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守世の嫁取り 1

 江戸城へ来てから十日ほどして、お万さまが御奥での暮らしにも慣れたと思われたので、阿茶は局を訪ねた。

「何ぞ不自由はありませんか。不足している物などは?」

「いいえ、阿茶局さま。実家さとでは身の回りのことを一人でしていましたし、炊事・洗濯、何でもしていました。ここへ来てから側仕えがつき、それらのことをせずとも良くなり、むしろどうしてよいか戸惑っております」

 十三歳とは思えぬ、しっかりとした口調で、お万さまは答えた。

「そうですか。失礼ながら、お万さま。読み書きはできますか? お裁縫は? 直垂まではできなくとも、小袖くらいは縫えますか?」

「その……読むことはできても文字を書くのは、あまり上手ではなく、お裁縫のほうもさほど上手とはいえず……」

 お万さまが恥ずかしそうに答えた。

「なるほど。では、殿が肥前から戻られるまで、それらを練習なさっていてください。それと、お万さま。ご奉公には閨の事も含まれますが、それを承知でここへおいでになったのですか?」

「はい、もちろんでございます。武士の娘であれば、家のため、どのような殿方にも嫁ぐ覚悟はできていました。それが妻でないとはいえ、徳川家の主さまとは望外のこと。我が家の名誉でございます。また、兄も召し抱えてくださるとのことで、隠居している養父ちちが喜んでおりました」

「左様でございましたか。では、よくご奉公に励んでくださいませ」

 阿茶は、お万さまにつけた茅野かやのという侍女に、お万さまの教育をまかせた。茅野は北条家の奥勤めの経験があるとのことなので、このままいけば、お万さま付きの役女にするつもりだった。



 海の向こうでは大戦おおいくさが繰り広げられているというのに、江戸では殿と一部の家臣たちがいないだけで平穏な日々が続いていた。ただ、戦のために各大名に割り当てられた徴用の人夫・水夫に死者が多く、それは渡海している西国の大名の領内が特に顕著で、「朝鮮に行くのは死にに行くもの」と逃散ちょうさんする者が後を絶たない、との噂が伝わってくるが。

 世間はどうあれ、阿茶の許にいる結衣はすくすくと成長し、立って歩くようになった。大姥局さまの許にいる五郎三郎と千代も大病もせず育っており、大姥局さまが「連れていらっしゃい」と言うので、乳母に抱かせて結衣を連れていって遊ばせている。秀忠さま、福松丸君も局をときどき覗き、幼な子たちを弟妹のようにかわいがってくださった。

 けれども、この日の呼び出しは阿茶一人だった。

 さちを供にして大姥局さまの部屋へ行くと、人払いがされる。

「して、ご用向きとは?」

 近う、と言われて側に寄り、小声で訊いた。

「若君が……秀忠さまが御子をもうけられるお体になりました」

 阿茶の問いかけに、大姥局さまがひそ、と答えた。

「それは、めでたきこと」

 家の存続のためには、子を成し、血をつないでいくのも当主の役目だった。殿はいささかやりすぎの感はあるが、豊臣家は子がないばかりに他の大名たちからは、一代限りと思われている。跡継ぎと定められた甥の関白秀次は、周囲の家臣の助けによって大過なく関白職を勤めているが、武勇・人望など特に秀でているわけではない。

「では、閨の作法をお教えするのですか」

 御奥の役割の一つは、血をつなぐ環境を整えること。

「誰が良いであろう。心映え良く、優しいがいいのだが」

「殿のときは、お相手をどのように選定されたのですか?」

 大姥局さま――岡部かな。殿の若い頃、付き合いのあった岡部家の娘の局さまなら昔のことを知っているかと思い、訊いたところ、やはり覚えていた。

「そうさの。あの頃、殿はまだ人質の身だったので、相手は市井の娘であった。のちに子を産んだとも聞いたが、母子ともにどうなったか分かりませぬ」

 生きていれば、子はもう四十前。今川家の没落、武田氏の侵攻などがあり、戦乱で荒れた駿河で生き残れたとは思われない。また、今川家の血を引く前のご正室さまが当時、身分の低い母子を認めたとは、とうてい考えられなかった。

 しかし今回、秀忠さまの相手は子を身ごもれば、側室になる可能性がある。

 二人して、あれこれ考えているうちに大姥局さまがうなずいた。

「秀忠さま付きの侍女のおこうはどうであろう。三島局さまの遠縁の者で、酒井家の血筋じゃ。三河者なら誰も文句は言うまい。身近に仕える者であるから、互いに気心が知れておるからの」

