フォーチュン
<第十三章>
「フォーチュン。いや、元フォーチュンだね。君の同期とは違うよ」
「はぁ・・・」
次の土曜日。つまり、仕事の失敗から五日後。
たぶん僕の報告書を見つけたんだと思う。仕事に失敗した事に驚いた先生が、僕を本部に呼んだんだ。
どうしてかはわからないけど、先生は右腕を骨折してた。先生の利き手が左でよかった。
「そうか・・・。そろそろ私も動かないといけないらしい」
「あの、先生。元フォーチュンさんが、どうしてあそこにいたんですか?」
僕の報告書を読んでた先生は、紙を置くと鼻筋を人差し指でなぞる。考える時の、先生の癖。
「・・・恐らく、君のターゲットは彼らにとっても邪魔だったんじゃないかな?あのフォーチュンなら、他人に気付かれないように移動することも可能だったから、それでタイミングが遅くなったんだろう」
聞いてて、あんまりいい事じゃなかった。
「まぁ、でも、そのお陰で尻尾が掴めたんだ。そう悪く思わなくとも、大丈夫さ」
先生の説明によると、元フォーチュンさんは組織の離反者。あと、二人も同じ時期にいなくなってるんだって。コードネームは、ハデスとケルベロスだって。・・・なんか、逆さまで地面に落ちた気分。
「この八年間、全く見付からなかったんだ。そういう意味では、ラッキーなのかな?」
すごい確率。
「元フォーチュンさんは、僕の事知ってたんだ。どこかで、係わりなんてありました?」
「あるよ。むしろ、フォーチュンじゃなくてハデスの方がね。・・・ヒルリエさ」
先生と僕は、机の上で寝てるヒルリエを見る。
「昔、といってもつい十年ぐらい前だが、ヒルリエは何にでもなれる道具としてこの組織に流れてきた。それは知ってるね?」
「うん。僕も、見た気がする」
「見たというか、最初から君のだっただろう。・・・まぁ、君はまだ訓練中だったから滅多に触りはしなかったがね」
自分のことなのに、他人事のように聞こえる。それはたぶん、僕に記憶力がないせい。
ヒルリエに会った時の事も、初めて使った時の事も、僕は全く思い出せなかった。
「ヒルリエが何なのかは、ヒルリエが一番よく知ってると思う」
そう言って、寝てるヒルリエの頭を撫でる。ヒルリエが何も知らないのは知ってるけど、先生は知らない。
肩を竦めた先生は、それきり何も言わなかった。
しばらく無言でいた僕だけど、ふと思い付いて聞いてみた。骨折の理由を。
「ん?あぁ、これかい?」
先生は苦笑いをすると、教えてくれた。
「転んだんだ。ぬかるんだ場所でデザートイーグルなんて、今思うと馬鹿げていたよ」
有名な、最高クラスの威力を持った50AEっていう弾を扱える拳銃。一応それくらいは知ってるんだ。あと、反動が大きい事も。
「昔は平気だったんだがね。もう、さすがに年かもしれない」
「・・・先生、いくつ?」
「君より二十才上、ぐらいじゃないかな?」
首を曲げて、斜め下を見てる先生。
「・・・正確な年は、全くもってわからない」
「えっ?」
初耳。
僕は、自分が知ってる限りの年に二十をプラスしてみる。そうすると、三十六になった。確かにこの数は多い。いくら先生がすごくても、この年じゃあ・・・。
「あの、先生。もしかして・・・」
「カエサル、いるのか?」
ドアのノック音が響いて、僕の質問はなかった事にされた。
「あぁ。どうぞ」
入ってきたのは、ゼウスさん。僕がいるのを見て少し驚いたみたいだったけど、すぐに普通の顔になった。
「フォーチュンが見付かったという話は、聞いた?」
「もちろん。今、デスとその話をしていた所さ」
皆、元フォーチュンさんの話を知ってるんだ。・・・当たり前だけど。
僕が触ったせいで起きたヒルリエと遊んでいる内に、先生とゼウスさんの話は終わった。確認のために、来ただけみたい。
ちょっと気になって先生の部屋の時計を見ると、もう五時過ぎ。そろそろ、晩御飯を作り出さないといけない時間帯。
「先生、晩御飯どうしますか?」
「・・・もうそんな時間かい?ちょっと早いと思うんだが」
時計と僕を見比べる先生に、僕は首を傾げた。
「いつもこのくらいなんだけど・・・?」
仕事がいつ来てもいいように。
「あぁ、なるほど。じゃあ・・・」
本部の調理室。
「ヒルリエ、大きいお皿取ってきて」
炒め終わった青椒肉絲をヒルリエが持ってきてくれたお皿に空ける。
「もう一枚」
蒸し器を火から下ろして、小籠包の入ってる蒸篭をお皿に載せる。
「もっと」
バシッとヒルリエに叩かれた。
「・・・じゃあ、スープ皿四枚」
蛇だから運ぶの大変なんだと、ヒルリエに言いたくなった。でも、ヒルリエ曰く、疲れるから嫌なんだって。
「完全に私物化してるのぉ、デス」
「・・・あ、ハーミットさん」
大アルカナ九番目の“隠者”。大体、本部にいるんだけど、部屋に引きこもってて滅多に出てこないんだ。
「中国料理、という事はカエサルか?」
当たり。
どこかの民族衣装みたいな服を着てるハーミットさんは、僕を見るとちょっとだけ笑った。
