友達と仕事の両立のさせ方
<第六章>
休憩時間が終わって、僕は顔を上げる。
「・・・あれ?」
誰もいない。どうして?
風邪は治ったけど、今日は少し遅刻して学校に行ってて朝の連絡を聞いてない。それに、ずっと本を読んでいて皆の気配に気付かなかった。
闇雲に動くより教室にいる事を選んだ僕は、仕方なく本を読み続ける。これでもちゃんと考えてるんだからね。
「ヒルリエ。皆どこにいるのかな?」
眼鏡型ヒルリエに話し掛けてみる。
「僕が思うに、これは移動教室か体育だと・・・って、なんか先生みたいな喋り方になっちゃった。風邪引いてから、あんまり上手く演技が出来てないや」
あーあ・・・。
蛇になったヒルリエが、軽く僕の頭を突付く。
「大丈夫だと思う。表情さえ崩さなきゃ・・・」
無表情、無感情が僕。表情多彩なのが恭介君。実を言うと、こういうキャラクターは苦手なんだ。顔が痛くなって笑顔が引き攣るし、いつ僕に戻っていいのかわからないし・・・。
「思うんだけど、友哉がいつもの僕を見たら何て言うかな?」
本を閉じて、椅子に身体を預ける。
いつまでそうしていたんだろう。不意にヒルリエが眼鏡に変わってしまった。
「どうしたの?」
机の上のヒルリエに問い掛けてみるけど、眼鏡には口がなかった。
「恭介!」
ピシャッと教室のドアが開いて、僕は飛び上がってしまった。
眼鏡を掛けて表情を作った僕は、友哉とその他のクラスメイトが入ってきて驚いた。
「お前、今日家庭科の裁縫だぞ!?」
「えっ!」
慌てて筆箱と教科書と裁縫道具を持って教室を出る。
「朝に担任が言ってた事、聞いてなかったのか」
友哉が言うと、後ろにいたそっくりさん達が、同じような喋り方と声で話し掛けてきた。
「黒谷って意外と影薄いな。二十分経ってようやく気付いた」
「ていうか、出席取ってる時に倉井が気付かないのもおかしいけどな」
「あ、あの・・・。一度に言わないで・・・」
これはちょっと予想外だった。僕はてっきり、誰も来ないか友哉だけが来ると思っていたから。
三人と一緒に家庭科室に向かってて、僕はやっとそっくりさん達の名前を思い出した。高山光也君と栗原光也君だ。名前の漢字が同じだから、読み方気を付けないと。
「今、授業中だよね?出てきてよかったの?」
僕が言うと、三人が意外そうな顔をする。何か変な事を言ったかな?
「クラスメイトが一人行方不明だぜ?探すに決まってる」
今のは・・・たぶん、栗原君だ。似てるからよくわからない。
「そうなの?」
「あったりまえだろ?友情モノのアニメなら、特に学園モノなら、よくあるシチュエーションだ」
・・・何語?
急に僕でも知らない言葉を話し始めた栗原君は、友哉に叩かれてしまった。
「黙れ。感染させようとするな」
全くわからない。きっと造語なんだ。
一人で納得していると、家庭科室に着いてしまった。よく考えてみると、僕は遅刻した事が無い。だから、この先の展開が全く読めない。遅刻魔の先生なら、わかるかもしれないけど。
「ん?どうした、恭介」
「ふ、普通に教室に入って大丈夫なのかな・・・」
どんなに遅刻しても飄々としてる先生の真似なんて、出来ない。
友哉は僕を見ると、何の躊躇も無くドアを開けてしまった。
「迷子一名発見しました!!」
「「しましたっ!!」」
「えっ、ちょっ、ちょっと!?」
僕達が突然入った所為で、教室が静まり返る。そして、先生の叱責とクラスメイトの笑い声が飛び交った。
それから僕達は、というより僕自身は授業に遅刻した事について怒られ、三人は無断で教室を出た事と静かに帰って来なかった事について怒られていた。
「酷い目に合ったな」
「そうだな。でも、俺達は良い事をしたんだぜ?それをまず誇ろう」
「・・・なんでお前らがいるんだよ」
二時限続きの家庭科が終わった後、何故か高山君と栗原君が僕の机にお弁当を広げ始めた。
「いちゃ悪いのかよ」
「黒谷はダメと言ってないぞ」
えっと、先に言ったのが栗原君で、後が高山君だと思う。
「いいとも言ってねぇっつーの」
友哉はため息をついて、パクパクと自分のお弁当を食べる。ちょうど用意し終わった僕も、それに倣う。だけど。
「「もらったぁ!」」
「えっ!?」
二人に玉子焼きとミートボールを取られてしまった。
「・・・えっ、嘘だろ?美味い・・・」
「やべぇ・・・。まさか、手作り?」
いつかの友哉みたいな反応をする二人。
「手作りだけど・・・ダメ?」
「「全っ然問題ない!」」
僕が首を傾げてる前で、二人は何かの相談をし始める。変な事したかな?