「それは良いお考え」

 ということで、お孝には阿茶から、秀忠さまには大姥局さまから話をすることに決まった。

 阿茶がお孝を局に呼び出し、閨の相手に決まったことを告げると、戸惑いながらもお孝は御役目を承った。秀忠さまより二つ年上の十六歳。可憐な娘だった。男を知らぬ処女であるから、後家になった年かさの侍女から閨の作法を口頭で教えられることになった。

 一方、大姥局さまから話を聞いた秀忠さまは、はかばかしい返事をしなかった。お孝が嫌というわけではなく、閨教育に迷っておられるようだった。



 奥向きを預かる阿茶には困った事態だったが、さらに頭を悩ませる話を伊助が持ってきた。

「若さまに、どうやら想う御方ができたようです」

「は?」

 寝耳に水とは、このことか。と阿茶は思った。

「五兵衛は……いえ、守世は十九になりましたか」

「さようでございます」

 母親としては、まだまだ子どもだと思っていた。元服したとはいえ、こまごまと世話していた十歳の頃の印象が抜けない。それに、秀忠さまが妻を娶るまで自分も結婚しないと言っていた。

「相手は遊女ですか? 閨のことを教えた」

「いえ。若さまは女子おなごと同衾したことはありません」

「その年で? ならば、男色が好み? 念若ねんじゃくの関係の者がいるのですか?」

「元服前には言い寄る者もおりましたが、上手にかわしておいででした。稚児とする者もおりません」

「では、閨教育はだれが?」

「オカタさまの御指示がございませんでしたので、実地では行っておりません。元服の後、口頭でわたくしが男女の交わりのことをお教えしただけでございます。それゆえか、朋輩の方が遊女宿に行こうと誘っても、口実をつけて断っておいでです」

 阿茶は頭をかかえた。

(ぬかった……)

 娘なら閨の事を教えることに躊躇はない。自分も女童めわらわのとき、十三歳になった年に同い年の朋輩らと共に淡路局さまから、枕絵を見せられながら男女の交わりのことを教わった。

 しかし息子とそんな話をするのは、生々しくて無理だ。亭主がよそに女を囲い、使用人の小夜にまで手を出す女好きだったので、大名家の若君ならいざ知らず、男子おのこなんてのは自然に女の抱き方を覚えるのだと思っていた。

 とんだ堅物に育ったものだ。

「……その守世が好いた者とは?」

「武家の娘でございます。それも陪臣の」

 伊助が語るには、秀忠さまのお供をして城の普請場の見回りをしていた際、見初めたのだと。

 普請場は家臣たちが区分けしてそれぞれ請け負っていた。松平紀伊守家信さまが担当する場所では、ちょうど休憩のときで、妻女の命で家臣の女と使用人たちがそこで働いている紀伊守家臣と人夫たちへ、水と握り飯を持って来て配っていた。

 秀忠さまが労いの言葉をかけ、一行が去り、その最後尾にいた守世が草履の鼻緒が切れて困っている娘を見かけ、持っていた手ぬぐいを裂いて直してやった、ということがあった。

「頭に埃よけの布を被り、自分で染めたような茶色っぽい着物に黄色い帯を締めた平凡な顔立ちの娘でした」

「まあ……お話で聞くような出会いね。それで一目ぼれ?」

「いえ。出会いがそれ一回であったら、終わっていたことでしょう。五日ほどして、若さまが城から下がり、お長屋へ戻ろうとした道すがら、老女を供にした娘がご門前で待っていたのでございます。どうやら、鼻緒を直してもらったあと、近くにいた者に若さまの名を聞いたようで。娘は真新しい手ぬぐいを差し出して、若さまへお礼を申し上げ、去って行こうとしたところ、若さまが名を聞き、紀伊守さまの家臣・尾関定勝の娘、志摩と名乗りました。配下の者にあとをつけさせたところ、本人と確認できました。今年、十六歳。嫁入り先はまだ決まっておりません。若さまは娘の供をしていた老婆を通じてときどきふみを交わしておられます」

