休暇。
<第十六章>
「どうしてあんたがここにいんのよ!」
「それはこっちの台詞。なんでいるの?」
最寄り駅から三十分ぐらい電車に乗って、またちょっと歩いて見覚えのある所に出た。たぶん、本部の近く。
「あたしは百合子の従姉。じゃあ何?あんたは佐藤君の“友達”って事?」
「そう」
「へぇ、あんたに友達なんて出来るんだ。ヒルリエいなきゃ、何にも出来ないくせに」
「そんな事、今関係ないと思うんだけど」
いらいら。
美術館の中で待ち合わせしてて、してたんだけど、井上さんの従姉が誰なのかわかった途端こんな感じ。
「文句でもあるの?デス」
「別に何にもないけど?ラバー」
隣で友哉と井上さんがドン引きしてるけど、それよりこっちの方が問題だった。
「お、おい、恭介?知り合いだったのか?」
友哉の質問に、僕は頷く。
「こいつは昔、家の近くに住んでたの」
ある意味事実なラバーの嘘。
「へぇ。でも、会った事ないなぁ・・・」
首を傾げながら言う井上さんに、更に嘘を重ねる。
「いたっていっても、半年ぐらいだったからだと思う」
「そっか」
実際半年でこんなになったらすごい事だと思うけど、誰も指摘しない。
「んー、とりあえず、早く見ちゃお。おねぇちゃんも、黒谷君も、喧嘩はなしの方向で」
井上さんは、笑顔でそう言うと「ねー」って友哉を見た。言われた本人は、迷惑そうにしてたけど。
へぇ・・・。絵だ。
どっかの誰かさんの西洋画っていうのはわかる。だけど、こんな美術館に展示されるほどの物なのかも、何がいいのかもわからない。
この美術館では画家別にブースが作られていて、結構わかりやすく展示してある。(友哉談)でも、僕には書き方が違うだけで、どれも同じに見える。絵の中にいる人が皆揃って同じ顔してるし、似た風景があれば同じ場所で書いたんじゃないかって思えるし、要するに僕にとって絵はガラクタそのものだった。
こんなモノに対して、どうやってレポートを書こうか考えながら違う絵を眺める。・・・やっぱり同じ。
睨まれている気がしたから、絵の中の人を睨み返す。そうなったら今度は、全員が敵に感じてならなかった。絵って怖い。
「何してんのよ」
いつの間にか横にいたラバー。
「別に」
「あんた、今の名前何?」
急にそんな事聞いてくる。
「デス」
「じゃなくて、百合子達に名乗ってる方」
むっとした顔のラバーは、周りを見るとため息をついた。
「黒谷恭介」
「あっそ」
「名前なんて、どうでもいいと思うんだけど」
物心ついた時から、僕は数字だった。やっぱり最初から名前がある人は、それが普通なんだ。
絵を睨むのをやめて、他を見渡してみる。だんだん変な気分になってきてて、出来ればここから出たかった。
「大丈夫?」
さすがに挙動がおかしかったみたいで、ラバーがこっちを呆れた目で見てた。
「・・・レポートって、一行でもいいと思う?」
『絵が怖くてよく見れなかったのと、意味がわかりませんでした』
「馬鹿じゃないの?それじゃあ、レポートじゃないし」
とりあえず、別のブースに移ることで気を紛らわせることにした。
「だってこういうのを見ても、皆同じに見えるんだもん」
「あんたねぇ・・・」
「じゃあ聞くけど、この絵は何がいいの?」
壊れた人の顔。べた塗りの色。殺風景な背景。
またため息をついたラバーは、肩掛けバッグから手帳を取り出す。
「・・・いつ、本部に来る?」
八月を開いたラバーは、付いてるペンを持つ。
「なんで?」
「いいから言いなさいっ」
そんなこと言われても・・・あ。
「二十三、先生の誕生日だ・・・」
正確には誕生日じゃないらしいんだけど、それはまた別の話。
「二十三日ね。それまでにレポートの基礎を作っといてあげるから、取りに来てよ?わかった?」
・・・はい?
