転機と転回と
<第二十三章>
「恭介、次は移動教室だぞ。早くしろよ」
「えっ?もうそんな時間だったの?ち、ちょっと待って」
慌てすぎて筆箱を思い切り落としてしまった。
「あのな・・・」
困ったようにに笑って、僕は筆箱を拾う。教材とかを持って友哉の方へ。
「何やるんだっけ?」
「情報だから、普通にパソコンだろ。んじゃ、行くか」
ハーミットさんの得意分野だ。僕も、パソコンがどんな物かちょっとずつわかってきたかも。
パソコン室は二階にある。僕と友哉はまだ騒がしい廊下を歩いていく。
「・・・何?」
友哉がちらちら僕の方を見て、奇妙な顔をしてる。
「あ、あー、いや、別に何でもないからな」
僕は何か制服に不備があるのかと思って自分の身体を見渡す。でも特に変な所はなかった。一体どうしたんだろう?
「もしかして、これ?」
友哉に腕時計を見せる。
「今寝てるから、何しても怒らないと思う」
「触りたい訳じゃねぇよ。ただ、ちょっと気になっただけだ」
うん、まぁそうだよね。ヒルリエを初めて見た人と同じ反応してる。
「何にでもなれるんだよ。友哉はこの時計欲しい?」
友哉は階段の段に足をかけたまま、立ち止まる。
「いらねぇだろ、別に。俺はそんなご大層な物を貰っても、使える気がしないな」
意外。欲しいとか言うのかと思ってたのに。
二階のパソコン室の前で、何故か皆が溜まってた。
「まだ情報の先生来てないの・・・?」
「おい、どうしたんだよ?開いてないのか?」
少し離れた場所から眺めてると、先のない鍵を持った人がいるのに気が付いた。無理に回そうとして、折れちゃったのかな?
「黒谷ー!お前どうにかできないのか?」
鍵穴を覗き込んでた高山君に呼ばれた。
「えっと、無理。中に入り込んじゃったんでしょ?事務の人を呼んだ方がいいと思うよ」
パソコン室の入り口は、今高山君の前にあるドアだけ。窓はあるけど、どれも閉まってるように・・・あ、高い方の窓の鍵が閉まってない。あそこから入れるかも。
「友哉、あの窓開いてるよ」
「俺にどうしろと!?」
一人の男子がジャンプしてその窓を開けた。
「・・・で?意味なくね?」
「やっぱり、あたし先生に知らせてくるね!」
ここは先生が来るまで待ってた方が得策だと思う。僕なら窓から入れるけど、後で怒られるの嫌だし。
「もう、誰だよ鍵折った奴!?」
チャイムが鳴った。他学年の人達が慌てる中、僕達はのんびりしていた。もはや皆、悪あがきすらしなくなってた。
「おーい、大丈夫か?鍵が・・・」
情報の先生がようやく現れる。しばらく待って、事務の人まで来てくれたから、もう大丈夫。
結局今日の情報は、教室授業になった。
昼休みになって、皆でご飯を食べる。例の如く僕のお弁当のおかずは、大体いつもの二人に取られてほとんど残らない。
「いやぁ、母ちゃんには悪いが、黒谷が作ったヤツの方が美味い」
とか言いながら、自分のお弁当も全部食べてるのはさすがだった。二人の胃はヒルリエ並かもしれない。
「今度、おかずだけ持ってきてあげようか?その方がいい気がしてきた」
「恭介、あんまり言うと、こいつ等調子に乗るからやめとけ」
「だって、僕のお弁当が・・・」
ちゃんと栄養計算してるのに。
「じゃあ友哉が作ってきて」
「何故そうな、ん?」
僕は自分のズボンのポケットから携帯を取り出した。
「電話・・・?こんな時間に」
「黒谷、便所行け、早く!それか屋上!」
「見付かる前に、さっさと行け!」
ホークスが掛けてくるなんて、何があったんだろう?
「ごめん、ちょっと行ってくる」
「――もしもし?」
『わりぃな、こんな時間に掛けちまって』
「悪いどころの話じゃないよ。それで、どうしたの?何かあったの?」
人がいない場所を探した結果、屋上の貯水塔の陰になった。そこで僕は折り返しの電話を掛けたんだ。
『単刀直入に言うぞ。アイネイアスが亡くなった』
「・・・へ?」
冷や水を浴びせられたような気分になる。
「じ、じゃあ、この、今やってる、僕の」
『落ち着け。珍しく動揺するなよ、こっちがびっくりする』
「でも、命令した人が、それじゃあ・・・」
この年の間だけは、学校に通わせてくれるって先生が言ってたけど、これじゃあ本部に戻らないとどうしようもない。
『大丈夫だ。とりあえず、学校を早退してこい。一度本部へ向かうぞ』
「は、はい」
『落ち着けっつってんだろうが。何をそんなに驚いてんだよ』
「今までに、こんな事は、一度もなかったから」
気分が悪い。急に色々考えたからかもしれない。
大きく息を吐いて、僕は携帯を持ち直した。
「・・・うん。大丈夫。じゃあ、どこで待ち合わせる?僕の部屋?」
『もうそっちにいる。待ってるからな』
携帯を切って、ポケットに仕舞う。皆への言い訳、どうしよう?
