宿題リスト
九月に間に合ったので投稿します。
<第十五章>
教卓に戻った担任の先生が、出席簿を閉じる。
「じゃあ、夏休み。気を付けて過ごすように」
そう言うと、最後に「日直」とだけ言った。
「きりつっ、きょーつけ、れい!」
号令が終わった途端、一気に教室が騒がしくなった。
「夏休みだって、ヒルリエ」
ついこの前に買ったエアコンの風が当たる所で、冷たい麦茶を飲む。うーん、快適。
「何しようか?」
ガリガリ氷をかじっているヒルリエは、氷を飲み込むと尻尾でカレンダーを差した。
「あ、そっか。宿題やんなきゃね」
結露した水がテーブルに残した細切れの丸を布巾で拭いて、大量に配られたプリントを取り出す。ホークスに渡さなきゃいけない物もあった。
明らかに必要ない保険室からのプリントの裏に、宿題リストを作っておいた。こうしておけば、やり残しとかなくなると思う。
宿題と、ホークスに渡すのと、必要ないのを分ける。
「・・・なんか、結構あるんだけど」
ほぼ全部の教科から宿題が出てる。しかも数学と理総は冊子。国語は読書感想文二つだし、英語は無意味に単語とか。何がしたいんだろう?
目標日数と内容を一緒に書き込んで、だけど途中でやめた。だって意味わかんない宿題が多いんだもん。
「ヒルリエ、美術館って何?」
美術科の宿題。美術館へ行って、レポートを書け。
「あと、新聞って何?」
保健体育の宿題。一学期にやった内容を深めて新聞を書け。
「英語のこれ。やってもやらなくてもいいって、どういうこと?」
もはや宿題でもなんでもない。
ヒルリエも、わからないみたいで首を傾げてる。でも、だからって、先生に電話するのはちょっと違う気がする。どうしよう?
二人(一人と一匹)で考えていると、電話が鳴った。
「もしもし?」
『お、恭介?今、大丈夫か?』
友哉だ。・・・よかった。
「大丈夫だけど・・・美術館って何?」
『えっ、マジ?俺そっから説明すんのか?・・・あー、まぁ、簡単に言うと絵とかが沢山置いてある場所だ』
そっか。学校の美術室を思い出したけど、たぶんそれとは違うモノだと思う。
『って、ちげーよ!確かに美術のことで電話してるけどな、いきなり逸らすんじゃねぇよ』
なんか怒られた。
「・・・レポートのこと?僕、知り合いに詳しい人がいそうだから、その人に聞いてみようって思ってたんだけど」
組織には色んな人がいる。というか、大体変な人。きっと美術系が好きな人がいるはず。
『なるほどな。こっちはさ、なんか井上に誘われて、だな・・・』
そういえば、高山君と栗原君が友哉達を指して嘘泣きしてたのを思い出した。りあじゅうがどうとか。
「二人で行けばいいんじゃないの?」
『なんでそうなる。まだ続きがあるんだよ。井上曰く「従姉も誘っちゃった」らしい。だから、な?』
な?って・・・。
「いいけど、いつ?予定空けとくから」
ヒルリエにボールペンを取ってもらった僕は、真っ白なカレンダーの空白を眺める。
『よっしゃ!えっと・・・その従姉の予定が空いてるのは八月の一日あたりなんだと。だから一応一日な』
「わかった」
カレンダーに予定を書き込んで、電話を切った。夏休みは忙しそうな感じがする。
とりあえず、リスト作成に戻る。意味わからないものとそうじゃないのを分けたら、ちょっとすっきり。
「何か・・・」
裁縫道具を見つけた僕は、リストを壁に縫い付けておくことにした。
数学、あと二ページ。国語は終わった。英語は結局やらないで・・・。
「何やって・・・うわっ!?待ち針かよ」
裕奈さんに追い出されたわけではなく、普通に用事で僕の部屋に来たホークスは、壁に刺さってる針に驚いた。
「壁が硬いから、刺すの大変だった」
「画鋲は?」
「なにそれ」
「・・・・」
ため息をついたホークスは、僕の宿題リストを覗き込むと何かを納得した。
「そうか、宿題か。もう大半が終わってんな」
「だって簡単だもん」
でも、量だけは多いから時間が掛かる。
「俺は最後の最後にやってるようなもんだったからな、さすがに出来が違う」
ぽんぽん、と僕の頭に手を置いてくるホークス。
「八月、予定が沢山入ってるんだ。だから今の内にやっておこうって、皆で」
今にも飛び掛りそうなヒルリエを押さえながら答える。どうしてヒルリエはこうなんだろう?
ホークスがこの部屋に来た理由は、仕事について。意外な事に、仕事は大体いつも通りみたい。でも、宿題が終わった後暇になるからちょうどいいかも。
「・・・あぁ、そういえば、お前に休暇の許可が下りた。好きな時に取っていいんだそうだ」
「えっ?」
休暇?僕に?何で?
