休日
<第三章>
「じゃあ、行ってくるね」
ヒルリエに見送られながら、僕は近くのスーパーへ買い物に行った。
今週は色々作って食材が無くなってしまった。他にも洗剤とか、そういう日用品。こういうのは支給してくれると嬉しいんだけど、残念ながらダメなんだって。
ヒルリエと一緒に作った買い物メモを見て、何を買うのか確認する。何となく、いらない物まで書いてある気がした。
ようやく着いて、メモに書いてある物を手早く買い物籠に入れていく。
「あら?もしかして、デス君?」
コードネームで呼ばれて、思わず振り返っていた。
「あ、あ・・・。びっくりした」
「久し振りね」
ホークスの奥さん。だから僕のコードネームを知っていたんだ。
「ここら辺に住んでいたのですか?」
ホークスの事を詮索する訳じゃないけど、こうやって会うのはかなり珍しい事なんだ。
「そうね。驚いた?」
にっこり笑うと、急に腕を組んで不満そうな顔をした。
「デス君がいるって事は、あの人もいるんでしょう?出てくればいいのに」
「ホークスは多分、別の場所にいると思います」
更に不満そうな顔になって、頬が膨れた。
「行き先も教えてくれないの。あたしが何回言ってもよ?酷いと思わない?」
この前の喧嘩の原因はこれかもしれない。
ホークスは見た目に合わず、結構律儀な所があるんだ。最初はびっくりした。でも、ホークスにとっては大事なんだ。
「組織内には秘密が多いので、そのせいかと。僕もあまり言わないでしょう?」
「それとこれとは話が違うの。今日帰ってきたら、もう一度問い質してみるわ」
ホークスの奥さんはそう心に決めたらしく、「じゃあね」と言ってレジの方へ歩いていった。
ヒルリエのおみやげを買い物籠に入れた僕は、お会計を済ませて早く家に帰る事にした。きっとヒルリエが待ってる。
「ただいま」
部屋に帰ると、ヒルリエが出迎えてくれた。
「いい子にしてた?」
ヒルリエは答える代わりに、僕が持っている袋を銜えてどこかに行った。
洗剤とかをお風呂場に置いて、テーブルの上にヒルリエのおみやげを出しておく。きっと自分で食べると思う。
「ヒルリエ?袋、返して」
呼んでもヒルリエは出てこない。
まさかと思って寝室を覗いたら、いた。ピーマンをかじって。
「ヒルリエ・・・。食べないでよ」
ヒルリエはすごい食いしん坊。今日は冷蔵庫に食べ物があまり無かったから、お腹が空いてこんな事をしたんだ。そう思いたい。そうじゃないと、ヒルリエの食欲が増した事になるから。
口に銜えているピーマンを取って、ついでに他の物も保護。
「どうしよう?このピーマン」
食べかけのピーマンはお昼に使う事にした。実はまだ午前中なんだ。
ピラフにして、あのピーマンは食べた。
「ご馳走様」
ヒルリエの前に置いてある、空の大皿と僕のを持って台所へ。食器を片付けてしまうと、やる事が無くなってしまった。
部屋の掃除は買い物に行く前、とっくに済ませてる。それに洗濯も終わってる。ここに来てすぐの時は、こんな事無かったのに。
狭い部屋で基礎訓練をしてもいいけど、なるべく先生がいた方がいい。ヒルリエを振り回すなんて、もっての外。
どうする事も出来ず、僕は困り果ててしまった。
「何しようか?」
聞いても、ヒルリエはお腹一杯で寝ていた。
「・・・・」
寝ているヒルリエを見ている内に、僕自身も寝たくなってカクッと首が落ちた。
はっと我に返った時、時計は三時を回っていた。
二時間ぐらい寝てしまって、無駄になってしまった。せっかくの暇が、ちょっと・・・。
そう思って部屋を見渡してみると、ヒルリエがどこにもいない事に気がついた。
「ヒルリエ?」
急に不安になってきて、僕は部屋の中を探し回った。
「どこにいるの・・・?」
いない。いつも傍にいるのに、どうして?
