京への出立
伏見の指月城は文禄三年(一五九四)の四月にはほぼ出来上がった。しかし殿は江戸へ戻らなかった。そして六月に入ってから、上方に滞在中の殿から書状が届いた。それには、「池田家が万姫を養女とし、いずれ息子と娶わせる予定」であることと、「来年秋頃に秀忠と浅井の娘との婚姻を為すことを太閤と決めたので、その準備をするように」とあった。同様の内容の物が留守を守る秀忠さまにも届けられていた。
阿茶はさっそく先触れを出して西郡の方さまと督姫さまに会い、殿の意向を告げた。
「万姫を伴ってもよいとは。安堵いたしました」
「ええ、お母さま」
西郡の方さまと督姫さまが、ほっとして笑顔になる。
「つきましては、お二人に京へおいで願いたいと。今年中に督姫さまの輿入れを為し、来年に若殿の婚儀をする御意向とか」
「慶事が続くのね。忙しくなるわ」
西郡の方さまが笑みを深くする。
「ところで、わたくしの背の君となられる吉田侍従さまとは、どんな御方か分かりますか? 阿茶局」
督姫さまが尋ねる。
「吉田侍従(池田照政)さまは、督姫さまと同じ年のお生まれです。祖母君は織田右府さまの乳母で、のちに義母となられた御方・養徳院さま。池田家は織田信長さまに仕え、今は太閤さまの家臣。小牧・長久手の役で父と兄を亡くし、関白秀次さまの正室は妹君で、以前は酒井忠次さまの城であった吉田城の城主となり、秀次さまの与力となって東国警固の任を与えられておいでです」
「徳川に父と兄を討ち取られ、恨んでいるのではありませんか?」
そんな家に嫁ぐ娘が心配で、西郡の方さまが眉根を寄せる。
「心中はうかがえませんが、太閤殿下の命による婚姻でありますので、姫さまを粗略には扱うことはないと存じます。太閤殿下と盟友の中川清秀さまの御娘を正室となさり、ご嫡男をもうけられましたが、出産によって病となり、正室さまは実家へ戻られ、離縁となりました。――と、分かっているのは、こんなところです。また何か得られましたら、ご報告いたします」
と、阿茶は頭を下げた。
『松木家の初代、珪林さまは公家で食っていけなくて商人にならしたお方じゃ。その伝手で情報を得たり、商売をしたりしとったが、取引あるそれぞれの家が代替わりしてしもうた。それに公家の家ばかりで、取引のない西国大名や太閤の家臣の情報は手に入りにくい。大名であれば、京の豪商なら知っておることもあろうが、うちではこれが精一杯じゃ』
守世の婚礼のとき、頼んでいた池田家の情報を語ってくれた松木五兵衛の言葉だ。
『京の豪商、茶屋家なら、詳しく知っておろうに』
『いえ。そちらの筋からの情報なら、殿はもうご存知でしょう。私は別の伝手からのが欲しいのです。でも、よく調べてくれました』
と阿茶は御礼を言い、礼金を義弟に渡したのだった。
その後、西郡の方さまと督姫さま、そしてその侍女たちは京へ行く準備で大忙しとなった。
阿茶も同行するようにと指示されていたので、留守をする間の江戸城の御奥の体制を整えておかねばならない。
全体の事務的なことと阿茶への連絡、加えて結衣と姪たちの教育は東雲こと石津局に任せた。伊賀者の石津局は奥を警護する伊賀の者たちと意思疎通をはかりやすいだろうと思ってのことだ。
秀忠さまの侍女団の指揮はいつも通り、大姥局さまと笹尾局に。
お久、お梶、お万を始めとする側室はすでに殿が上方へ連れて行っている。その役女として、京生まれの牧尾こと市島局とその配下の侍女をつけた。
阿茶自身は、南近江の甲賀生まれの早霧こと白須局を連れて行く。秀忠さまの結婚相手は北近江の浅井氏の娘、側近女房との交渉のとき何か気づくかもしれないと思ったのだ。