「カエサルがアイネイアスに言ったんだそうだ。それで・・・」
ホークスはポケットから一枚の紙を取り出すと、僕に渡してきた。
「何?」
「カエサルからだ」
畳んであるそれを開くと、文が一行だけ。
『学校がどんなものだかわからないが、今の内に楽しんでおきなさい』
「先生・・・」
何となく、胸が苦しくなった。
「休みを取る時は、俺に言えよ?」
「・・・うん。でも、本当にいいの?」
仕事なんて休んだことないのに。そんな事、急に言われても困る。
奇妙な顔をしたホークスは、首を掻くとため息をついた。
「そうか。そうだよな。お前・・・」
今まで人殺し以外、知らなかったんだもんな。
「勉強できるけど?」
「そりゃあ偏った教育方法で」
首を傾げた僕は、ふと時計が目に入った。もう九時だ。ホークスもそれに気が付いたみたいで、自分の腕時計を覗き込んでた。
「もうこんな時間か」
「今日は仕事ないみた・・・い?」
「どうした?」
僕は台所の窓を見て、それから玄関の方を見る。
「ホークス、伏せて」
「はぁ?」
僕が警告した次の瞬間、台所の窓ガラスが割れた。あと、ホークスの真横で跳弾。
「なっ・・・!?」
「狙撃、だね」
台所のが曇りガラスだったからよかったけど、あれが透明だったら死んでた。
ヒルリエを盾の形にして、第二射撃を防ぐ。
「僕、狙撃苦手なんだけど」
「ちょっと待て。今何とかする」
ちゃっかり曲がり角の所に隠れてるホークスは、携帯で電話し始めた。
台所の向こうは、何もなくて見晴らしがいい。その奥には狙撃にちょうどいい十階建てのマンション。ちゃんと把握しておけばよかった。
第三射撃も防いで、それからヒルリエをホークスの方へ投げた。
「あ、おいっ」
携帯を仕舞ったホークスがヒルリエを拾い上げる。
「大丈夫。狙いは僕みたいだし、もう無理だから」
ホークスの部下さんが手を打ってくれたみたい。気分的に、狙撃手の人が死んでるってわかったんだ。
割れたガラスを踏まない様にして、台所の上に立つ。・・・撃ってこない。やっぱりね。
「デス、いい加減に・・・わたたたっ!こいつ、噛み付くな!」
自分で蛇に戻ったヒルリエが、ホークスの手に噛み付いて離れないのが見えた。
「変なとこ、触ったんでしょ?」
「知るか!」
でも、ヒルリエ怒ってるし。
尻尾を引っ張って取ろうとしてるホークスと、意固地になって噛み付いてるヒルリエ。
「ふふっ」
「笑うなっ。笑う前にどうにかしろ!」
台所から降りた僕は、ヒルリエを呼んだ。
首に巻き付いたヒルリエを撫でてながら、部屋を見渡す。壁には穴が開いてて、床はガラスまみれで、無事なのはテーブルの上ぐらい。宿題が置いてあるから、平気でよかった。変な言い訳しなくていいし。
「ったく、まさか町のど真ん中で狙撃か」
まさか、ね。このぐらいだったら誰だって出来そうな気もしなくはないけど、そしたら銃が高性能ってことになる。性能は、経験を上回ったりもする。
「窓、どうしよう?」
もう一度携帯を開いたホークスが生返事する。どうしたんだろう?
「何かあった?」
「いや・・・。お前、しばらく気を付けた方がいいかもな。これはさすがにカバーできない。<目>もお手上げだ」
監視機関。また出てきた。
「そうなんだ」
そうなると、僕はいつ殺されるかわからない状態で過ごさないといけない。宿題もそろそろ終わりそうだし、まだ夏休みは長いし、いい暇潰しになるかも。
「窓は明日直してやる。今晩は我慢してくれ」
「わかった」
理科の地学。最後のページが終わった。
「お、わっ、たぁーっ!!」
「お疲れ様」
ペンを放り投げて大きく伸びをした僕の前に、珍しく女の人になってるヒルリエが紅茶を置いた。
「あ、ありがとう」
アールグレイのアイスティー。
広げた冊子をまとめて、ファイルに入れる。これで残りは美術と保健だけ。
椅子に座ったヒルリエは、僕を見て微笑んだ。
「こんなに勉強したのは、久しぶりですね」
「そうだよね。・・・あれ?ペンは?」
後ろを見ると、床に転がってた。
ペンを拾ってケースに仕舞う。ついでにファイルもペンケースと一緒に鞄に入れておいた。
「学校の定義は知ってたけど、こんなに面倒なモノだって知らなかった。全部わかってるって辛い」
予習の必要はないし、滅多な事じゃ九割落としそうもない。
「いいと思いますけど。何も知らないよりは、余程」
椅子に座りなおした僕は、紅茶を一口。ヒルリエの入れてくれた紅茶は美味しかった。
「確かにね。・・・そういえば、ヒルリエはどっか行きたい場所とかないの?休暇取っていいみたいだし、遠出しても平気そうだけど」
「えっ?」
買っておいたみかんゼリーを食べてるヒルリエが、スプーンを持ったまま固まる。
「それは・・・」
僕、なんか変なこと言った?
すごく迷ってるヒルリエを見るのは初めてで、こんなこともあるんだって思った。
「・・・私は、貴方といるだけで十分です。どんな姿でも、どこにいるのか知覚出来るので」
「そっか」
遠慮しなくていいのに。
「じゃあ、ヒルリエにもわかるように、眼鏡するよ」
「そこまでは・・・」
あっ、と声を上げたヒルリエ。席を立つと隣の部屋から黒い何かを持ってきた。
「これ、直しておきました」
「チョーカー?・・・あ、本当だ。直ってる」
「それに合うような服を買わないとダメね」
服とか、わかんないよ。
「予定まで、あと十日。それまでに新調しましょう」
「えっ、あ、うん?」
僕の反応が面白かったみたいで、ヒルリエは声を立てて笑った。
作者はまだ宿題が終わっていません(笑)ああやってできたら理想ですよね。