死神の不幸
<第十二章>
文化祭休みで月曜日もお休み。
僕はパエリアをお昼に作ってヒルリエと食べる。またくてんくてんになっちゃう気がしたけど、ヒルリエはけろっとしてた。
「ごちそうさま」
お皿を洗っていると、電話が鳴った。
「――もしもし」
『仕事だ。少し遠いから、今から連絡しておく』
びっくりした。昼からやるのかと思った。
『対象は三人。他組織の幹部だ。心して掛かるよう』
切れた。
「ヒルリエ。仕事だって」
他の組織の人か。初めて、仕事で会うかもしれない。
普通の服から仕事用のに着替えた僕は、ふとペンドラゴンさんにもらったチョーカーが目に入った。
「おい、デス」
ホークスが不法侵入してくる。
「今、行く」
やっぱり、二重に鍵を掛けた方がいいかもしれない。・・・先生は開けて入ってくるけど。
玄関のところに立ってるホークスは、なんか変な黒い板を操作してた。
「・・・いない、か」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
板を二つ折りにしたホークス。
「行くぞ」
「うん」
いつも通りの流れ。車に乗って、僕は仕事をしてまた帰る。たぶん、今回も一緒なんだ。
そんな事を考えながら車の外を見てると、ホークスが話し掛けてきた。
「その首輪、どうした?」
「首輪じゃないよ。・・・ペンドラゴンさんがくれたんだ」
ホークスの方を見ないで答える。
「・・・何かあったか?」
「別に」
「そう、か。なんか怖いぞ?」
まだ明るい外は、夜とは違って賑わってる。まだ三時過ぎだから、普通なら学校がある時間帯。当たり前だよね。
「ちょっと、何となく、イライラする」
何故だかは、わからなかった。
夕方の六時半。町の郊外に、僕の標的はいた。
「ここなら、何をやっても平気そうだ。周りの護衛を殺してもいいらしい」
「そっか。援護、お願い」
護衛もって事は、一対多数。本当は、アルカナがもう二人いるのが一番安心するけど、今回は仕方ないんだ。
二階建ての大きな家の裏に回って、カーテンの閉まってない窓を探す。
「あった」
傍に誰もいないのを確認して、中へ進入。するとそこは、小さな応接間だった。
ヒルリエを銃に変えた僕は、気配を辿って応接間を出た。
「誰だ!?」
あ、見つかっちゃった。
銃声で他の人が集まらないように、相手の撃鉄を押さえてあごを思い切り蹴る。ついでに、銃は奪っておいた。安全装置を掛けておこう。
しばらくその場にとどまってみる。だけど、誰も来ないし、首を捻挫した人は全く動かなかった。たぶん、一階にはあまり人がいないんだと思う。
二階へ上がれる階段を探して、広い廊下を歩く。
「だから――」
人の話し声だ。
「だから、言ってるだろう?どうして俺達が必要なのか。絶対必要ないって、さっきから・・・」
音の大きさから、あんまり遠くはないみたい。
廊下の突き当たりでその先を窺う。そこには話してる人達がいて、しかも階段もあった。・・・一番嫌いなパターン。銃が使えればいいのに。
「じゃあ、どうするんだよ。逃げるのか?それこそアウトだろう」
「・・・ったく。俺、ちょっとあいつの方見てくる」
足音が近付いてくる。銃を鎌に変えた。
曲がってきた一人を喋れないようにして、奥にいる人も同じようにする。
「ふぅ・・・」
鎌に付いた血を払って、二階へ行く。明るいフロアには、機関銃や散弾銃を持った人達が五人ぐらいいた。ある扉の前に二人、その周りに三人。
さっき奪った銃の安全装置を外して、暴発するように細工をしてからその人達の前に投げる。あ、この銃はマシンピストルだったから、フルオートにしておいた。
壁とかがコンクリートじゃないから跳弾はしないけど、相手の人達を翻弄するのには十分だった。
鎌を振り回して一気に始末すると、投げた銃を拾う。弾は空っぽ。弾倉ももらっておけばよかった。
たぶん、護身用に持ってきていたナイフを動かない人から借りて、扉を開ける。
「えっ・・・?」
「外が騒がしいと思ったら、別の奴か。さっさと帰れ。ここは貴様のフィールドじゃない」
ナイフの付いた銃を持った人が、真っ赤な部屋の真ん中に立っていた。
「誰?」
鎌を構えた僕を見た相手は、驚いたような顔をした。