「主君は、松平家信さま……ですか」


 紀伊守家信さまは形原かたはら松平家六代当主、当年二十八歳。甲州征伐で武功を挙げ、小牧・長久手の役では酒井忠次隊に属して森長可の家臣で剛の者と知られた敵将の野呂孫一郎を討ち取った。関東入部後、上総国五井で五千石を与えられ、徳川水軍の一将でもある。

 父の家忠さまはその生母がお大の方さまの異母姉妹なので、殿とは従弟の間柄。今川での人質時代は殿と苦労を共にして天正十年に亡くなった。

 母は酒井正親さまの御娘で、重忠・忠利兄弟の姉妹であるから、家信さまは二人の従兄弟になる。

 前の妻女は殿の叔母さまが初めに嫁いで産んだ長沢松平家の康忠さまの御娘。亡くなられてから迎えたのは、石川家成さま・数正さまの異母姉妹。


「なんとも立派な御家の、ご家来ですね」

「先代の家忠さまが典型的な三河武士でしたので、尾関どのも頑固なところがおありのようで。周辺を聞き込んだところ、そんな評判です」


 ちなみに、徳川家には「松平家忠」が三人いて、一人はこの形原松平家の先代、あと二人はもう少し若く、東条松平家と深溝ふこうず松平家。東条松平家と深溝松平家の家忠同士は仲が良かったが、東条松平家の家忠さまは身体が弱く、早くに亡くなってその後継として福松丸君が養子にいくことになった。今いる「松平家忠」は深溝家の方で、江戸城の縄張りと作事をしておられる。


「守世を呼んでください。本人から話を聞きましょう」

「かしこまりました」

 伊助は一礼して辞去した。



 ほどなくして、息子の守世が阿茶の部屋へやってきた。伊助から聞いた娘のことを問いただすと、頬を赤らめながら答えた。

「志摩どのとの出会いは伊助の言う通りです。私は好意を持っておりますが、志摩どのがそうかと言うと、それは分かりません。律義で働き者の娘です。自ら機織りした木綿を染めて小袖としております。ご一門の松平紀伊守さまの家臣の家とはいえ、つましく暮らしておいでで、娘の志摩どのも炊事・洗濯・掃除と何でもしているそうです。ふみを交わすのも、私が初めての相手だとか」

「嫁にしたいと思いますか?」

 阿茶の問いに、守世は真っ直ぐ前を見て答えた。

「はい。志摩どのが、私でよいと言ってくださるなら」

「いいでしょう。伝手はないですが、何とか捜します。それとなく尾関家へ打診いたしましょう」

「よろしくお願いいたします」

 守世は頭を下げて、部屋を出て行った。まだ帰城の時間ではないので、一時、秀忠さまのお側を離れてきたようだ。

「牧尾」

 と、阿茶は隅で控えていた市島局を呼んだ。

「松木の者を使って申し訳ないが、形原松平家に出入りしている商人を当たっておくれでないか。その者を使いたい」

「ま、阿茶局さま。松木にとって、若さまは身内でございます。主の五兵衛忠成は今、京にいて不在でありますが、このこと申し伝え、わたくしが責任を持って、そのご用命を承りましょう」

 市島局は、にこりとしてその場を去った。


 一日置いて、市島局は出入りの商人の名を調べて阿茶へ教えた。

「鶴屋文左衛門と申す者でございます。三河以来の付き合いだそうです。松木とは接点がありませんが、宿が近所で荷下ろしの河岸がお隣でした。そこから攻めていきましょう」

「よしなに」

 答えてから、阿茶は布袋にぎっしり入った銭を幸に持って来させ、市島局の前に置いた。

「話がまとまったら、使いの前金としてこれを渡してください。仲介して、縁談が成立したら、また同額を。不成立でも半金を渡すと、伝えてください」

「かしこまりました。商人なら、きっと受けるでしょう」

 市島局はもう、縁談が成ったような表情で答えた。

 ところが八日後、市島局は怒りを抑えながら報告した。

「娘はどうか知りませんが、尾関権右衛門定綱という三河侍、あれはいけません。とんでもない頑固爺がんこじじいで無礼者です。鶴屋が縁談の相手が神尾五兵衛守世と名を告げたら、『神尾なんぞ知らぬ。どこの馬の骨だ。いや、聞いたことがあるぞ。父親は討ち死にして、母親が借金まみれで男好きな派手な女だという。そんなところに、大事な娘を嫁にはやれん。帰れ』と、すごい剣幕であったそうですよ」