何も考えないで梯子を使わずに降りたら、ちょうど降りた先に人が集まっていた。何かもう、それどころじゃないからこの人達は無視しよう。
足早に教室に帰った僕は、友哉を探す。自分の席でのんびりしてた。
「友哉、僕帰るから」
僕が電話している間に買ったらしい缶ジュースを飲んでた友哉が、僕の言葉に驚く。
「さっきの電話か?何が」
「身内の不幸だって。もしかしたら学校やめるかもしれないから、その時はよろしく」
「了か・・・え?」
友哉の表情が色々おかしかったけど、僕はそれも無視した。
「じゃあね」
本部に着いて、まず僕は先生の部屋に向かった。その途中で、暗い顔をした人達とすれ違うことがあった。たぶん、アイネイアスさんと面識のあった人だと思う。
先生はいつもの部屋でクレオさんと話をしていた。
「先生?」
「うん?あぁ、来たんだね。こんな昼間に呼んですまなかったね」
これはいつも通り。先生はいつもと全然変わりがなかった。それに僕は少しだけ安心することができた。
「アイネイアスさんが亡くなったって聞いて、慌ててこっちに来たんです」
「そうだろう。まぁ、彼もかなりの年だったから仕方ないだろうね。享年92歳、という事らしい」
それが本当に長生きなのかどうか、僕にはわからなかった。
とりあえずソファーに座った僕は、ヒルリエを蛇に戻す。
「これから、僕はどうしたらいいの?」
「どうしたい?」
「どうって・・・仕事は終わらせないと」
何となく、そうしないと気持ちが悪いままになりそう。ヒルリエの事もあるし・・・。
「終わらせて、終わらせないと」
何言ってるんだろう。
「うんうん、なるほど。確かにケジメは付けるべきだ。せっかくハデスの馬鹿野郎・・・失礼、あいつが見付かったというのに、みすみす逃すことはない」
そういえば、旧知の仲だった気がする。僕も会った事ぐらいはあるのかもしれない。
「僕一人で行ってこようか?その方がいいと思います」
先生が苦笑いを浮かべる。
「無理だよ。君を過小評価している訳じゃないよ?ただ、無理なんだ。フォーチュンを確実に殺せるかい?」
言われて、僕はあと少しのところで逃がした事を思い出した。あの人をどうにかしないと、他の二人までたどり着けない。
「すみません。出すぎた事を言いました」
ヒルリエが僕の手を叩いた。
「それじゃあ、どうすれば」
「簡単さ。アイネイアスから私に指揮権が移ればいい。もしくは、私が直接会いに行くかだ」
どっちもやりそうな気がする。
先生がついてくれるなら、僕も動きやすい。たった二人でも何とかなるかもしれない。
「仕事が溜まっています。評論文に頼まれている短編と・・・」
クレオさんはいつも持っている手帳を開く。
「あぁ、それは忌引きという事にしておいてくれ。一月遅れても文句は言われないだろう」
「・・・知りませんよ?私は言いましたから」
珍しくクレオさんが折れた。これで、僕の行動は決定したことになる。
「ヒルリエ、手伝ってくれる?」
堂々と頷いたヒルリエは、僕の膝の上に乗ると目を閉じた。
「それじゃあ、方針も決まったことだし、アイネイアスでも拝みに行こうか」
立ち上がった先生が僕の方を見て言う。
「はい」
ヒルリエを腕に巻いて、僕も立ち上がった。
先生がのんびりと廊下を歩く。横で歩いてる僕は、たまにすれ違う人達の顔を眺めていた。
アスクレピオスさんの部屋の前に着いた時、ムーンさんが刀を抱えて壁に寄りかかっていた。片方がいるってことは、中にソルさんがいるんだと思う。二人は確か、アイネイアスさんの家族だった。
「ムーン、入ってもいいかな?」
「あぁ。ソルがまだいるが、あいつは放っておいてくれ」
先生を見た後、ムーンさんが僕を見下ろす。
「お前も大変だな」
どういう意味か、よくわからなかった。
ゴールデンウィークに肩を怪我して運ばれた時以来だったからか、アスクレピオスさんの部屋の内装はあの時よりかなり変わってた。色んな機械が壁際に置かれていて、その真ん中にベッドがあった。ベッドの上には、今誰もいない。
先生がもう一つの扉を開けて中に入った。
泣き声がするって思って振り向くと、ソルさんが部屋の隅で泣いていた。
「あっ、デス!」
ソルさんに捉まった。
「あ、あの、ちょっと」
「じっちゃんが、じっちゃんが・・・!」
そういえば、ソルさんとムーンさんはアイネイアスさんの家族だったっけ?
「僕にどうしろと・・・」
思わずそう言ってしまった。死んでしまったのはもう変わらない結果だから、泣いたって仕方ないのに。何でそこまでできるのか、僕にはわからない。
たぶん僕は困った顔をしてたんだと思う。先生が僕を見ると、肩を竦めた。
「そのままにしてあげなさい」
言われた通りにそのまま突っ立って先生が何をしているのか眺めることにした。ソルさんが泣き止む気配はないし、ヒルリエは先生の方へ行ってしまった。つまり、やることがない。
「デス・・・やっぱり、何も思わないの?」
涙を拭いたソルさんが、僕を真っ直ぐに見る。
「思う事はあります。でも、それをどう表現していいかわからない」
すると、途端にソルさんは笑顔になった。
「なんだ。ただの不器用さんか」
反応に困ることを言わないでほしい。
「俺が教えてあげようか?泣き方とか」
「遠慮します」
いつになったら終わるんだろう?外に出て待ってようかな?そうした方がいい気がする。
「先生、僕は外にいます」
廊下に立って待ってよう。ついでにムーンさんに何とかしてもらおう。
「あっ、待って!」
案の定、ソルさんはついてきた。
「・・・デス?何故お前まで出てくる」
ムーンさんの怪訝そうな顔に、僕は肩を竦める事で答えた。