「失敗のショックはなさそうじゃの」
「はい、特には・・・。昔、一度失敗してるって聞いてるからかもしれません」
「ほぉ?確か・・・佐藤友哉だったか」
僕は頷くと、食べ物が載ったお皿をキャスター付きの台に置く。ハーミットさんは、調べられる事なら何でも知ってるんだ。
「気を付けんと、いつ銃を突きつけられてもおかしくはのぉて。奴は持っとるぞ」
その言葉に、僕はハーミットさんを振り返る。
「裏ルートからの入手、ですか?」
「その内、わかる。・・・じゃあ、カエサルによろしくの」
真っ白の頭を掻きながら、ハーミットさんは調理室から出て行った。
「・・・あ、料理」
友哉のことは、一先ず置いとこう。ばれなきゃいいんだし。
「すげー、本物の小籠包だ。ほぇー」
ペンドラゴンさんは、スプーンで掬おうとして頑張ってる。それを見た先生は、呆れた顔をした。
「まだ箸を使えないのか?」
「うっせーな。俺は器用じゃねぇんだよ」
どうしてペンドラゴンさんがいるのかというと、たまたま。僕が調理室に向かってる途中で、バッタリ。な感じ。
「ペンドラゴンさん、スプーンが潰れてる」
思い切り握り締めてるスプーンが、粘土みたいな有様。ペンドラゴンさんは力が強いんだ。
「お、おぉ・・・」
替えの食器を持ってきててよかった。
我ながら上手く出来た炒飯を蓮華で食べていると、ヒルリエがスープの前で固まった。
「どうしたの?ヒルリエ」
「・・・ん?あぁ、これは蛇羮だね。広東料理の一つ」
先生はスープを飲みながら説明する。
「しょーかん?」
ヒルリエはスープを僕の方へ押しやると、青椒肉絲を食べ始めた。
「蛇のスープさ」
ごほっとペンドラゴンさんがむせた。
「は、はぁっ!?なんでそんな・・・。つーか、材料あんのか!」
「うん。なんか冷凍庫にあった」
直輸入的な。
「ちゃんと食べられるから、大丈夫」
「そういう問題じゃねぇ!色々間違ってんだよ、この組織!!」
実はペンドラゴンさん。常識人だったり。
確かに、冷凍庫に蛇が入ってるのはさすがにびっくりした。黄色いシマシマ模様の蛇とか、コブラがあったって事は、誰かが毒を取るために捕まえてきたのかもしれない。たぶん、デビルさんかムーンさんだ。
「あー・・・実家に帰りたい。奇想天外すぎる、この場所から逃げたい」
ぶつぶつ呟きながら、自前の瓶からコップに何かを注ぐ。匂いから判断すると、お酒。
「私ももらっていいかい?」
「ウィスキーだぞ?チェイサーを持ってきた方がいいだろ」
お酒のことは、よくわからない。
お皿が空になり始めた時、僕は頼まれたお水を取りに調理室へ。大き目のコップ二つと水差しを持って戻ると、なんかもう、二人共出来上がってた。
逃げるように僕の方へ来たヒルリエを持ち上げて、酔っ払い二人の前にお水を置いた。
「飲みすぎじゃない?」
言ってみたけど、聞いてくれなかった。
「大丈夫、大丈夫。テキーラよりは軽いよ」
そう言って水を飲む先生。
「どっちも同じぐらい強いじゃねぇか。もう酔ってんのか、カエサル」
「そうだね。酔ってるね。・・・そういう君だって酔ってるじゃないか」
明日、大丈夫なのかな?この二人。
収拾がつきそうにもなかったから、先にお皿を片付ける事にした。
首に巻き付いてるヒルリエは、お腹一杯になったからかもう寝てる。ずっしりとするのは、気のせいだと思っておく。・・・肩凝りそう。
鍋も全部仕舞って、残るは先生達のコップとかだけ。
「先生、まだ飲むの?」
戻ってみると、どっちも全然飲んでた。自分達に片付けさせるのも、たまにはいいかもしれない。
お水だけもらっていこうと思って、ペンドラゴンさんの前にあったコップの水を飲む。
「・・・あれ?」
「あ、おい。それ酒だぞ」
かぁ、と無理矢理身体が温められるような感覚がする。ついでに、ちょっと変な気分になった。
コップを置いた僕は、変な気分を直そうと努力する。
「未成年の飲酒は、法律が禁止してるはずだったような・・・?」
「法律が、じゃねぇよ。国だろ?」
「そうだそうだ、国だ。だが、その国も法律に縛られているから、一番偉いのはやっぱり法律か」
「法律な。銃刀法廃止を誰か頼む」
微妙にかみ合ってない会話が変で、気付いたらちょっと笑ってしまった。
クスクス笑う僕の前で、先生とペンドラゴンさんが顔を見合わせる。それもおかしくて、笑う原因になった。
「ふふっ、変なの。法律は偉くないのに、変なの。あはは」
笑うの止めようとはしてるんだけど、全然ダメ。僕じゃないみたい。
「死神さんは、笑い上戸だったと」
ペンドラゴンさんはそう言って、またお酒を注ぐ。
「笑って踊れる死神君だ」
先生は、酔い覚ましに普通のお水を飲んでる。
そんな二人の横で、僕は声をたてて笑っていた。
ようやく半分・・・という所でしょうか。
よく考えたら、デス君の月日はもう七月入っている気がします。一学期が終わりますね。覚えておかないと・・・。
次は学校、と先に宣言しておきます。