失敗からなってしまった
<第五章>
「はい、すみません。お願いします・・・」
電話を切って、ちょっとテーブルに寄りかかる。身体がだるい。
「あ・・・。ヒルリエにご飯を・・・」
あと五歩ぐらいなのに、台所が遠く感じられる。
ふらつきながら簡単で量の多いご飯を作ってあげると、水を飲んですぐに布団に倒れる事にした。
布団に潜り込んで、震える身体を温めようとする。それ以前に、身体中が痛い。
・・・何故、僕がこんな状態なのかというと、風邪を引いたから。昨夜の仕事中、暗くてよく見えなかった池に落ちてしまったんだ。
まだ春の気温で、なおかつ夜は二十度足らずだから仕方ない。僕だって人間だから、風邪ぐらいなる。
薬を買いに行きたかったけど、こんな状態で外に出たら倒れそうだったし、普通の風邪なら一週間寝れば治ると思う。
「ヒルリエ、どうしたの・・・?」
するすると首に巻きついてきて、ちょっと震えてしまった。
「冷たい」
首にはヒルリエ、おでこには“ひえぴた”で二重に冷たい。そもそも、“ひえぴた”って解熱用で打撲した時に張るといい。みたいなモノじゃないのに初めて気付いた。
「ヒルリエは今の僕にずっと巻きついてたら、温かくなるのかな?」
熱のせいで、なんかものすごくどうでもいい事を言った気がする。
そうしている内に、何となく「寝たほうがいい」って思って僕は目を閉じる事にした。閉じただけで、実際は寝ていないんだけど。
目を閉じてしばらくすれば眠れる事を再確認した僕は、ぬるくなった“ひえぴた”を換えに冷蔵庫まで歩く。寝たお陰かは知らないけど、少し身体の痛みが取れたみたいで楽。
水を飲んで時計を見ると午後一時。ヒルリエにまたご飯を作らないと。
台所にいつの間にか置いてあったお皿を洗って、朝よりマシなご飯を作ってあげる。それから僕は、朝に作り置きしておいたお粥を温めてお椀に装う。中に梅干を入れて終わり。
「いただきます」
自分で自分を看病してる。なんか不思議。
食欲は全然ないけど、それでも、食べないと身体を壊してしまう。そう思って一生懸命食べていると、ヒルリエが全くご飯を食べていないのに気付いた。
「どうしたの?ヒルリエ。毒とか混ぜてないはずだけど・・・」
そもそも、そんな物はここに・・・作ろうとすればある。
テーブルの上でとぐろを巻いたまま、ヒルリエは全く動かない。
「いらないなら、冷蔵庫に仕舞っちゃうよ?」
反応無し。
「本当にどうしたの?」
僕は固まってるヒルリエを指先で突付いて、次に軽く握って別の形にしようとした。
「・・・あれ?」
反応無し。その二。
金属そのものみたいになってしまったヒルリエを、ちょっと持ち上げてみる。ヒルリエはくたん、となって酷い事になってた。
「ヒルリエ?あ、温かいけど、え?」
さすがに慌てた僕。
いつも冷たいヒルリエがぬるいからかもしれないと思って、台所の流し台まで持っていって冷水を掛けてみた。
しばらくそのままでいると、ヒルリエは何事も無かったかのようにむくっと起き上がった。
「僕が風邪を引いてる時、ヒルリエは僕の首に巻きつくの禁止」
ふるふると首を横に振っているヒルリエをテーブルに置いて、僕はお粥をもうちょっとだけ食べて片付ける事にした。
「ごちそうさま」
お皿を洗って、僕はまた布団に潜り込んだ。
・・・やっぱり、薬が欲しいかも。
僕の言いつけを守って、ヒルリエは首じゃなくて腕に巻きついてくれてる。だけど、そんな事より頭がボーっとしてて、身体を動かすのがすごく億劫。だってクラクラするんだもん。
夕方。最も熱が上がる時間帯。自己診断だと三十八度二分。四月にインフルエンザって、あまり聞かないよね?
ちょうどこんな最悪の状態の時、ドアのノック音が聞こえて僕は頑張ってドアを開けに行った。
「・・・友哉?」
ヒルリエに眼鏡になってもらって、ゆっくりとドアを開ける。
「よっ。大丈夫・・・じゃなさそうだな」
制服姿の友哉は、僕を見るとそう言った。
「ちょ、ちょっと友哉。黒谷君は・・・」
「井上さんもいるの?」
ドアの陰から井上さんが出てきて、友哉の頭を軽く叩いた。
友哉と井上さんの組み合わせで僕の部屋まで来てくれた二人だけど、どうして住所を知っていたんだろう?かなり違法な手で入居したような気がするけど・・・。
「私、委員長だからって頼まれて・・・。黒谷君の家がどこにあるかわからなくて、ちょっと友哉についてきてもらったの。熱、酷いんでしょ?ごめんね」
「ううん、大丈夫」
何で友哉が僕の住所を知ってたんだろう?