「恭介、今の内に逃げとけ」
友哉の忠告が僕の耳に入る前に、二人の相談は終わっていた。
「なぁ、黒谷。ものは相談なんだが・・・」
高山君(?)が話し掛けてくる。
「何?」
「文化祭で活躍してみたいとは思わないか?」
文化祭・・・?あ、前に友哉が説明出来なかった大きい何かだ。
「この学校は一年でも食品関係をやらせてくれる、とても物分りのいい学校だったんだ。そこで、俺達のクラスは喫茶店をやる事にした。人もそれなりに集まる、ちょうどいいヤツをな」
“きっさてん”って、何?というか、食品関係?その“きっさてん”は食べ物を扱うの?
「でだな、ウェイトレスというかメイド候補はいるんだ。もちろん、本人の許可を取ってる。となると、残るは菓子を作る奴。こいつは絶賛募集中だ」
・・・なんか、嫌な予感がしてきた。
僕の気持ちを察知しないで、高山君は話を進めていく。よく喋れる、と思った。
「黒谷、お前料理得意だろ?だから、頼まれてくれないか?」
「・・・ごめん。お菓子の作り方なんて知らないんだ。それに、“きっさてん”がどんなのか、僕にはわからない」
僕の返答に二人は驚いた顔をして、横にいた友哉は飲んでるお茶を吹き出した。
「恭介!?お前どこまで世間知らずなんだよ!」
「えっ、だって・・・」
本部の外に出るのは、仕事の時だけだった・・・。
三人は顔を見合わせると、僕の目の前で何かの相談をし始める。
「ねぇ・・・。な、何の相談してるの?」
口と表情はオロオロしてるけど、手はテキパキとお弁当を片付けてる。これって、もしかして慣れてきたのかな?
鞄にお弁当を仕舞い終わった時、やっと三人が相談をやめた。
「恭介。お前、金あるか?」
「あるけど・・・何で?」
「放課後、ちょっと遊びに行こうぜ。時間あるんだろ?」
どうだろう?昨日も病み上がりだったのに仕事があったし、今日は帰ってすぐに仕事かもしれない。ホークスに電話してみよう。
「まだ、わかんない。学校出たら確認しないと」
仕事と友達。どっちを取ればいいのか・・・。でも、僕の本業は仕事だし、学生はあくまで振りだし・・・。
「確認って、誰にだよ」
友哉の声が聞こえたけど、僕は無視した。
学校から少し離れた路地裏で、僕は組織から支給された携帯を取り出した。
「もしもし・・・」
『ん?デスか。どうした?』
ホークスの声が、なんだか懐かしい。
「ちょっとね。今日の仕事、ある?」
『さぁな。上の気まぐれで、いつ舞い込んでくるか・・・』
「じゃあ、舞い込んできたら僕を迎えに来て。この携帯、GPS付いてるから」
『ちょっと待て。無理をい』
僕は通話終了のボタンを押した。
「よかったな、恭介」
「うん」
仕事と友達を上手く両立できて、本当に良かった。
高山君と栗原君を昇降口で待ちながら、僕は友哉と話をしてる。あの二人、文化祭実行委員で、今日集まりがあるんだって。
「今日は、どこに行くの?」
「ん?まず、喫茶店だろ?それからゲーセンとか、門限ギリギリまで遊べるから・・・。ちなみに、門限八時」
今五時ぐらいだから、かなり長く遊べるみたい。
「お金足りるかな?」
五万円持ってるって友哉に言ったら、何故か呆れを通り越した顔をされた。
「十分以上だ・・・。カモられるぞ?」
「僕、鴨じゃない」
お金なら、まだ何百万もある。それに僕を負かす人なんて・・・沢山いた。でも、一般人には負けない。
そんな会話をしている内に、二人がやってきた。
「わりぃ、遅くなった」
「委員長が長引かせてさ」
学校を出た僕達は、どうも駅の方へ向かっているらしかった。僕も時々そっちに行く事がある。その・・・甘い物を探しに。
「“きっさてん”ってどんなの?」
僕が聞くと、友哉が説明してくれた。
「まぁ、とりあえず、軽食専門の休憩所みたいな店か。コーヒーを飲めたり、あと紅茶もあるな。ケーキやサンドウィッチが食べられて、そこで勉強会もできるぜ」
「・・・なんか、不思議な場所だね」
コーヒーは毒だった気がする。先生は普通に飲んでるけど、僕には飲ませなかった。それに、ケーキは特別な日じゃないと食べちゃいけない物だったはず。
僕が理解に苦しんでる間に、駅前に辿り着いた。
「ほら、あそこのだ。俺達が言ってる喫茶店は」
「あそこはオススメだぜ?」
二人はそう言うと、その店に入っていった。僕達も付いていく。
「いらっしゃいませー!って、光也君達じゃない。久し振りね」
「あ」
ホークスの奥さんだ。何でこんな所に?