さて、これで江戸城の御奥に残るのは、お竹の方さまと娘で十二歳の振姫さまとなった。
阿茶は先触れを出して、お竹の方さまとの面会を願った。それはすぐに許され、稲城局を連れて部屋へ行った阿茶は事情を話した。
「殿が『母も連れて参れ』と申されますので、伝通院さまも上方へお移りになります。それゆえ、江戸にはお竹の方さまと振姫さまがおいでになることになります。が、若殿がいらっしゃいますので、何の心配もないと存じます」
「え……でも……」
娘と二人だけで残されると聞いて、お竹の方さまが戸惑っておられる。
「大丈夫でございますよ。わたくしどもがおります」
と、傍らに控えたお仙さまが言った。
お仙さまは阿茶と同じ甲州者で、殿の閨に侍ったが、子が出来なかった。だから側室としての扱いは受けておらず、阿茶が話し相手を頼んだことから、今はお竹の方さま付きの役女みたいになっている。
「ええ、そうでございますよ。今から上方へ行きますと、七夕のお飾り、八朔の贈答、長引けば衣替えの贈り物などの時期となりますが、他家や家中への贈答はわたくしが手配をして、滞りなくするよういたします。お竹の方さまには、城中での七夕のお飾り等々の指示をしていただくだけで、良いようにしておきます。それに、これにおります稲城局は北条さまの奥勤めの経験がありますゆえ、この者に命じていただければ良いかと存じます」
と言って、阿茶が後ろに控える稲城局を紹介すると、後方で頭を下げている。
「わたくしに……留守を預かることなど……できるかしら?」
お都摩の方さまと一緒に武田氏の一族・穴山梅雪さまから人質兼側女として献上されたお竹の方さまは、お都摩の方さまより年上だったにもかかわらず、いつもその後ろに隠れるようにしており、お都摩の方さまが子息の万千代さまこと武田信吉さまと共に領地へ去ってからは、御奥でもひっそりと過ごしていた。
慎ましい、というか、引っ込み思案な方なのだ。
「お出来になられますとも。そのために、わたくしたちがおります。お竹の方さまは、ただ指示してくだされば良いのです。それに……」
と、阿茶は内緒話をするように声をひそめた。
「……いずれ、振姫さまにも大名家との縁談が持ち込まれましょう。大名家の正室になって多くの事は老女にまかせていいとしても、やり方のあらましは知っておいて損はございません。母君として、振姫さまのためにも侍女たちの統率の仕方など、お手本をお見せしてはいかがでしょう」
「振姫が……大名家の正室に?」
「はい。まだ、どちらの若君と縁を結ばれるか分かりませんが、徳川家の姫君であられますれば、それは確実かと」
「まあ……まあまあ」
お竹の方さまの頬に朱が射した。
「わたくしの娘が、正室に! そうね。ええ、振姫のために、わたくし、やりますわ」
その気になってくれて良かった、と阿茶は微笑んだ。
「ぜひとも、よろしゅうにお願いいたします。あとのことは、お仙さまと稲城局にまかせます」
と、阿茶は二人にお竹の方さまの補助をまかせて、退出した。引っ越しの準備と共に、表役人とも打ち合わせることがあり、為すべきことが山積みだった。
徳川家の女性たちが伏見に着いたのは、七月の初めのことだった。
京の聚楽第の徳川邸は主に政務の場となっており、殿は伏見に滞在することが多いためであった。
まず伝通院さまを部屋にお通しし、殿が対面された。その間、西郡の方さまと督姫さま、万姫さまを用意されたお部屋に侍女がお連れし、他の上臈・中臈の女房は侍女や小者たちを指図して衣類などの品を所定の場所へ運び込ませた。
引っ越し騒ぎが落ち着いて、殿が奥へお渡りになったのは翌日の夕方だった。
その日から、江戸城にいたときのような暮らしが始まる。




