三人で、一人休み
<第十八章>
学校の始業式が終わって、色々と提出物とかを担任の先生に渡す。
「おーい、黒谷。成績表判子も何もないぞ?」
「親に当たる人に会いに行く時に持って行き忘れたので、何もしてもらえませんでした」
「じゃあ、保健は?」
「新聞がわかりません」
「・・・・」
呆れた顔をした担任の先生は、大きなため息をつくと成績表だけ返してきた。
「とりあえず、書いてもらってから出せ。いつでもいいから」
「わかりました」
先生にするか、ホークスに頼むか、ちょっと迷う。
席に戻った僕を見て、友哉が話しかけてくる。
「何を話してたんだ?」
「成績表のことで、ちょっともめただけだよ。こういうのって、かなり困る」
成績表を開いてみると、点数表には100しかなくて、保護者からのコメント的な欄は全然書いてない。
長いホームルームが終わって、今十三時ぐらい。お腹が空いたから早く帰ろうと思って教室を出ると、外に待ち構えていた栗原君にタックルされた。
「わぁっ!!?」
考え事をしていた途中でそんな事されたから、僕は思い切り転んだ。
「な、何してんの!?」
とりあえず衝撃を逃す事は出来たけど、廊下の床はリノリウムで出来ているから変に痛かった。
ぶつかってきた栗原君は、そんな僕を見て笑う。
「黒谷、今日は調子悪いのか?いつもだったらフツーに避けてくるのに」
「違うよ。考え事してたの。今日のお昼どうしようって」
僕はズボンに付いた埃を払いながら立ち上がる。
「あー、昼かぁ・・・。俺と光也でマック行こうって言ってたんだよ。お前も来る?」
まっく?何それ。
首を傾げた僕を見て、栗原君がしまったという顔をする。
「あちゃー・・・。行った事なかったのか」
腕を組んで考え込んだ栗原君。その後ろから高山君が歩いてくるのが見えた。
「光也、そろそろ行こうぜ」
「ちょっ、早ぇよ!」
僕は奥の高山君を見て、肩を竦める。
「何だかよくわからないけど、たぶん食べ物屋さんでしょ?この後用事はないし、もしよかったら僕も行っていい?」
「ん?黒谷も?」
頷いた僕を見て、高山君が笑う。
「黒谷にあの味が食えるか?」
「物は試しだって」
お互いに頷き合った二人は、鞄を持ち直すと僕を押した。
「えっ」
「ほらほら歩けー。俺達腹減ったんだよー」
「あ、うん。そうだよね」
僕もお腹空いたし。と言うと、二人は楽しそうに笑った。
「はぁー、意外な事もあるもんだな」
「深窓の王子様こと、黒谷が食べた事があったとは」
「一回だけだよ。というか、思い付きでそんな変なこと言わないで」
ダブルチーズバーガーセット、480円。
移動中の車からよく見掛けたマークのそのお店は、確かに昔食べたことのある味がした。
「たぶん、八歳より前の事だと思う」
うん、そう。
「先生が僕を連れ出して、何故かわからないけどこのお店に入ったんだよね。その時食べ方とか教えてもらって、僕は初めて食べる物におっかなびっくりで・・・」
「黒谷?」
あの時の事をおぼろげにだけど思い出した僕は、ふぅ、と小さく息を吐いた。
「あったかい気分、かな。どう言うんだろう、この気分」
「おーい・・・。飛んでいくなぁ・・・」
はっと我に返った僕は、慌てて二人に謝った。
「しっかし、黒谷。お前中々不思議な人生送ってそうだな。箱入りっぽいのもそうだし、何でだ?」
高山君はそう言うと、腕を組んで考え始める。
「つ、追求しないで。話すととんでもなく長くなりそうだから」
思い出したのも、ある意味奇跡だし。
雑、とまでは行かないけど、変なバランスの良さで何故か美味しいハンバーガーを食べてると、やっぱり昔のことを思い出す。こういう事って、僕には無縁だと思ってた。
「・・・あ、先生って例のあの人か!」
口に長いフライドポテトを咥えたまま固まってた栗原君が声を上げる。
「えっ、どうしたお前」
「ほら、黒谷が隣のクラスの奴吹っ飛ばしたアレ。あの時黒谷がキレた原因が、確か先生がどうとか・・・」
僕はそっぽを向くことにした。
「だよな、黒谷」
ストローでお茶を飲んでる僕は、そのままずっと飲み続ける。
「やめろ、光也。黒歴史だ」
氷だけになったコップを置いた僕。
「先生は、先生だよ?」
「こわっ!?」
あれ?笑う所間違えたかな?
