夏の始まり
<第十四章>
・・・なんか、顔が筋肉痛な気がする。
本部から帰って気付いたこと。あと、晩ご飯食べた後の記憶がないのと、何となく頭が痛い。お酒っぽい水を飲んだ記憶はあるけど。
鏡の前に立って、頬を引っ張ってみる。・・・伸びないし、ものすごく痛い。これは筋肉痛以外の何にでもない。
今日が日曜日でよかったと思いながら、顔のマッサージ。そんな僕の真横では、ヒルリエが僕の髪の毛を引っ張って遊んでた。
ちょっとだけ暑かったから、近くの窓を開ける。七月の半ば近いのに、今日の風は涼しい感じ。今年は冷夏なのかな?
「・・・よし」
寝る前にもう一回やっとかないと、明日が酷そう。
全部の窓を全開にしてから掃除をして、だけどやっぱり汗が噴き出してくる。除湿機か、エアコンが必要かも。
張り付いてくる前髪で前が見えない。とか思いながら掃除機を片付ける。次は台所と、窓と・・・。
「あ」
もう三時だ。
急いで掃除道具を片付けて、さっとシャワーを浴びる。新しい服に着替えた僕は、財布とメモを持って部屋を出た。
月曜日。
「・・・恭介、何してんだ?」
「あ、おはよう。なんか、顔がまだ引き攣った感じがして・・・」
ぐにぐにと指で頬を押していた僕は、口を笑った形にしてみる。・・・ちょっと変。
昨日の夜、ちゃんとやったのにまだ筋肉痛みたい。八年間、顔を作らなかったつけが回ってきたのかも。
不思議そうな顔をした友哉は、鞄を机の上に置くと椅子に座った。
「筋肉痛か?」
「たぶん。でも、そこまで酷くないよ」
ピークは昨日だから。
顔も筋肉痛になるんだな。っていう友哉の呟きを聞かなかったことにしておく。
「はよー。友哉、黒谷君」
「お?井上か」
「おはよう」
なんだか疲れた様子の井上さんが、挨拶しながらこっちに歩いてくる。どうしたんだろう?
「とーもーやー・・・」
がくっと友哉の机に手を突く。
「朝っぱらからなんだよ」
やば、関わってしまった。的な顔の友哉。
「聞いてよー・・・。お母さんに怒られて、徹夜しちゃったんだぁ・・・」
確かに、よく見ると目の下にくまができてる。
「大丈夫か?つーか、俺に愚痴るな」
「だって、こういうこと言って平気なのは友哉だけだしぃ・・・」
・・・そういえば、幼馴染だったんだっけ?長く一緒にいると、やっぱりそういう事になるみたい。僕と先生みたいな。
腕を組んで一人で納得してると、友哉の視線を感じた。
井上さんの愚痴をBGMに持ってきた本を読んでたら、朝のHR開始のチャイムが鳴った。
「あ、まず・・・」
自身の席に戻ろうとしてバタバタしている皆の中に、井上さんも溶けていった。
「・・・恭介」
じとっとした目の友哉だ。・・・うん。
「ん?なに?あ、お疲れー」
「何で全部棒読みなんだよ」
「だって、なんか怒ってるみたいだったから」
「・・・・」
いつのもように授業が終わって、最近“いつも”になった四人でのお昼が始まる。
「なぁ、あと十日で夏休みだって知ってたか?」
「そうだった、夏休み。このメンツでどっか行かね?」
そんな時、こんな話題の転換があって、僕はちょっと首を傾げた。
「夏休み?」
栗原君は大げさに頷くと、当たり前のように僕のお弁当箱からサンドウィッチを取っていった。
「夏休みなんて、宿題終わらせればあとは自由だろ?その自由を利用して・・・って、うまっ!?なんだこれ」
「光也、それ黒谷のだって。・・・で、その暇を利用してどっか遠出しようって事だ」
すごい。言いたかった事がわかるんだ。
「お前ら、本当にこういうの好きだな」
友哉が呆れたように言うと、二人は同時に親指を立てた。ただ、栗山君は涙目だったりする。
「もちろん!」
「高校の楽しみは、夏休みにあるもんだぜ」
へぇ、そうなんだ。
「いや、恭介。信じるなよ?こいつら適応な事しか言ってねぇし」
「えっ?」
そう、なんだ?
「とりあえず、行きたい所だな。案がある人、挙手」
友哉の顔を覗き込んでた僕は、ちょっと躊躇ってから右手を上げた。
「ん?」
「あの、実は泳げないから、出来れば・・・」
「はぁ!?マジで?嘘だろ?体育であんだけ出来てるのにか?」
驚いた高山君が立ち上がる。
「うん・・・。泳ぎは、教わってないんだ」
大体、本部にそういうのないからいけないんだと思う。でも、泳げても、仕事にはあんまり意味がない。
「黒谷、よかったな。この学校にプールの授業がなくて」
アイネイアスさんがどうしてこの学校を選んだのか、ちょっとわかった気がした。
「じゃあ・・・アキバでも行くか?」
座り直した高山君は、栗原君を見ながらそう言った。
「どこ?」
「おぉっ、真夏のホコテン!アニオタや萌え系の聖地!」
「誰が行くか。そんないかがわしい目的で・・・」
・・・造語まみれでよくわからなかったけど、高山君と栗原君にとっては大事な場所みたい。だって、聖地だもん。
大きなため息をついた友哉は、もう一度息をはいてから喋り始めた。
「行くなら、遊園地系だな。ほら、雨の日は空いてるだろ?」
ゆうえんち?・・・皆、さすがに色んな場所知ってるんだ。
「あー、そうくるか。けど、あんまオススメしない確率だぜ?最近の天気予報、当たんねぇじゃん?」
「いや、そうでもないんじゃないか?台風、来てないだろ?」
初めて二人の意見が分かれた気がする。
「台風だか何だか知らないが、とにかく天候が悪ければネズミの国も人がいないだろ?」
ネズミに国なんてあるの?
