変化
本編です。
<第十七章>
「さて、話を進めようか」
副業の方が切羽詰っているみたいで、先生は話してるのに顔を上げない。しかもずっとカリカリ音がする。
「今更なんで狙ってくるのかな?お陰でホークスは死に掛けるし、僕は捕まりそうになるし・・・」
捕まえようとするって事はちゃんとわかってるんだろうけど、僕にとってはいい迷惑。最初はまだ良かったけど、日を追う度に酷くなっていった。
「・・・えっ?ヒルリエと僕のことを知ってて狙ってる?」
「元フォーチュンも君の事を知っていただろう?つまり、そういう事さ」
先生の頭の半分以上が執筆の方に持っていかれてる。
「僕は覚えていないので、わかりません」
話を進めようって言ったのに、これじゃあ進まない。仕方なくソファーに座って、僕はラバーに書いてもらったレポートを読む事にした。
さっきからずっとオウムになって遊んでるヒルリエが、僕がレポートを読み始めた途端頭の上に乗ってくる。
「・・・・」
そっと頭からヒルリエをソファーに下ろして、言った。
「怒るよ?」
思い切り固まったヒルリエを横目に見ながら、またレポートを読み始める。僕は何かをやっている時、邪魔されるのが嫌いなんだ。
ラバーが作ってくれたレポートは、とても読みやすくて、ついでに言うと僕が写しやすくまとめてあった。だって、書き直さないと筆跡でバレるから。
確か、レポート用紙三枚以上で表紙付きの計四枚。でも、ラバーが書いてくれた枚数は表紙付きで七枚。どこを削って出そうかな?
「原稿、まだですか?」
いつの間にか部屋の中にいたクレオさんが、先生の隣で自分の腕時計を叩いていた。
「待ちたまえ、あと五枚だ」
「そう言うのも最後にしてください。今日だけで六回使っています」
顔を伏せてるせいでよくわからなかったけど、先生はしかめっ面をしたみたい。
これじゃあ進まないよね。と思いながら、僕は先生のペンでレポートに印をつける。
「はぁ・・・」
ため息とソファーの揺れに気が付いて、隣を見る。いじけてるヒルリエの向こう側に、クレオさんが座っていた。
「その紙は何?」
「ラバーに書いてもらったレポートです」
あ、そういえばクレオさんってラバーと仲良かったっけ?
「ふぅん。それで・・・」
特に他の説明を求めてる風でもなかったから、事の顛末とかは話さなかった。
「よしっ、終わった。これでいいかな?」
僕の所まで聞こえてくる程大きな音を立てて、先生が身体中の関節を鳴らす。相当長い時間、あの椅子に座っていたみたい。
「〆切の二日前に終わらせて下さい。本当に、もう・・・」
立ち上がったクレオさんは、先生から原稿の入った封筒を受け取ると足早に部屋から出て行った。
「間に合ってないの?」
「いや、これでも一日前なんだ」
先生には、一日前行動がちょうどいいのかもしれない。本気でそう思った。
レポートを目の前のテーブルに置いた僕は、まだ拗ねてるヒルリエを撫でる。
「冗談だよ。僕が怒れる訳がないじゃない」
「あぁ、そういえばそんな話をしていたっけ」
やっぱり、忘れてた。
今日は先生の誕生日だから、いつもより頑張ってご飯を作った。でも先生はそんな事も忘れてるみたいで、特別な何かはなかった。仕方ない事なんだけど。
僕が昼間にした話題をもう一度持ち出すと、先生はフォークを置いて考え始めた。
「前に話をしただろう?ほら、ハデスとフォーチュンとケルベロスの事を。まだ諦め切れないんだろうね。わざわざしなくてもいいアプローチを仕掛けてくる位だから」
「離反者なのですよね?だったら、僕なんかに感けてたらそれだけで居場所が割れる事ぐらいわかってるのに、どうして今更・・・」
「君が外にいるからだよ。そして、外にいる君を見付けてしまったからだ。まぁ、それを狙ったんだろうね、アイネイアスは」
年の功だよ。と先生。
「でも・・・あの時ホークスが」
僕がアイネイアスさんと初めて会った時の話をすると、先生は「ん?」と首を傾げた。
「それは・・・なるほど。ホルスの部下なら、その程度は出来る事をすっかり忘れていた」
「えっ?」
「壁に耳あり、障子に目ありだよ。もしかしたら、君のクラスメイトにもいるんじゃないかな?ホークスの部下は」
聞き間違い、みたい?