「ほう?」

 阿茶は自分でも驚くほど低い声が出た。怒りで腹の底が冷える。

「いったい誰のことであろうな。詮議をせねばならぬ。鶴屋に後金あとがねは渡すのは、守世が同席の上でといたしましょう」

 と、宿下がりをすることにし、そのときは守世もお勤めを休み、その場へ鶴屋を呼ぶよう市島局へ指示した。


 三日後、阿茶は仕事を休み、結衣を一日乳母にまかせて、息子の暮らす小姓組のお長屋へ宿下がりした。

 守世は秀忠さま付きのお目見えであるから、下級武士ではなく、中級と言っていいだろう。だからお長屋といっても棟割り住みでなく、独立した造りで、玄関と板敷の六畳ほどの広さの部屋が二つ、八畳・十畳ほどの広さの部屋が一つずつ。土間・台所・風呂場・便所・馬小屋が別にある。

 守繁はお目見え以下の分家扱いだったので、六畳ほどの部屋が二つ、二畳ほどが一つ、台所・風呂場がない、といった間取りだ。

 駕籠に乗ってやってきた阿茶が幸を従えて一番広い部屋へ入ると、そこにはすでに守世と伊助と与一、鶴屋と思われる初老の男が坐っていた。

 萩野の案内で上座へ坐る。すると、一同が頭を下げた。

「鶴屋文左衛門というは、そのほうですか」

「はい、阿茶局さまにはお初にお目にかかり光栄なことでございます」

「このたびは苦労をかけました。さぞ、嫌な想いをなさったことでしょう」

「いえいえ。あのような御方はどこにでもいらっしゃいます。商売をしておりますと、いろいろございますゆえ」

「そうですか。ついては、尾関さまがどのような言葉でお断りになったか、正確に教えていただけませんか?」

「ようございます」

 と、鶴屋文左衛門は市島局が阿茶に告げたのと同じことを話した。

「神尾家が『馬の骨』で、わたくしが『借金まみれ』の『男好き』ですか」

「や、それはあちらが言ったことで」

 鶴屋文左衛門は懐から手ぬぐいを出して、額の冷や汗を拭った。

「わたくしが『男好き』であったなら、殿もその一人ということですね。……笑わせる」

 鶴屋の額から滝のような汗が流れた。

「ともあれ、ようし遂げてくれました。礼を言います。幸、あれを」

 と、指示すると、幸が銭の入った重そうな布袋を持ってきた。

「成立しなかったので半分ですが、お礼の銭です。受け取ってください」

 幸が布袋を鶴屋の前へ置いた。

 鶴屋文左衛門は一礼すると、立ち上がろうと腰を浮かせた。

「わたくし、借金などありませんのよ。男好きでもありません。そんな暇はないので。鶴屋どのも、妙な噂に踊らされてはいけませんよ?」

 阿茶が声をかけると、中腰の姿勢のまま、固まった。

「へ、へい。もちろんでございます。首と胴はまだつながっていたいので」

 鶴屋はそう言って逃げるように去って行った。

「あら、ひどい。わたくしを何だと思っているのかしら」

「母上。ご存知ないようですが、殿の側近くで母上がどのような仕事をしているか知っている者は、みな母上を恐れております」

「それで、あの悪口雑言ですか」

「知っているのは重臣たちと上部の者、そして鶴屋のような商人だけです。下級武士や陪臣などは知らぬでしょう。あの『神尾の母』の噂は、守繁の母の行状と混同している様子ですね」

「まったく……とんでもないときに足を引っ張るものです」

 あの女、忌々しい、と思ったが、悪縁も縁だ、と思い返した。浮世のこと、仕方のないことだ。

「母上」

 と、守世は阿茶を真っ直ぐ見つめた。

「噂を元にしているからとはいえ、舅となる方から、あのように悪しざまに言われたのでは……志摩どのとは縁なきものとして、諦めます」

「若さま……」

 与一が悲し気に声をかけるが、言葉が続かない。

「それも詮無きこと」

 息子に答えた阿茶。だが、毅然と告げる。

「しかし、武士は誇りに命をかけるもの。神尾の家を侮辱した、いえ、わたくしをも侮った尾関どのをこのままにしておけません」

「何をなさろうというのですか」

 守世が真っ青になった。

「それは、これから考えます」

 にーっこり、とした阿茶へ、「母上、笑顔が怖いです」と守世が小声で答えた。









2026年1月16日、日間歴史82位になりました。ありがとうございます!

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