10.誤解と新しい授業
次の日、朝起きて準備をしていると食事が届けられた。
高位貴族は食事室に行く必要はなく、使用人が食事を届けてくれるらしい。
たった一人での食事だったけれど、
嫌味を言われることもなく食べる朝食は素晴らしく美味しかった。
寮から校舎までは少し距離があったけれど、歩けないほどではない。
少し早めに出て歩いて行くと、馬車で到着した学生たちにじろじろ見られる。
今まで王家の馬車で通っていた私が歩いているのがめずらしいのだろう。
ロドルフ様の婚約者でなくなったことがうれしくて、
見られることも気にせずに教室に向かう。
授業が始まる前にロドルフ様とレベッカ様も教室に入って来たけれど、
特に気にすることなく教科書を読んで予習する。
昼休みになって寮で持たされた昼食を広げようとしたら、
レベッカ様がロドルフ様に話しているのが聞こえた。
「ロドルフの婚約が解消されてすっきりしたわね。
これからは堂々と一緒に食事ができるわ」
「ああ、そうだな。行こうか」
ちらりと見たら、レベッカ様がうれしそうに笑っている。
ロドルフ様も今までないくらいの笑顔だ。
さっきのは私に聞こえるように言ったのだと思うが、
今までも堂々と一緒に食事をしていたのになと思う。
特に反応することなく食べていたら、知らない令嬢に話しかけられる。
同じ教室の令嬢ではないので、わざわざ聞きに来たらしい。
「……あの、第二王子様と婚約解消したというのは本当ですか?」
「ええ、本当よ」
「アンペール侯爵家を出たというのも?」
「ええ、その通り。間違いないわよ」
「……そうですか」
あざ笑うために来たのではないのか、同情するような顔で去っていく。
誰か高位貴族に聞いてくるように命じられたのだろうか。
もうすでに噂になっているのは、ロドルフ様が話したのだろうか。
いや、アンペール侯爵家の籍を抜いたことを知っているのだから、
ジネットが言いふらしたのかもしれない。
だが、私がクラデル侯爵家の養女になったのは知られていないらしい。
もしかしたらジネットは信じなかったのかもしれない。
まぁ、クラデル侯爵家の養女になっただなんて言えば大騒ぎになる。
自分から説明するようなことでもないと放っておいたら、
いつのまにか私は平民になって寮に入っていることになっていた。
それでもわざわざ噂を確認しに来るものもいなかったので、
放っておくことにした。
魔術演習の授業の時間になり、指定された場所へ向かう。
学園長室の隣にある会議室にはもうすでにシリウス様が来ていた。
「お待たせして申し訳ありません」
「かまわないよ」
「ここで授業を行うのですか?」
「いや、ここでは無理だ。俺に捕まって」
「はい」
差し出された手に捕まると、また手を引かれてシリウス様に抱き着く形になる。
一緒に転移するのかと目を閉じた時にはもうぐらりと揺れていた。
けっこう身体に負担がかかるのだから、転移すると言ってほしい……
目を開けたら、どこまでも広い草原が見える。
「ここなら多少のことがあっても大丈夫だろう」
「多少のこと……」
何をする気なのかと思えば、初級魔術の一つ、風を吹かせる魔術式を使えと言われる。
右手の指輪に集中すると魔力が外に放出されたのがわかる。
それをペンのように細くして、魔術式を書き上げる。
今まで覚えるだけだった魔術理論が役に立つ日が来るとは。
最後の文字を書き上げると、魔術式は完成して消える。
次の瞬間、草原をぐるりと巻き上げるように風が吹いた。
「ええ!?」
「……そうなるよな」
私の腰に後ろから腕を回してシリウス様が飛ばないように抑えてくれる。
そうでなければ巻き上げた風と一緒に飛んで行ったに違いない。
風がおさまった後は、草原が丸くくり抜かれるように土が見えていた。
「……今のは」
「感覚がつかめないからだと思うが、魔力を込めすぎなんだ。
いいか、俺が使っていいという魔術式以外は使うなよ?」
「は、はい」
まさか初級魔術でこんなことになるなんて思わず、
驚きすぎて足に力が入らない。
「ん?腰が抜けたのか?」
「そ、そうみたいです……」
「まぁ、仕方ないな」
シリウス様はひょいっと私を抱き上げるとそのまま転移する。
転移された先は寮の私の部屋だった。
「今日の授業は終わりだ。ゆっくり休め」
「ありがとうございます……」
せっかくシリウス様に魔術を教えてもらう機会だったのに、
初級魔術を一度使うだけで終わってしまった。
「焦るな。魔力が安定するまで二か月はかかると言っただろう。
今日、魔術を使わせたのは、こうなるから勝手に使うなと教えるためだった」
「失敗するのをわかっていたんですね?」
「ああ、俺がいない時に魔術を使われたら困るからな。
最初に警告しておきたかったんだ。
明日から魔力の出し方を教える。
しばらく魔術は使わせないつもりだ」
「……わかりました」
ようやく魔術を使えるようになったと思ったのに、
まだしばらくはお預けらしい。
それでも一生使えないと思っていたのだから、
二か月くらいどうってことはない。
「では、しっかり休めよ」
「はい。ありがとうございました」