「何その変なモノに遭遇したみたいな顔!手伝ってあげるっつってんの。わかった!?」
「あ、はい、すみません」
思わず敬語になっちゃった。
美術館へ行ったその三日後。
「き、恭介・・・」
「に、似合いすぎだろ」
なんかまたカチューシャ付けられた。しかも丸い耳付き。
台風がちょうど午前に通過するすごいラッキーで、前から決めていた遊園地にいる。でも、今急に降ってきた雨のせいで近くにあったお店の中で雨宿り中。
「嫌なら、嫌って言ってもいいんだぞ?」
笑いながら言ってるから、全く説得力がない。
「大、丈夫・・・」
「次、次!これなんかどうだ?」
そう言って栗原君が持ってきたのは、とんがり帽子だった。
今日の服装を決めるのに、ヒルリエに全く同じ事をされていた僕。だからいい加減・・・ちょっとうんざり。
適当に帽子を載せられて、更に写真まで取られてる。もう咎める気にもならない。
「さすが黒谷。素材がいいから、何しても似合うな。・・・やっぱり、文化祭でやらせりゃよかった」
何を?というか、今やっと文化祭の嫌な予感の正体がわかった気がした。
「おーい。雨止んだ・・・おぉー」
お店の外を見ていた高山君が帰ってくる。
「きたっ、黒谷のオトコのコ疑惑!」
・・・うん。なんか、変換したら漢字が違う。
結局高山君まで僕の着せ替えショーに参加しちゃって、しばらく僕は本気で人形にならなきゃいけなかった。
三人が飽きて、僕も髪の毛がボサボサになった所でショーはおしまい。
「なぁ、次どうする?」
「絶叫系、残り二つ。だな」
「お前ら、まさか制覇するつもりじゃないよな?」
相談してる三人の後ろで、僕は鏡を見ながら前髪整えてる。
この遊園地はかなり広くて、今みたいに相談しながらじゃないと半日は辛い。ここに来たのは、三時ちょっと前だった。
台風のお陰なのか、園内にはあまり人がいない。会った人を数えて、大体数百人程度。だから、どのアトラクションもほとんど並ばずに乗る事が出来る。逆に言えば、それがあるせいで相談しながら歩かなきゃいけないんだけど・・・。
「黒谷は?いっそ全制覇するか?」
腕時計を見た僕は、ちょっと首を傾げてみせる。
「残り五時間で出来るの?」
「もちろん。やろうと思えば何だって出来るのが人間だろ?」
その理論には賛成できないけど、とりあえず頷く。
「じゃあ、アレがいいかも」
そう言って、僕はほぼ真ん中にある山(?)を指差す。あっちから、時々悲鳴が聞こえてくるから気になってたんだ。
「おー?アレが気になるのか?」
高山君が僕に入り口でもらった地図を見せてくる。
「・・・ジェットコースターだから、悲鳴が聞こえるんだ」
でも・・・あ、そっか。中にあるんだ。へぇ。
もうすでに二つジェットコースターに乗ってるから、大体どんなものかわかる。ワールドさんの運転と同じぐらい激しかったけど、その程度。
「行ってみるか。よしっ、決定!」
「地球の中心へ、レッツゴー!」
調子のいい二人は拳を突き上げると、何の前触れもなく急に走り出した。
「えっ!?」
慌てて追いかける僕を見て、栗原君が笑う。
「遅いぞー」
本当はもっと速いけど。
追いかけっこしながらたどり着いたのは、洞窟を模した場所。息を整える振りをしながら見渡してみると、ジェットコースターの入り口が見えた。
「あれ?佐藤は?」
「ホントだ。いないぞ?」
来た道を振り返ると、ゆっくりと友哉が歩いてくるのが見えた。手には携帯がある。
「・・・あー、わりぃ。井上からアホみたいなメールが来てて・・・」
「中で見せろ、このリア充」
入り口を通過して、それからずっと奥まで歩く。作り物ながら、よく出来た洞窟だと思った。
ようやく立ち止まったところで、僕達は友哉のメールを読ませてもらう。そしたら、二人はポカン、としてしまった。
「十六進コード」
何となく見覚えがあると思ったら、それだった。ハーミットさんが遊びで使ってたから、一応解読できる。
「・・・この前はありがとう。また一緒に行こうね。(ハート)だって」
「ハートを口に出すな、こら」
恥ずかしそうな友哉は、携帯を操作するといきなり顔を上げた。
「さーとー?」
「詳しく聞かせろよ、なぁ・・・?」
うわぁ・・・殺気を感じる。友哉も感じたみたいで、思い切り顔が引き攣ってる。
二人による尋問は、何故か僕まで及び、コースターに乗るまで続いた。
・・・!
