真実と現実
<第二十二章>
高山君に借りた漫画を持って、早めに学校へ行く。今日から後期なんだって。何とかここまで通えたんだから、このまま十二月ぐらいまで行けたらいいな。でも、たぶんそろそろ、先生が動くから、そうも言ってられないのかもしれないけど。
「あれ?皆早いね」
友哉と高山君がいる。普段ならこんな時間にいないはずなのに。
「よう、恭介」
「お前だって早いじゃないか」
鞄と紙袋を机の上に置いて席に着く。今日は火曜日だから・・・。
「あ、それ、お前に貸したヤツか?読むのはえーな」
高山君が僕の持ってきた紙袋を覗いて、呆れたように言う。
「こういうのって、早く返した方がいいような気がして・・・。これ、中々面白いね。小説版ないの?」
「いやぁ、そこまで有名じゃないからな。というか小説のある漫画の方がわりと珍しいぜ?それこそ、あの週刊誌に載ってるような漫画とかじゃないと」
ふぅん、そんな感じなんだ。この漫画、僕的には好きなんだけど、大衆向けではないのかも。
「ん?でも、そういやアニメ化するっつー話があったような。漫画の帯に、何か書いてないか?」
一番新しい巻を取り出して、表紙を眺める高山君。
「アニメーション?」
「高山・・・恭介を異世界に誘い込むなよ」
友哉が心底嫌そうな顔をする。けど友哉だって漫画とか読んでるし、何が嫌なんだろう?
「書いてあるな。あー、来期ってことは一月からなのか」
友哉の話なんて全く聞いてなかったみたい。
「一月にアニメやるの?」
どうしよう。テレビのある部屋なんて、本部でも少ないのに。・・・あ、スターさんとかレザルートさんが持ってたっけ。
「恭介、深夜の番組だからな?」
「おろ?皆早いな」
栗原君まで早く来た。時計を見ると、まだ八時十分。
「おはよう」
あ、髪切ってる。
「光也、どうしたそんな漫画持って。見付かったらヤベーぞ?」
「ん?いや、ちょっと黒谷に説明してたんだよ」
紙袋に漫画を戻して、腕を組む。
「アニメか・・・。そういえば光也は今期何見る?」
「ノイタミアとアニイズム枠は張ってるぜ」
「お前、意外と萌え系に走らないよな。あとアレは?ラノベ原作の」
「俺さ、オレつえー系ダメなんだよ。そもそもアレは壁が足りなくなる話だろ?」
友哉が呆れた顔をする。
「お前らスラングだけで会話するな」
友哉の突っ込みは僕にとっても、もっともな事だった。・・・あ、なるほど。友哉はこれが嫌なのかもしれない。
「佐藤、実は通じてるくせになぁ。知らない振りをするなよ」
「うっせ。こっちくんな」
僕はそんなやり取りを見て、小さく笑う。いいな、皆は。
思わず、手首に巻いてる腕時計を握り締めた。
「・・・ん?どうした恭介」
友哉が僕に声を掛けてくる。
「何でもないよ。何でも・・・」
何だかもやもやする。これはきっと友哉のせいに違いない。
「けど、とりあえす友哉のせい」
「はぁ!?何でだよ。俺なんかしたか?おい」
友哉のせいと言えば、あの事をやっぱりどうにかしなきゃいけないんだっけ?あんまり先延ばしにすると、変な所でばれて面倒臭くなりそうなんだよね。
笑ってごまかしておいた。
「あ、あのさ友哉。ちょっと話があるんだけど」
昼休みになって、僕は友哉に話し掛けてみた。
「あー、悪い。一時から委員会なんだよ。放課後でいいか?」
「うん。待ってるから、教室で」
本当は人気のない所がよかったんだけど、正直僕は学校の構造をよく知らないし、本当に人が来ないような場所だと危険だし・・・。
「どうしたんだよ。今日、やっぱりおかしいぞお前」
「気のせいだよ」
「嘘つけ。俺達友達だろ?何でも相談に乗るから、ちゃんと言えよな」
それが出来たらいいけどね。これは僕個人の問題だから。
放課後になって、あの二人もクラスメイトもほとんどいなくなった時、友哉が僕の方へ来た。
「で、話って何だよ」
僕は読んでいた本を机の上に置いた。
「えっとね・・・友哉って両親を殺されてたんだっけ?」
「あ、あぁ、そうだけど?何だよいきなり」
怪訝そうな顔をする友哉。
「俺が八歳の時に、俺と同じ位の子供に殺された。犯人はまだ見付かってない所か、警察は捜査をやめてしまってそのままだ。酷い話だろ?」
酷いというか、それ全部先生達と僕のせい。
「犯人、今もまだ見付けたいと思ってる?」
「そりゃあ、な。ずっと探してはいるしな」
「僕その人知ってるよ」
ここで全部言ってしまおう。新学期早々悪いんだけど、これは決めた事だから。
「誰だよ」
友哉は淡々としてる。
僕は一つ息を吐くと、口を開いた。
「僕だよ」
「はぁ?そんな冗談、無理があるぞ?無理が・・・」
語尾がどんどん沈んでいく。
「気付いてたんじゃないの?僕がそうなんだって」
もう、僕は表情を作らなかった。そっちの方が、友哉のためになると思ったんだ。
「・・・・」
西日が差して、友哉の顔に影を作る。教室の明かりは点いてるけど、俯いてるせいか、影は消えなかった。