前にいる二人と話していたけど、僕の存在に気付くと目を丸くした。
「あら?デス・・・じゃなくて、黒谷君」
思い切りコードネーム言ってる。
「こ、こんにちは」
「羽成高校だったの。びっくりしちゃった」
今日は予想外が沢山。一体どうしたんだろう?
席を案内されて、お水となんか一杯書いてあるボードみたいなのを渡された。何だろう?
「・・・恭介、近い」
「あ、ごめん」
何が書いてあるのか、見たかったのに。
僕の正面に座ってるそっくりさん達は、一瞬でボードを置くと手を上げた。
「黒谷、コーヒー飲めるのか?」
「あれって、毒じゃないの?・・・あんまり、飲みたくない」
不思議そうな顔をされて、また僕が変な事を言ったんだとわかった。何が普通で、何が違うのか見極めないと。
「はいはーい、お待たせ。注文はどうしますか?」
「裕奈さん。そんなテンションだと、後で怒られますよ?」
栗原君が窘めるけど、ホークスの奥さん―裕奈さんは笑って気にしていないみたいだった。
「えっと、俺と光也はいつもの。黒谷は・・・紅茶とお菓子系。佐藤は?」
「サンドウィッチとコーヒー」
「・・・オッケー。じゃあ、ちょっと待っててね」
メモを仕舞って裕奈さんが戻っていった。
「やっぱ、あんな感じが一番だよな。美人だし」
「そうそう。美人だし」
「わざわざ“美人”を強調するな」
あとでホークスに奥さんに会ったって言おう。コードネームを思い切り言われたけど。
ホークスにどう言おうか考えながらお水を飲んでると、僕の前にカップとスポンジみたいなのが載ったお皿が置かれた。
「お、パウンドケーキ。黒谷、こういうのが喫茶店で出るお菓子だ」
高山君が説明してくれた。
「そうなんだ。なんか、おいしそう」
フォークでちょっとずつ食べる。添えてあった白いのと食べるとちょうどいい。
「・・・これなら、作り方さえわかれば作れるかも。他にどんなのがあるの?」
「これだな。ワッフル」
網目が浮いてる焼いたパンみたいなの。色々かかってて、綺麗。
「じゃあ、これとそれを作ればいいんだ。・・・任せて。試作品作るから、どういう味がいいのか今度判定してくれる?」
僕が言うと、二人は笑顔になって手を打ち合わせていた。
喫茶店を出た僕達は、次にゲームセンターっていううるさい場所に行った。眩しくて、変なのが沢山。
そこで僕と友哉はUFOキャッチャーとかいうゲームをやって、小さなぬいぐるみをもらった。何故か百円ばっかり使うゲームだった。
あのそっくりさん達は奥で太鼓を叩いてなんか楽しそうだった。いかにもな名前だったけど、いかにもすぎてどんな名前だったか忘れちゃった。
小さなぬいぐるみを手にお店から出たら、ホークスが煙草を銜えて待ってた。
「あ、ごめん。僕、もう時間みたい」
三人に言うと、友哉が首を傾げた。
「大丈夫じゃなかったのか?」
「その・・・色々あって」
僕は皆にさよならを言うと、ホークスの所に行った。
「おまたせ」
眼鏡を外して、いつもの僕に戻る。その頃には皆どこかへ行っていた。
「何がおまたせ、だ。二度とやるな」
「ごめん。だって、どうしたらいいのかわからなかった」
ホークスの車に乗り込んで、僕は後ろの席に鞄を置く。小さいぬいぐるみは鞄に仕舞ったんだ。
「で、仕事だ。今回は難易度が高い。こいつだけを殺してこい、だそうだ」
ホークスが一枚の写真を渡してくる。
「この人ね。わかった」
蛇に戻ったヒルリエが僕の首に巻きつく。一緒に写真を見ているみたい。
細かい説明が無いから、どんな状況になるかわからない。だから、想定できるだけの状況をシュミレーションしてみる。そうしていると、気分が落ち着いてきて頭が切り替わった事がわかった。
「そういえば、ホークス。奥さんに会ったよ」
「・・・何?マジかよ」
運転しながら頭を押さえるホークス。
「思い切りコードネーム言われたけど、誰も気付かなかった」
仰々しいかな?と思っていたけど、案外二文字で目立たないのかもしれない。
「ったく。いい加減にしろよ、裕奈」
仕事場に着くまで、ホークスはため息をついてばかりいた。
そっくりさん、出てきました。双子ではないので、ドッペルゲンガーだと思っていてください。
今回、デス君は色々な事を知った訳ですが、何がなんだかわからない説明ばかりになってしまいました。というか、本人がわかっていないので・・・。