秋休みの午後
<第二十二章>
「体育祭だ」
「体育祭、すっかり忘れてたな・・・」
げんなりした表情の二人。
「どうしたの?祭りでしょ?文化祭の時、あんなにはしゃいでいたのに」
期末が終わって、謎の秋休み中。
「体育祭の何が気に食わねぇんだよ。別にいいだろ?」
「よかねーよ。ダルいんだよ」
「日焼けするし、筋肉痛になるし」
「言い訳が女々しいな!」
学校ないし、なんか皆暇だったからどっかで喋ろうぜってなって、今高山君の家にいる。一応の目的は“期末テストのやり直し”になってるけど、誰も答案用紙とか持ってきてなかったり。
「えっ、そんなに激しいの?それなら嫌かも・・・」
「お前は何を想像したんだ!?」
先生メニューの二倍。
「玉入れとかはまだいいんだよ。問題は走るヤツと綱引きと不毛なフォークダンスとパフォーマンス競技なんだよ」
友哉は大きなため息をつくと、栗原君を軽く叩く。
「お前、玉入れだけ好きなのかよ」
「おう」
何だかよくわからないけど、要するに先生メニューとは全然違う事をするんだね。よかった。
小さくて低いテーブルの上に広げられたお菓子をつまんでいた高山君が、僕のほっとした顔を見てボソッと一言。
「捻挫」
ね、ねんざ?
「擦り傷」
「お前はそれが主に嫌なんだな」
えー・・・。
「怪我、するんだ。それはちょっと・・・」
色々気を付けないと。
「恭介、そう簡単に怪我なんてしねーよ。大丈夫だっつーの」
僕を含めて、友哉以外の三人が嫌そうな顔したまま沈黙が流れる。
「怪我をしても、絶対僕に近付かないでね」
薬持ち歩くの、嫌だ。
「アレルギーなんだ。その・・・血液の」
口をへの字に曲げた僕を見て、栗原君が声を上げる。
「えっ、マジで?アレルギーって色々あるんだな。水アレルギー的な?」
「お前今適当に言ったろ」
友哉の突っ込みに、何故か高山君が肩を竦めた。
「心配しなくても、黒谷に怪我人運ばせたりしないって。そんな大袈裟な怪我をする前に、先生が止める」
「そう、なんだ」
よく考えたら、学校で仕事並みの状況になることはないよね。たぶん。
「・・・てか、黒谷。なんかすごい場数を踏んでるっつーか、今とんでもない修羅場を想像したろ」
「あ、ばれた?出血多量で一人死んじゃった」
手振りで首を切るマネをすると、三人が一斉に引いた。
「そ、そんだけの状況になることは、まずない、と、思う・・・ぞ」
校庭、砂利だか・・・やめとこ。
「黒谷が意外なグロ耐性持ちだってのは、わかった」
「ちょ、ごめん・・・。外出てくる」
蒼い顔の友哉が、ふらふらと部屋を出て行った。もしかして、あんまり慣れてなかったのかもしれない。あとで謝ろう。
僕はふぅ、と息を吐くと、自分の右手首に巻いてる腕時計に目を落とす。今、四時五十分ぐらい。
「そういえば、黒谷。この前言ってた漫画、手に入ったから読むか?」
座ったまま、自分の後ろにある棚を漁る高山君。
「えっ、あるの?読みたい」
「ほ・・・うおあっ!?」
あーあ、無理な体勢するから・・・。
「だっせー」
栗原君が、高山君を指差して大笑いする。高山君が完全にひっくり返った時、友哉が戻ってきた。
「・・・何してんだ、お前」
「黒谷に漫画渡そうとして、何故か引っくり返って、現在」
不機嫌そうに言う高山君。
「ばーか」
「ちょ、お前まで言うか!」
「漫画ありがとう。今、読んじゃうね」
「そして横から掻っ攫っていく黒谷」
苦笑いの友哉は、わざと高山君を踏んで歩く。そしたら、栗原君まで高山君にちょっかいを出し始めた。
「おーまーえーらー!」
うん。乱闘まがいの光景。
さっそく漫画を読み始めてしばらく。
なんだか色んな物が飛び始めたその時だった。何かが飛んできて僕の額に当たった。
「ふあっ!?」
おまけに変な声まで出た。・・・何これ、すごい痛いんだけど。
「あ・・・」
「うわ・・・」
ぱたん、と音を立てて本を閉じる。
「さてと。最初に殺されたいのは、だぁれ?」
って言っただけなのに、皆一斉にいなくなっちゃった。意外と皆怖がりなんだね。
「お邪魔しました」
「じゃあな、高山」
「んじゃ、学校で」