こんな事があったその後、話題は自然といない友哉についてになっていく。今日は、井上さんとどっかに行ってたはず。夏休み前もそういう事が何度かあったけど、二人は仲いいのかな?というか、美術館の時もそうだった。
「何であんなに仲がいいんだろうね?」
「さぁな。昔に何かあったんじゃね?」
肩を竦めた栗原君は、いつの間にか少なくなっていたフライドポテトを口に運ぶ。
「ま、俺には関係ねー事だけどな」
珍しくシビアな感じ。
「実を言うと、あいつと中学一緒だったのは俺だけ。そりゃあ光也が関係ないって言うのも当たり前だな」
高山君は、そう釈明するとテーブルに肘を突いた。
「ここだけの話、井上が佐藤に執着し始めたのは中二の時だったか。それまで佐藤が一方的に井上を見てたのが、急に逆転したって訳だ。たぶん、その頃何かあいつらにとって重要な事でも起きたんだろうな」
「はぁ?なにその超展開。今頃アニメでも見ないぞ?」
「友哉の方が、かなり不思議な人生送ってない?」
二人は同時に僕を見て、それからまた話し始めた。
「とにかく、佐藤が井上といるのは訳ありだっつー事だよ。ついでに言うと、これ以上の詮索はしないほうが身のためだ」
高山君はラスト一本を口に放り込むと、背凭れに寄り掛かった。
「色んなこと知ってるんだね」
「子供の情報網を甘く見んなよっと。下手な大人よりは色々知ってるつもりなんだからな」
つ、つもりなんだ。
三つあったトレーを一つにまとめたら、テーブルがかなり広くなった。
「んー、まだだいぶ時間あるな」
腕時計を見ながら栗原君が呟くと、隣で高山君が小さく手を挙げる。
「提案・・・どうぞっ」
手を差し出す栗原君。
「新作のゲーム、パッケージだけでも見に行きたいですっ」
「あー、あれかぁ・・・俺も俺も。黒谷も行こうぜ」
「あ、うん」
皆で席を離れてごみを捨てて、このお店を出た。
へぇ、これが噂に聞くテレビ・・・。何度か見たことがあるけど、どんな構造してるんだろうっていつも思う。レザルートさんならわかるかな?・・・あ、アルカナの人ね。
今見てるのは、あの二人が楽しみ(?)にしてたゲームのプレイビデオなんだって。これだけ見てるとただの映像なのに、何が面白くてこういうのを買うんだろう?
「やっぱ、高いな・・・」
「あ、お帰り」
三回も同じのを繰り返し見てた僕は、戻ってきた二人を見付けてテレビから目を逸らした。
残念そうな顔をしてる高山君は、僕を見ると更に残念そうな顔をした。
「ダメだぁ・・・。黒谷見てると集りたくなる」
集られても。
「僕、今あんまりお金使いたくないから、また今度にして」
「指摘するのそっちか!?」
うーん。友哉がいないとイマイチ。
遅れて戻ってきた栗原君が、かなり焦ってるのか変などもり方をしながら話し掛けてくる。
「あ、あああ、あのさ!?い、今まだ八月だ、だったのか?」
「そうだよ」
途端に、謎の演技と共に苦しみ始めた。
「うわぁ、ありえねぇ。マジちょー損した気分。中学は三期だったのに・・・!つーか、新刊まだだー」
八月だったのが余程ショックだったみたい。
苦笑いをしてみせた僕は、ふとあることを思い出した。
「あ、僕本屋行かなきゃ」
「「本屋?」」
注文してた本が届く日は確か昨日で、しかも別の新刊も出てるはず。それに、仕事がなくなった分暇になった夜を過ごす為に、何かいい物を見付けないと。・・・そうだ。
「何かおすすめの本とかある?たまには違うものにもチャレンジしてみようかな、なんて」
きっとこの二人は面白い物を知ってる。
「ほぉ?まぁ、とりあえず歩きながらだな」
エスカレーターに乗って下に行く。
「黒谷がよく読んでる本のジャンル、どんなんだっけ?」
「物語はSFが多いかも。よく銃撃戦になったり、色んな人の思惑が交差するようなの」
「え、SFか?それ」
僕は肩を竦めると、鞄からいつも持ち歩いてる本を取り出して栗原君に渡す。
「こんな感じ」
高山君と栗原君が僕の本を読んでる内に、下の階に着いた。
「・・・お前、意外だな」
微妙な顔をしてる高山君が、僕に本を返してくれた。やっぱり、百聞は一見にしかずだよね。
「僕は現場の空気を知ってるから」
「現場!?お前、今までに何があったんだ」
何度かエスカレーターを乗り継いで一階まで降りると、ぞれまでずっと相談してた二人が頷き合った。話がまとまったみたい。
「黒谷、これなんかどうだ?」
注文してた本、木崎さんの新刊、二人に薦められた二冊の絵付きの本。しばらくは楽しく過ごせそう。 あ、注文してた本っていうのは、和食のレシピ本のこと。僕は和食があんまり得意じゃないから、この機会に練習しようと思ったんだ。
かなり重くなった鞄を肩に掛けて本屋から出ようとした時、勉強の本が沢山置いてある所に友哉がいるのが見えて僕はそちらの方へ向かう。だけど、一緒に井上さんがいるって気が付いて、話し掛けるのはやめる事にした。高山君の忠告を思い出したから。
友哉と井上さんが一緒にいる時、僕はその場にいない方がいい。何故かはわからないけど、直感的にそう思った。
まだ十九話、ということでがんばります。
最近、あのエセ双子に個性が出るようになって来ました。今回もそうです。わかりましたか?