「それ、あんまり嬉しくないです」
クラスでの出来事を全部報告されるって、プライバシーの侵害。友哉達といる所を見られてるなんて、恥ずかしい。
「冗談だよ。今、組織には成人以下が三十数人しかいないんだ」
先生はお味噌汁を一口啜ると、ほっと一息ついた。
「・・・日本にいて良かったと思うのは、やっぱりこれがあるからかな?」
答えて欲しい独白でもなかったから、僕は黙ってご飯を頬張った。うん、美味しい。
おかずの天ぷらを食べていると、横からヒルリエが突付いてくる。
「まだ欲しいの?」
縦に首を二回も振るヒルリエ。
「ご飯だけでいい?」
また。
「わかった」
立ち上がった僕は、ヒルリエのお茶碗を持つと隣の調理室に向かった。
「あれ?デスじゃん」
「えっ?あ・・・デビルさん」
冷蔵庫の前に立ってたデビルさんがこっちを向く。
「あのさ、この前の蛇知らない?今日処分しようと思ってたんだけど」
「コブラ、とかですか?」
「そうそう。もうすっかり忘れててさ。見た人が驚いて変なウワサ回っても困るじゃん?」
うわぁ・・・すごく言いにくい。
「僕が、調理して食べちゃいました」
黒と黄色の縞々みたいになってる頭を掻いていたデビルさんは、僕の一言に石になった。
「・・・てへっ」
「え、えぇ!?いやいや、てへっじゃないし!てか、食えんの?食えんのアレ!?」
本気でびっくりしてるけど、あの蛇達普通に美味しかったと思う。
「中国の料理です。酸辣湯みたいな味にするんです。それで、蛇はこう・・・バリバリって」
皮を剥がすのは簡単だった。
ひっ、と引き攣った顔をするデビルさん。
「む、無表情でそんな・・・ぞっとするじゃんか」
そんなに怖い事なのかな?もしかしたら、魚とか捌いた事がないのかも。
「・・・でも、もうないならいいや。しばらく悪夢に魘されそうだけどさ」
じゃあね。と言って部屋を出ようとしたデビルさんの前から、また別の人が入ってくる。
「お?ディステニーとエンプリス?戻ってきてたのか」
「そうなの。今日もあっさり終わっちゃった」
「杞憂に終わってよかった」
えっと、会話が成立してる方がエンプリスさんで、してないのがディステニーさん。ディステニーさんはたぶん、蛇の事を言ってるんだと思う。そんな事、一言も言ってないけど。
「で、ここには・・・水か。普通にボトルの水でいいじゃんか」
「外国から来たあなたに、これを言うのは何度目かしら?日本の水は、あなたの国に比べて安全なの。水道水ですら飲めるのよ?」
「根拠がない。大体、俺が外国にいたのはもう七年も前の話。今はほら、日本語もまともじゃんか」
「地味な方言が入ってるけどね」
とりあえず、ヒルリエのお茶碗を持ったままだった僕は炊飯器の方へ。なんか怒ってそうな気がしたから。
「ごめん、話し込んじゃった」
戻った時、案の定ヒルリエは怒ってた。でも、その怒り方。猫だと思うんだけど。
次の日。
本部から帰る途中でレポート用紙を買った僕は、ラバーのレポートを写していた。
「もう、来週から学校なんだね」
氷をかじってるヒルリエは、僕の横で頷く。
「結局、宿題出来ないのがあったね」
頷く。
「新聞、全くわからないよ」
これって無視してもいいよね?だってわかんないんだもん。もう、どうだっていいや。
引っくり返ったテンションでそんな事考えてると、ドアからノック音が聞こえてきた。
「はーい」
ドアを開けると、そこにはびしょ濡れのホークスが立ってた。
「え?なに?」
「夕立だ」
・・・えっ?