読み切れなかった漫画をまとめて借りた僕は、右手に重い紙袋を提げてる。
「おう、またな」
今、六時半。高山君の家では、両親が早めに帰ってくるんだって。だから、僕達もあんまり長居はしなかった。
「いやー、なんか楽しかったな!俺なんか腕に痣が出来てるし」
頭の後ろで手を組んだ栗原君は、何かを思い出したみたいで小さく笑った。
「俺は、まだ背中が痛い。お前のせいでな・・・!」
あ、そうそう。僕の方に飛んできたのはゲームのカセットらしいよ。なんか四角いヤツ。
「思わず手が出ちゃったんだよね・・・。本当にごめん」
僕だって被害がなかった訳じゃない。頭にたんこぶできてると思う。
「あの後、皆で片付けしたのはいい思い出だよな」
「美化するな。お前が物を投げるから、片付ける破目になったんだろうが」
「え?そうだっけ?」
友哉の鉄拳が飛ぶ前に、栗原君は僕の後ろに隠れた。
「お、お前卑怯だぞ!」
行き場を無くした拳が震えている。
「卑怯上等!・・・あ、俺こっちだから」
「そっち駅だよ?もしかして、電車?」
栗原君は頷くと、駅の方へ走って行った。
「じゃ、また学校で!」
「あ、おい!」
友哉から逃げる時は、こういう風にすればいいんだ・・・。なんか一つ学んだ気がする。
「ていうか、栗原君って電車で通ってたんだね」
また、僕だけ知らないっていうだけだったり。
駅の傍にある踏切を越える。
「俺、あっちなんだけど、お前・・・もそうだったな」
「そうだよ」
一度僕の部屋まで来た事があるからね。大分前の事だけど。
「そういえば、ごめんね」
「何がだ?」
友哉が怪訝そうな顔をする。
「えっとね・・・ほら、高山君の部屋を荒らす前に、僕が変なこと言ったから」
腕時計を見て時間を確認しようとしたけど、何故か時計が止まってた。思い切り指で弾いたら今の時間を表示してくれたってことは、寝てた?
「・・・一時間と五十七分前に」
「細かいな!」
友哉はため息をつくと、手をひらひらとさせた。
「いいって、別に。ちょっと色々思い出しちまっただけだ。恭介が気にする必要はない」
色々・・・。全部僕のせいだと思う。
「でも、一応謝っておきたかったから」
「そうかよ」
「ごめんなさい」
そんな僕を見て、友哉は意外そうな顔をした。
「なんか・・・お前変わったな」
「えっ?」
薄暗い小道を曲がる。こっちは近道なんだ。
「簡単には手を出さなくなった。不自然な行動が少なくなった。謎発言が減った。これだけでも相当違うぞ?」
指を折って数える友哉。人を、変人扱いしないで欲しい。
「だって、まともに外に出たのはこれが初めてなんだもん」
「それ、お前いつも言ってるが、どういう事だよ。普通なら小学校も中学も行ってるはずだぞ?」
僕は肩を竦めた。外を出歩けないような理由があったのは、さすがにわかってるけど、それを友哉に伝えるつもりはなかった。
「あれ?」
なんか人があんな所に立ってる。
「どう・・・あ、井上!?」
えっ?・・・ホントだ。髪下ろしてて気付かなかった。
「あぁ、もう。友哉やっと帰ってきた!」
怒ってるらしい井上さんは、友哉に近付くと携帯の画面を友哉に見せた。
「伯父さん、友哉がいないって怒ってたわよ?このメール見ればわかるでしょ?」
「ち、近いっつーの。伯父さんにはちゃんと伝えてあったはずだぞ?」
「知らないわよ。ほら、私もついていってあげるから」
うーん。これは・・・僕、邪魔なのかな?
「友哉、じゃあね」
というか、井上さんからの邪魔するなオーラを感じるんだよね。こういうのって殺気に似てるみたい。
変に手を出す前に、早く逃げたい。
「はぁっ!?ち、ちょっと待て恭介!」
「いや、だってほら、馬に蹴られたくないし」
友哉から逃げる方法を、さっき知っておいてよかった。
「バイバイ、黒谷君」
井上さんに手を振り返しながら走って逃げる。後ろで友哉の恨みがましい声が聞こえたけど、たぶん気のせいだよ。うん、きっとそう。
「・・・あ、冷蔵庫の食材」
僕は後ろを向いて引き返そうかと立ち止まったけど、別にスーパーに行かなくてもそれなりの食材がある事を思い出して、結局行かなかった。
お待たせしました。これから復活します。