「残念だったな、十三番」
「あ、え・・・?」
景色が僕の部屋から暗い研究室に変わる。それと同時に僕の姿も変わっていて、子供だった。
「お前が持っているそれは、組織内でも最高機密。貴様が持っていて良い物じゃない」
まだ金属の塊だったヒルリエを背中に隠す。
「で、でも、先生が・・・」
僕は必死に逃げ道を探す。だけど、あの人が立っている所以外、逃げられる道がなかった。
あの人は銃を構えると、僕の方に向けた。
「またあいつか。あいつがどうしたんだ?」
「うっ・・・」
怖くて、僕は涙ぐんだ。
「答えろ」
パンッと乾いた音がして、僕の身体を衝撃が襲う。
「あっ・・・!」
腕を撃たれた。
「それとも何だ?それを返すのか?答えろ」
ジクジク痛む腕を押さえて、涙を止めようと頑張る。その所為で、口が開けない。
「・・・チッ」
また銃を構える。
「仕方ない。なら、殺して奪うまでだ」
次は痛みも感じなかった。ただ、意識が闇に落ちるのだけを感じただけだった。
「おい、起きろ!」
「えっ・・・?」
身体を揺すられて僕は目を覚ました。
「うなされてたぞ?」
まだはっきりしない頭を必死に覚ましていると、心配そうなホークスが見えた。
「・・・あ、ヒルリエは?」
するすると足元から上って、ヒルリエは僕の腕に巻き付いた。
「よかった・・・」
「お前、本当に大丈夫なのか?」
時計を見るとまだ二時で、そんなに寝ていなかったんだって思った。
ホークスは僕の目を覗き込むと、やれやれと首を振った。
「・・・どうやって入ったの?」
そういえば、鍵を閉めていたはず。
「えっと・・・な。ピッキング」
「不法侵入者」
ホークスは微妙な顔をした。
穏便な侵入の仕方なら、まだ許せる。だけど、鍵が壊されていたらホークスに弁償してもらおう。
「それより、お前も夢を見る時があるんだな」
夢。
「あるよ。僕だって」
辛いと感じた訓練の後は確実。訓練内容がそのまま夢に出てきて、やらされてる。昔はそれで寝不足になったりしていた。
「その無表情からは、全くそういう事が読めないんだよ。人間味なさ過ぎて。表情筋どころか、心までやられてんじゃないか?」
「うん。そうだよ。知らなかったっけ?」
僕は前髪を上げて、ホークスに見せた。
「この傷の後遺症なんだって。僕に表情がないのは」
ずっと前に作った傷。額の左側にあるんだ。
「それ・・・銃創だな。誰にやられた?」
ホークスは僕の傷痕に触れて、聞く。
「覚えてないんだ。先生に聞けばわかるかもしれないけど」
前髪を直して、傷痕を隠す。まだ学校の人にはバレてないところを見ると、前髪ってすごいんだ。
「先生って事は、カエサルだな。あんな上の人、聞けるわけがねぇ」
ホークスの言葉に、僕は首を傾げた。
「先生はそんなにすごい人だったの?知らなかった」
「おまえなぁ・・・」
でも、確かにコードネームが神様の人と話していたり、僕がコードネームをもらった時はそういう人が沢山いた。皆、僕を先生の子供だと思ってたからかもしれない。全然違うのに。
「あー、そういえば」
ホークスはしまった、っていう感じの顔になって、小さくため息をついた。
「今日は仕事無しだってよ。向こうが直接言やいいのに、わざわざ俺に命令しやがった」
「仕事、ないんだ」
「じゃ、そういう事で。早く帰らないと妻に怒られる」
僕が見ている前で、ホークスは部屋を出て行った。
夜になって。
寝ようとしていたら、急に電話が鳴った。
「もしもし」
すでに十時を回っていて、こんな時間に掛けてくるのは組織の人しかいない。
『やぁ、十三・・・おっと失礼。デスだ』
この声を聞いて、僕の中が弾んだ感じになった。
「先生」
電話の向こうで銃の発砲音が聞こえる。だから、たぶん銃撃戦のど真ん中。先生はまた、すごい所にいる。
「どうしたの?」
『今にも私は死にそうだからね。せめて息子に遺言をと思』
変な所で言葉が途切れて、銃を撃ってる音がした。
『ってだな、こうやって電話をしているのだよ。わかるかな?』
「僕、先生の息子じゃないです。それより、死にそうな人が電話なんかしないでよ」
そもそも、銃撃戦のど真ん中で電話した方が死んじゃうと思う。
『そう言うな。この仕事が終わったら、君に会いに行こうと思っていたが、それすら儘ならない。なんせ、一対十五だ。フレンドリーファイアでも起きない限り、私の死亡は確定だろう』
「先生・・・。何かいい手でもないんですか?爆弾を使うとか」
『ふむ。爆弾・・・。あぁ、手榴弾があるな』
「・・・・」
急に銃撃音が静かになって、ドォーン!!と爆音がした。ちょっと耳が痛い。
『・・・どうやら全滅してくれたようだ。これは意外だった』
先生なら思い付くと思うんだ。なんか不思議な感じ。
『となると、私は生存者の確認と、合流ポイントへの到達に移らなくてはいけないな。事後処理等で時間を取られると・・・そうだな、三日後には君に会えるだろう』
「久し振りに会えるの、楽しみにしてるからね」
『ヒルリエによろしく言っておいてくれ。それでは』
電話が切れて、僕はヒルリエを振り返った。
よ、ようやく更新出来ました。
読んでくれていた人、すみません。