11.誤解からの危機
寮から学園に通うのはとても快適だった。
義母とジネットと顔を合わせないと食事も美味しいし、
ふかふかの寝台はよく眠れる。
教室でロドルフ様とレベッカ様と会うのは苦痛だが、
二人は私をいないものとして扱うことにしたようだ。
今まで無駄に絡まれていた分、無視されるだけならなんてことはない。
それに合わせるように周りの学生たちも私を無視しだしたが、
これも今まで陰口を言われていたことを考えたら、
静かになって授業に集中しやすくなっただけだった。
魔術演習の授業は個別訓練室で行う。
個別訓練室は主に自習や試験前の自主訓練の時に借りて使う部屋だ。
一番奥の部屋をシリウス様が借りたらしく、
その部屋は卒業するまで私が使っていいことになった。
授業が始まる前に個別訓練室に向かうと、
知らない学生たちにもじろじろと見られる。
考えてみれば魔力なしの私がこんなところに何の用だと思うはずだ。
個別訓練室の周りにいるだけで面白くないのか、
令息たちからじろりとにらまれてしまう。
気にせずに奥の個別訓練室に入ると、もうすでにシリウス様が待っていた。
「遅れました」
「いや、気にしなくていい。今日は魔力の出し方を練習させる。
これに向かって魔力を流してみるんだ」
シリウス様が取りだしたのは魔力測定器のようだ。
「魔力量を量るんですか?」
「違う。これは放出量がわかるものだ。
最低値の青から最大値の赤までわかる。
これの青三の位置で固定できるようになれ」
測定器を手にしてみればメモリがついている。
青一から三、紫一から三、赤一から三というふうに、全部で九つ。
これの青三の位置になるように同じ量を出し続けなくてはいけないらしい。
そんなことができるのだろうかと思いながら魔力を流す。
メモリは一気に上がり、赤の三で止まる。
「えええ?」
「だろうな。少しずつ出す魔力を弱めていくんだ」
「は、はい」
返事をしたものの、少しも弱くならない。
その日は授業が終わるまでずっと赤三のままだった。
「すみません……」
「気にしなくていい。おそらく三週間くらいはこのままなんじゃないか」
「え?」
「だが、三週間訓練することには変わらない。
できなくても続けるんだ。できるか?」
「はい!もちろんです!」
三週間変わらないと聞いた時はがっかりしたけれど、あきらめつもりはない。
シリウス様がやれというのなら頑張るだけだ。
それから毎日魔術演習の授業になると個別訓練室に向かい、
測定器に魔力を放出させる。
予想通り、赤三のまま少しも下がらなかったけれど、それでもかまわなかった。
私が魔力を出して、訓練できていることがうれしくて仕方ない。
十日ほど過ぎた頃、いつものように個別訓練室に向かおうとしたら、
令息たち五人に前をふさがれる。
邪魔だなと思い、よけようとしたら、また前をふさがれる。
「どいてください」
「ナディアちゃん、どこに行くの?」
「は?ナディアちゃん?」
「なんだよ、不満なのか?もう平民なんだろう?」
ああ、この令息たちは私が平民だと思って声をかけてきたのか。
アンペール侯爵家だった時はさすがにこんなことはなかった。
この学園に通えるのは貴族だけだが、
例外として学生の間に平民になってしまったものは卒業まで通うことができる。
親がなんらかの事情で処罰され、子が処罰から逃れたとしても、
そのまま放り出されたら生きていくことはできない。
そのため、学園に通う間に平民として生きる道を探すようにとの温情だ。
この例外があるために私が平民として通っていると誤解されているのだが、
そろそろ違うと言ってもいいかもしれない。
「あの、私は……」
「なぁ、毎日個別訓練室に行っているようだが、何をしているんだ?」
「何って訓練だけど?」
「訓練って!魔力なしが何を訓練するんだよ。
魔術を使えるのなら、今ここで見せてみろよ」
「ここで……?」
許可なく魔術を使わないようにシリウス様と約束している。
そうでなくても、こんな廊下で魔術を使うような馬鹿はいない。
「こんなところで魔術を使ったら学園から処罰をうけるじゃない。
いいから、そこをどいて。授業に遅れてしまうわ」
きっとシリウス様はもう来ている。
ずっと同じ訓練をしているのだから来なくても良さそうなものだけど、
私の魔力が不安定のために暴発しても大丈夫なように付き添ってくれている。
早くいかなければと令息の肩を押してよけようとしたら、
それに腹をたてた令息に腕を捕まれる。
「何をするのよ!」
「先に乱暴なことをしたのはそっちだろう?」
「まったく、平民のくせにわかっていないよな。
俺たちに何をされても文句は言えないだろうに」
令息たちはにやにやと笑いながら、近くの個別訓練室に連れて行こうとする。
なんとかつかんでいる腕をほどこうとするが、力の差があって難しい。
そうしている間にずるずると部屋の中に引きずり込まれ、ドアが閉められる。
これは本気でまずいかもしれない。
「さて、こんなデブを相手にするのは気が乗らないんだけどさ」
「俺も。だけど、頼まれたからにはちゃんとしないとね」
「俺は意外と平気かも。少し痩せた気がするし」
「そうだよな。平民になってろくなもん食べてないからじゃないか」
好き勝手なことをいいながら近づいてくる令息たちに、
さすがに自分ではどうすることもできない。