「ヒルリエ、洗濯物・・・」
振り返った時には、もうヒルリエは洗濯物を入れ始めてた。
「ちょ、ちょっと待ってて。タオル持ってくるから」
あまりに思い掛けない事だったから、珍しく吃った。
お風呂場からタオルを持ってきてホークスに渡す。幸いな事に、服の表面しか濡れてなかったから、放っておけば乾くと思う。
エアコンの電源を切ってホークスを中に入れた僕は、まず何の用か聞いてみる事にした。
「お前、しばらく仕事なしだそうだ」
「そんな事、電話してくれればいいのに」
「俺は電話嫌いなんだよ!」
初耳。
「なんで?」
「相手の顔が見えねぇだろ?それで都合の悪い時に掛けちまったら、もうそれだけでヤバイだろ?」
都合とか、気にしてたら電話なんて出来ない。ホークスは律儀すぎるんだ。・・・たぶん。
「というか、本当にそれだけで来たの?」
温かいお茶を出そうかと思ったけど、今は寒くても後で暑くなるから麦茶を入れてあげた。
「そうだ」
・・・なんか可哀想だった。
「もともと上だったのにね」
「それを言ったらダメだな。いや、元々お前とそんなに変わら・・・?」
「今もそうでしょ?実際僕より上だし、名前“神話”だし」
ホークスって、単数形じゃなくて複数形だもんね。
しばらく顔をしかめてたホークスは、ため息をつくと麦茶を一口飲んだ。
「・・・いつ気が付いた?」
「先生が、ホルスって言ってたから」
右手で顔を覆うと、またため息をついた。
「わざとだな」
ホルスは、確かエジプトの神様。右目が魔除けになることぐらいしか知らない。
「お前が言った通り、俺のコードはホルス。ホークスは俺の部下達を指す言葉だ」
「<目>だよね」
もしかしたら、Hawk’s eyeの略なのかも。
「どうして教えてくれなかったの?」
「仕事上、不都合な事は隠さないといけないからだ」
やっぱり、律儀だった。
「・・・そっか。そうだよね。僕もそうだから」
戻ってきたヒルリエが、テーブルの上でとぐろを巻く。そして、そのまま何もせずにじっと僕とホークスを見てた。
「言わなくて、悪かった」
「いいよ。仕方ない、ことだから」
でも、本当は自分から言って欲しかったかも。
顔を上げる力もなくて、俯いたままでいるとガタン、と椅子の動く音がした。
「お前、人間臭くなってくたな・・・」
「・・・どうして?」
「最初に会った時に比べて、表情が増えたんだよ。あの時は、本気で能面のようだったからな」
首を傾げた僕を見て、ホークスが苦笑いする。
「わかってないならそれでいい。ただの戯言だ。・・・とにかく、今までずっと騙してきてすまなかった」
いきなり頭を下げたホークスを僕は慌てて止めて、ある事を質問してみる。
「えっと、その・・・。今までと同じように、ホークスって呼んでもいい?」
呆気に取られた顔をしてたホークスだけど、次の瞬間笑い出した。
「おまっ、そんなこと・・・!改めて聞くような事でもねぇだろうが」
「そうなの?」
「ったり前だ。むしろいきなりホルスって呼ばれた方が気持ち悪い」
あ・・・そっか。
「じゃあ」
僕は無理矢理ホークスの右手を握ると、自分から笑ってみせた。
「・・・笑顔の練習が必要だな」
「ぎこちない事ぐらいわかってるから、言わないで・・・」
エンプリスとディステニーの仕事は、人を騙す事です。
というか、ホークスの行が長すぎる。お前、元々大して設定もないキャラだったんだから自重しろ。