「友哉の話を聞いて、何かおかしいと思ったんだ。あんまり詳しくは言えないけど、僕は八歳ぐらいの時にはもう今の仕事をしてたんだよね。それで知り合いの人に聞いてみたら、僕が友哉の両親を殺してあげた張本人だったんだ」
「・・・あげた?殺してあげただって?」
出来れば今すぐここから逃げたい。友哉がすごく怖い顔をしてる。
「正直、八歳ぐらいの時なんて記憶もよくあやふやになってた時期で、よく覚えてなかったんだけど」
頭撃たれてから、まだ半年ぐらいしか経ってなかったと思う。少なくとも、本部で当時の記録を見せてもらった時にはそう思った。あの頃は情緒不安定どころか、自分で言うのもなんだけど、情緒破綻してたし。
「証拠は?俺が覚えてるのは、鎌と子供だけだ」
「鎌、ね」
僕は教室に僕と友哉しかいない事を確認して、腕時計を鎌に変えた。それを友哉に突きつける。
「これでどう?あ、今見た事は内緒にしてね」
「な、んだよそれ・・・。そんな、漫画じゃあるまいし、意味がわからないぞ」
「僕もこの世のモノとは思ってないけど、とにかく証拠はこれで示せたんじゃない?」
腕時計に戻す。
「僕は君の両親を殺してあげた張本人です」
「だから、そのあげたっていう表現をやめろ!お前は人の命を左右出来る程、偉いのかよ」
偉くはないよね。むしろ世間一般で言う、最底辺だよね。
「・・・俺は信じないからな。恭介がそんな、人殺しなんて、絶対に信じない」
友哉は首を横に振ると、僕の席から離れようとした。
「それならそれで、別にいいんだ。言っておきたかった、だけなんだから」
本を鞄の中に仕舞った僕は、椅子から立ち上がると友哉の後姿を見詰めた。
「あと、友哉。銃の手入れはちゃんとしないと、いざという時に使えなくなるよ」
「っ!?」
鞄を持ちかけた友哉の手が止まる。
「・・・うるさい。手入れの仕方ぐらい、ちゃんと習った」
一体誰にもらったんだろう。日常的に銃を使う人なんて、日本にはあんまりいないはずなのに。
「そっか」
足早に教室を出て行った友哉を見て、僕はため息をついた。これでよかったんだ、きっと。
電気を消して、教室の鍵を閉めて、僕は部屋に帰る事にした。
部屋に帰ると、何故か部屋の電気が点いてて、僕は中にいる人に気付かれないように玄関のドアを開けた。
「・・・ホークス、僕の部屋で何してるの?」
「うおぁっ!?」
椅子に座ってたホークスが、椅子ごと引っくり返った。それを見て僕は、ヒルリエを蛇の形に戻して床に置いた。
「ヒルリエ、噛み付き」
一人と一匹がギャーギャー騒いでる中、鞄をいつもの置き場所に置きに行く。ホークスが邪魔で歩きにくかったけど。
「またピッキング?あんまりやると、裏から南京錠掛けるよ?」
「そ、それじゃ、お前だって入れないだろうが!」
「ヒルリエいるもん」
「そんな事に使うギャーッ!?離れろ!!」
飛んできたヒルリエをキャッチする。
のそのそと起き上がったホークスは、ため息をつくと椅子を起こした。
「ったく、酷い目に遭った・・・」
「何で来たの?仕事はまだないと思うんだけど」
でも、仕事もそろそろなのかな?少なくとも居場所は知られてるし、一番の問題はヒルリエを奪われてしまう事だもんね。仕事中にヒルリエを盗られるのが怖いのかな。
「あのな、俺はお前の監視だぞ?連絡係でも、送迎係でもない!」
あ、そうだったんだ。
「お前、佐藤友哉に何を話した?」
「え?決まってるよ。友哉に僕が犯人だって伝えただけだよ」
信じてはもらえなかったけど。
「デス、それ本気で言ってるのか?」
ホークスが呆れたような顔をする。
「うん。これは僕が片付けるべき問題だから、ホークスには何も言わなかったんだ。・・・先生には、前の日曜日の時に言ってあるから大丈夫」
土曜日から月曜日まで休日だったから、ホークスに頼んで本部まで帰ったんだ。その時にちゃんと先生に伝えたんだ。OKをもらったから、今日友哉に話してみたんだよね。
「友哉に変に勘付かれて、銃を突き付けられるよりはマシでしょ?」
「確かに。けどな、こっちはハラハラしたんだぞ?お前に何かあったんじゃないかって」
「・・・一応心配してたんだ」
それはちょっと予想外だったかも。
「今度からホークスにも伝えるね」
「そうしてくれ。この任務中だけでいいから」
そっか。なんだ、せっかく本部でも教えてあげようと思ったのに。
「そういえば、ホークス。ここに来たもう一つの理由って何?」
「・・・・」
どうせまた喧嘩とかだと思うけど、はっきりさせておくために聞いてみた。
「・・・家を追い出された」
やっぱり。
「晩御飯は恵んであげるから、食べ終わったら帰ってね」
最近は全然こういう事なかったから、てっきり仲良くなれたのかと思ってた。というか、ホークスには夜に暇を潰せる場所、ないみたいだね。
ため息をついた僕はヒルリエをテーブルの上に置くと、台所に立った。