもしれないけれど、
やっぱり俺にはそういう対象には見えない。
一度痛めつければジネットとレベッカも気が済むだろうと、
放っておいたのだが、結果として令息たちが学園から消えた。
未遂に終わったために学園からの処罰は三か月の謹慎だった。
ずいぶんと長い謹慎だと思っていたら、五人とも学園を辞め、
平民となって王都から追放になっていた。
「どうして学園を辞めさせられているのよ!」
「それはバレたからだろうな」
「でも、平民の女を襲ったくらいで」
「……学園内というのがまずかったんじゃないか?」
言われてみれば、平民を襲ったくらいで貴族令息が処罰を受けるなんておかしい。
貴族家だって、そのくらいで息子を放逐するなんてありえない。
「ナディアなんて痛い目に遭えばよかったのに!」
「関わらないように言われていただろう?」
「……私が直接何かしたわけじゃないもの!」
「それでも、知られたら怒られるぞ」
「……もうしないわよ」
レベッカは学園が終われば毎日王宮に来て王子妃教育を受けている。
毎日やらなければ二年でも終わらないかもしれないと言われ、
そこまで大変だと思っていなかったレベッカは機嫌が悪い。
始まって数週間が過ぎたが、あまり進んでいないようだ。
特に同盟国の言語が覚えられないようで苦労している。
なんとかしてやりたいけれど、同盟国の言語は覚えなくてはいけないものだ。
他国の使者と話すことができない王子妃なんていない。
レベッカと結婚するつもりだったのだから、早くに言っておけばよかった。
王宮でなくても同盟国の言語は勉強できたのだから。
学園での成績がいいレベッカならすぐにできるようになると思っていたのに。
ようやくナディアから解放されたというのに、悩み事は減るどころか増えていくばかりだった。