「恭介、ジェットコースターは平気か?」
じぇ・・・え?何、そのそり。
「もしかして、ローラーコースターのこと?」
ペンドラゴンさんが言ってた、速い乗り物。どこに行く訳じゃないけど、とにかく速いんだって。
「・・・そうとも言ったか?」
友哉は、二人に目配せしながら言葉を濁した。
「たぶん、な」
「そう、たぶん」
「乗った事ないけど、たぶん大丈夫」
ワールドさんの運転に比べたら・・・きっとワールドさんの方が酷いと思う。その後、しばらく動けなくなちゃったから。
僕の答えに友哉は頷くと、まだ考えてる二人をもう一度見た。
「・・・なら、決まりだな。天気予報で雨が出たら俺達が連絡する。なるべく空けとけよ?」
高山君は、メモ帳に何かを書いてる。
「僕はそれで平気だよ。・・・仕事とか、あんまりなさそうだし」
あっても本部の事とか、あとは先生の私事。夏は暑いし、きっと皆休暇でいない。
食べ終わったお弁当を片付けて鞄に仕舞う。
「友哉は?」
「盆じゃなきゃ、大丈夫だろ」
それを聞いた栗原君は、腕を組んで考え始める。
「そうか・・・。七月後半か、八月の初め。だな。うん」
「TDLでいいか?なら、予算は一万ちょいだな」
「朝から行くと疲れるから、午後を狙うといいんじゃないのか?」
後半になってくると、もう何を言っているのか全くわからなくなって、僕はあとで聞こうと思った。
部屋に戻って、まず気付いた事は。
「あつい・・・」
そう、暑い。これが普通の夏だって、初めて知った。
急いで部屋中の窓を全開にして、学校の鞄から下敷きを取り出す。今日の晩御飯、どうしよう?
「ヒルリエ、晩ご・・・」
なんかガサゴソ音がすると思ったら、ヒルリエが冷凍庫を漁ってる音だった。たぶん、氷目当て。
「僕にも、一つちょうだい」
ヒルリエにもらった氷を口に含んでみて、ようやくメニューを思いついた。トマトの冷製パスタにしよう。
野菜室を探検してみると、レタスなんかも出てきていいサラダも作れそうだった。確か、しゃぶしゃぶ用のお肉があったから、冷しゃぶサラダもいいかも。
台所に立った僕は、棚から大きい鍋と小さい鍋を取り出す。・・・だけど、今から料理しようっていう時に、ドアがノックされた。
「はい」
「・・・殺気を感じるぞ?」
そう、よかったね。ホークス。
「何か用?」
何となくピリピリした気分の僕は、口を閉じるとホークスを睨んだ。
「い、いや、用って程の何かでもねぇんだけど・・・」
「じゃあ、何?」
たぶん、裕奈さんと喧嘩したんだ。また。
ホークスに気づかれないようにため息をつくと、僕は台所に戻った。
「トマト、好き?嫌いだったら考えるけど・・・」
料理の材料を並べ始めた僕を見て、ホークスが「しまった」という顔になった。
「お前、料理の途中だったのか。そりゃあ、悪いことを・・・」
「別に」
「・・・まだ、怒ってるみたいだな」
テーブルに着いたホークスは、指を組んで深いため息をつく。いつもより、かなり酷い事になったみたい。
しばらく無言で料理を作ってた僕だけど、ちょっと思いついた事を口にしてみる。
「いつも、喧嘩の原因はホークスなの?」
パスタを茹でてるお湯にオリーブ油を入れながら聞くと、小さい返事が返ってきた。
「・・・そうだな」
「何がいけないの?性格?」
「性格って、お前な・・・」
ホークスの苦笑いが聞こえる。
「違う。些細な事なんだが、気がつけば口喧嘩になっちまってな。まぁ、俺がいけないなんて事は最初からわかってるのに、どうしても喧嘩になる」
「女の人って、難しいね」
あれ?でも、ヒルリエは一応女の人・・・だった気がする。なんか不思議。
「僕もラバー、嫌い」
大アルカナで一番うるさい人。何かあるごとに甲高い声で騒ぐし、何故か僕を目の敵にする。だから嫌い。
「今、一番会いたくない奴だな。タロットの逆位置は、失恋とかだったろ?最悪だ・・・」
「そうじゃなくて、本人」
そういえば、何となく井上さんがラバーっぽかったりするけど、姉妹か何かなのかな?
「タロットだったら、僕の方が危険じゃない?“物事の終わり”を示すカードだったよね?」
「いや、逆は“新たな始まり”だ」
じゃあ、僕が逆さまなのに期待しよう。ホークスが暗いと、僕も嫌だから。
夏の癖に暇のない作者が通ります・・・。
という訳で、九月までこの場に戻って来ることはないと思います。ようやく半分(?)になったので、まだ話は続きますが。