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母として侍女として

 松木五兵衛の訪れから二日後、須和は三島局さまから半日休みをもらった。神尾の家の問題を片付けるためだ。

 まず、息子の五兵衛久宗と守繁につけた伊助と萩野をつぼねに呼んだ。

「松木の忠成どのから聞きました。守繁の実母と伯父が同居して勝手をしているそうですね」

「はい。母上に申し上げるのはまだ早いと、私が止めておりました」

 息子がすぐに答えた。

「神尾家の当主として、自分で解決したかったのです」

 五兵衛は十六歳になったか。当主としての自覚が出て来たようだ、と須和は感慨深い。

「どのようにいたそうとしたのですか」

「まずは忠告を。聞かずに気ままをするようでしたら、二人を放逐いたそうと思っておりました。血縁であるということで庇うなら、守繁も同様に」

「そうですか」

 毅然とした態度は、よろしい、と須和は息子の意見に同意した。

「今はどう考えていますか」

「もうしばらくしたら、三人とも放逐いたします」

「ま、それほどひどいのですか」

 須和が驚くと、伊助が言葉を継いだ。

「私から詳しくご説明いたします」

 年末に突然、守繁の母と伯父が駿府城のお長屋にやってきた。暮らしに困っているので、養って欲しい、と。伯父は戦で負った傷のせいで、左足が不自由なようだった。守繁は血縁であるからと、久宗に同居を願い出、久宗はそれを許可した。

「最初はしおらしかった二人ですが、地が出てきたんでしょう。我儘勝手を言い出し、咎めた松木家から来た使用人を追い出し、自分らの繋がりがある者らを雇い、主人のような顔をし出しました。守繁も咎めないので増長し、やりたい放題です。私が咎めても何食わぬ顔をして、『本来なら、神尾の当主は守繁なのだ。久宗の方が庶子で、家臣ではないか』とうそぶく始末。腹が立ってなりません。さらに、勝手に武田家旧臣の今住某の娘と結婚させると準備をしだしております」

「嫁取りは主の許可がいります。守繁は陪臣なので殿の許可はいりませんが、庶子なので、主は久宗、そなたです。許したのですか?」

「いいえ。何も聞いていないので、嫁取りの最中に放逐しようと思っておりました」

 これはひどい、と須和は感じた。久宗と守繁の溝は深刻だ。

「そんなことをしては、そなたの評判にもかかわります。このあと、守繁を呼んであります。あの子の意見も聞いて、母が判断いたします。まかせてくれませんか」

 そう言うと、久宗はしぶしぶ承知した。

「あの。御方おかたさま」

 そのとき、萩野が声を上げた。

「守繁さまが慣れるまで、とのお約束で参っていたのですが、夫と共に久宗さまの方へ戻ってもよいでしょうか。わたくし……実は身ごもったことがわかりまして……」

 萩野は頬を染めた。

「子はできないと、諦めておりました。でも、できたからには産みたいと存じます。けれども、守繁さまのところにいては気が休まる間もありません。腹の子に何かあったらと思うと……」

「わかりました。今日にでも久宗のところへ移りなさい。そして体をいといなさい。良かったですね、萩野」

「はい」

 萩野の顔は、母になる喜びにあふれていた。

「久宗、よろしいか?」

「はい、母上」

 と、答えた息子は伊助夫婦を振り返る。

「与一たちも、そなたらが戻ったら喜ぶことだろう」

 先ほどまでの厳しい顔ではなく、優しい笑顔だった。

 しばらく近況など話していたら、牧尾が守繁の訪れを告げた。

 伊助と萩野は隣室へ姿を消し、その場には須和と五兵衛久宗の母子が残った。

「守繁、参りました」

 以前見たときより、背が伸びた守繁が須和の前に坐った。顔立ちが父親にますます似て来たようだ。

「今日、呼び出したのは、そなたの母君と伯父君のことです」

「お耳に入りましたか。母と伯父が流浪しておりましたので、引き取りました」

「親孝行、目上の親族に対する情け。良いことです」

 叱るどころか守繁を褒める須和に驚いたのか、久宗がこちらに顔を向けたのが分かったが、須和は知らないふりをした。

「嫁を取るという話も聞いております。もうそんな年頃になっていたのですね。気にかけてやれず、申し訳なかったです。母君と伯父君は、そなたをよう気にかけておいでのこと」

 そこまで言われて、守繁はけげんな顔をした。

「よい娘さんなのでしょう。どうぞ、結婚なさい。わたくしは祝いに出てやれませんけれど」

「は……それは、どうも」

「母御が、『神尾の当主は守繁』とおっしゃっているようですけれど、神尾の家を興すことをお認めになったのは、徳川の殿です。そなたが当主でありたければ、よその御家に仕えなさい。そこで自分の家を興すことです。戦功などをしるした感状もない者は雑兵からの雇いになりますが、よいですよね」

 笑顔で須和が言うと、守繁が顔色を変えて慌てる。

「待ってください、義母上。私を放り出すのですか」

「それがそなたの願いなれば」

「いいえ! 私は徳川の御家に仕えとうございます」

「そう。ならば、ここの定めに従いなさい。殿は、『庶子は家臣』というお考えです。母と伯父が世迷い事を申すようなら、そなたがよく教えなさい。それができなければ、よそへ行くことです。これまでのような暮らしは期待できないでしょうが」

「ええ、きっと母と伯父には言い聞かせます!」

「松木家の者もいらないようなので、わたくしが引き取ります。伊助と萩野も返してもらいますね。もう、そなたも侍奉公に慣れたようですから」

「……はい」

「用件は、これだけです。下がりなさい」

「……失礼いたします」

「ああ、守繁。結婚おめでとう」

 祝われて、がくりとした守繁が去って行った。

「母上、今のは?」

 皮肉なのか、何か意味があるか分からなかった久宗が訊く。

「守繁は庶子という立場ですが、私の後押しがあれば、分家の主にもなれます。そなたの異母弟ということで、殿にお願いすれば、お聞き届けになるでしょう。もしくは戦で手柄を立てれば、もっと早くそれは叶います。もっとも武芸や学問の様子を伊助から聞く限りでは、その才もないようですが。反対に、上臈女房である私の口添えがないということは、家中で他によい縁談は望めないし、できません。もしできても家同士の結婚ではなく、当然、嫁の家からの引き立てもない。私の言うことをきかないので、分家の扱いもされず、子が生まれてもその子は家中では誰も結婚相手がいない。本人と子も、ずっと久宗の家臣のままということです。飼い殺しとも言いますね。母親と伯父をぎょせなければ」

 うわあ、と久宗が声を出さずに驚き呆れている。

 こういうところは、まだ子どもね、と須和は笑みを浮かべた。

「それにしても、もう嫁取りの年ごろになりましたか。五兵衛も嫁を捜さねばなりませんね」

「私は、若君がご結婚するまで妻を持ちません。子もまた、若君の御子にお仕えさせたいと思うからです」

 おやおや、そんなことを考えていたとは。

 子どもの成長を須和は改めて感じた。









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