「お前ん家探すの苦労したぜ。兄貴に頼んで、電話帳片っ端から検索したんだ」
「電話帳、使ったんだ。そっか、びっくりした」
たぶん、嘘だね。
井上さんは鞄から何枚かの紙を取り出して僕に渡した。
「はい。今日の宿題と手紙」
「ありがとう」
もらった手紙を確認すると、親宛の手紙と数学の宿題だった。数学の先生は毎日宿題を出してくるから、どれぐらい進んだのかわかってちょうどいい。
「黒谷君って、一人暮らしなの?」
「うん。友哉から聞いてなかった?」
プリントを玄関に置きながら、僕は言う。
「聞いてない。それに、こういうのは本人の口から聞いたほうが良いでしょ?」
「・・・そうだね」
別に、僕はどうでもいいんだけど。
ちょっと俯いて言った僕に、二人共気まずそうな顔をする。友哉はあの事を思い出して、井上さんは今の事を気にして。
「そ、そうだ。恭介、文化祭って知ってるか?」
「あ、そういえば。あの双子君に頼まれてたんだっけ?」
急に話題を変えてきて、一瞬何の事かわからなかった。
「ぶんかさい?なにそれ」
「ほら、あれだ、中学でもやったろ?」
友哉でも説明できない程大きい物なんだ。
首を傾げる僕を見た井上さんが、驚いたように見詰めてくる。
「もしかして黒谷君、知らないとか・・・」
「知らない」
「・・・じゃあ、学校に復活してからだな。今度教えてやるよ」
友哉がそう言った途端、僕はくらっとなって倒れそうになってしまった。眼鏡が落ちて、軽い音を立てる。
「黒谷君!?」
「恭介っ!」
僕を受け止めた友哉が、そっと僕の額に手を当てる。
「熱い・・・!?おい、大丈夫か?」
「ごめん・・・。限界・・・みたい」
落ちた眼鏡を拾い上げて、友哉を支えに身体を立てる。
「せっかく、来て・・・くれたのに、ごめん」
「一人で、大丈夫?」
「いつもそうだから・・・。慣れてる」
それだけ言って、僕はドアを閉めた。ドアの向こうから聞こえる音で、二人が言い争いをしてるのがわかった。
「残念・・・でした。これは演技だよ」
僕の一言に、ヒルリエが蛇に戻る。たぶん、ヒルリエ自身も意外だったんだと思う。
「だって、為り切れなかった《・・・・・・・・》んだもん。あのままだと、ばれちゃうよ」
あの二人には、悪い事したかな・・・?
次第に遠ざかっていく声を耳にしながら、僕はドアに寄りかかる。友哉がさっき言った通り、熱がまた上がって辛くなってきてる。二、三時間も辛抱すれば、たぶん平気。
プリントを拾ってまたテーブルに置く。いつかホークスが読んでくれると思った。
夜。寝苦しくて起きてしまった。
僕の気配に気付いて、ヒルリエが僕の顔を覗き込んでくる。心配してくれてるんだ。
「大丈夫。またすぐ寝るから」
目を閉じてしばらくそのまま。だけど、眠れなかった。
寝返りを打って、もう一度。
「・・・なんか、寝れない」
結局、天井を見上げている僕は眠気が襲ってくるまでずっとそうしている事にした。
体内時計で二十分ぐらい経った時、今日僕がした事を思い出してしまった。友哉達を、更に騙した事を。思い出す度にモヤモヤして、いい感じじゃない。
纏わり付く記憶を払い除けると、途端に眠気がやってきてくれた。どうも、あの記憶が原因だったみたい。
後日、それが“罪悪感”だとヒルリエが教えてくれた。だけど、僕には理解できなかった。何故なら、そんな事を感じてしまうぐらいなら、最初からやらなくていいと思ったから。誰でも、そのくらいは予想できるはず。
僕がそう言うと、ヒルリエは小さく微笑んで「そうね」と一言。きっと、僕の気持ちはヒルリエに伝わってくれたんだ。そうだと信じたい。
僕がやった事は、僕自身にとって必要だったから何も感じなくていいと、僕は自分も騙す事にした。
ブラックなデス君でした。というより、彼の素はこんな感じです。
感情を失くした故の結果だと、理解してあげて下さい。