急に速くなって、急に落ちた。というか、浮いた。
僕は握り締めていたバーを放すと、大きく息を吐く。これは、ちょっと予想外すぎたかもしれない。
「大丈夫か?」
「あ、うん」
乗り物から降りる時にちょっとよろめいたけど、大した事じゃない。
先に乗ってた二人は、出口の所で僕達を待っていてくれてた。
「いやー、さすがに久し振りはキツイな」
「黒谷、珍しく蒼い顔してんけど、大丈夫かよ」
「そんなに酷い顔してる?」
バッグから鏡を取り出して自分を見てみる。確かに、酷い顔をしてる。僕って、こんなになる事もあるんだ。ちょっとびっくり。もしかしたら、僕の知らない内に表情を作ってたのかもしれない。
「・・・大丈夫、だと思う」
鏡を仕舞って、僕は皆を安心させるための笑顔を浮かべる。でも、当分はこうするしかないだろうけど。
それから閉演までで、本当に全制覇してしまった。それもお土産を買えるぐらいの余裕を残したまま。全てが終わって電車に乗った時には、皆ぐったりしていた。
電車を乗り換えて気が付いたら高山君と栗原君は死んでて、僕自身も意識を保つのがやっとだった。
「あ゛ー、疲れた」
自分の膝に肘を突いてる友哉がぼやく。
「恭介、楽しかったか?」
「・・・うん、ちょっとはしゃぎ過ぎたぐらい」
僕は、ヒルリエが化けてる腕時計を握る。
「あのさ、恭介・・・」
「何?」
「やっぱ、眼鏡してくれないか?美術館の時もそうだったが、お願いだ」
そう来ると思った。
バッグから、いつもしてる眼鏡っぽいのを取り出して掛ける。ヒルリエがいない時は、こうやってすることが出来るように買っておいたんだ。もちろん、度は入ってない。
「これでいい?」
「ごめんな。どうしても、嫌な事を思い出しちまって・・・」
簡単に予想が付いたけど、それでも僕はわからないという顔をしておいた。本当のことを聞くために。
「いや、その・・・親を殺したアイツに見えて。絶対違うってわかってんのに、ちょっとお前が似てるからって比べちまうんだよ。本当に、どうしようもないよな」
そこまでわかってるなら、正直に言っちゃえばいいのに。僕は本物の人なのに、友哉はまだ気付かない。その先入観がなくなれば、僕が見えるのに。
「見付かるといいね」
「そう、だな」
右手を銃を持つ形にしているのに気付いた僕は、本気で笑ってしまった。
復讐者気取りの素人と、人の皮を被った死神は、互いに笑い合った
夏休みって、やっぱり長いです。その最中はそう思わなくても、こうして振り返ってみると、長い。しかし、この話の時点で八月十日ぐらいなんですね。二期制の学校ならあと二週間程で学校です。
あ、服装の説明がない件ですが、五千文字超えそうになったので割愛しました。そもそも、彼が気にしないので。