「それが得物か?まさか」
驚いたんじゃなくて、呆れてるみたい。
「いや・・・待てよ?お前、どこかで・・・」
かと思ったら、急に考え始める。何となく、回れ右して帰った方がよさそうな気がしてきた。
僕は考えを実行して入ってきた扉から出ると、相手の人もついてきた。
「おい。何故、行く?」
「帰れって言われたから」
うーん・・・ヒルリエどうしよう?元に戻したいけど、この人ついてくるし。
鎌が引っ掛からないような出口を探してみたら、玄関の扉を見つけた。これなら、引っ掛からないで通れる。
「・・・十三番」
扉を開けかけた僕に、相手の人はそう呼んできた。
「そうだ、十三番。あいつが連れてきた子供。じゃあ、それは・・・」
振り返る前に、僕は横に跳んだ。
パン、という音から逃げるようにして、相手の人の脇に回る。
「俺が追放された原因!」
もう一度。
床スレスレを鎌が薙いで、だけどあっさり避けられる。次は上から。・・・銃の先にあるナイフで受け止められた。
刃に引っ掛かったナイフを、思い切り引いて外す。
「今度は死神気取りか。面白い」
相手が僕の間合いに入ってくる。これはちょっとした弱点。
突き出されたナイフを紙一重で避けた僕は、鎌を銃に変えて撃った。これも避けられる。
僕も相手の人も、最後の一手が決められなくて長期化してくる。攻撃も防御もパターン化する。ゆったりとしたリズムのように。
「僕の名前、もう十三番じゃない」
唐突にそう言われて、相手の人が少しだけ動揺する。
「大アルカナ、序列十三番のデス」
「忌み名、だと?とうとう奴ら、気がふれたか」
ナイフを避けて、リズムを保つ。
「“死”なんていう概念を背負うのは、人として破綻している。俺の代にだって、死神はいなかった」
信じてはくれないみたい。だけど、信じさせてあげる。
「・・・残念。そういえば、気付いてる?もう時間がない事を」
僕は、鎌を大きく持ち上げて構える。そして、振り下ろした。
あーあ。二度目の仕事失敗。なんかモヤモヤする。
報告書を書き終えた僕は、壁に掛かってる時計を見上げる。夜中の二時。
結局、あの人は怪我をしながらも逃げちゃったし、どの組織の人だったのかわからずじまい。きっと、あの人はすごく運がいいんだ。その代わり、僕は不幸。
初めての報告書で頭を使ったから、すぐに眠くなってくる。ホークスが報告すれば、それで済むのに。
とりあえず、ありのままを書いた報告書はホークスに渡す事にした。本部の住所、知らないから。
完全に寝てるヒルリエを布団の上に寝かせてあげると、僕はシャワーを浴びに行く。その時、ある事に気付いた。
「いつの間に・・・」
着けてたチョーカーのベルトが裂けてる。ちょうど、頚動脈の辺り。きっと、あの人だ。
幸い、チョーカーのベルトは丈夫な布でできてたから、直すのは簡単そうだった。たぶん、ペンドラゴンさんはこういうのを見越してたんだと思う。
手早くシャワーを浴びて、髪の毛を乾かしながら明日の予定を見る。・・・あ、今日の。そこには“学校”とだけ書かれていた。つまり、あと四時間しか寝れない。
下ごしらえだけでもしようと思って冷蔵庫を開けると、中身がいつもの三分の一しかなかった。・・・今日はいい事がない気がする。
夜明けまで、あと二時間半ぐらい。
包丁を持ったまま寝そうになって、危うく指を切り落とすところだった。
食材を冷蔵庫にしまって布団に横になる。暑いから、そのまま寝る事にした。
気が付いたら、もう十時だった。
「・・・えっ?あれ?」
横を見るとヒルリエはいなくなってて、一応掛けてあった目覚ましも止まってた。
慌てて布団から跳ね起きると、台所に僕が立ってた。
「あ、おはよう」
「・・・ヒルリエ」
僕はにっこり笑うと、姿を変えて女の人になった。
「疲れているみたいだったから、学校の方に連絡しておきました。休みます、と」
「それで、僕だったんだ。ありがとう。大遅刻するかと思った」
時間的には二時間目。でも、学校に着いたら三時間目。火曜日だから、体育。
朝ごはんの準備をしようとヒルリエの傍へ行くと、もう出来てた。
「たまには、やらないと腕が落ちるので」
焼いたパンとスクランブルエッグとサラダ。あと、牛乳。
「・・・僕のそのままなのにね」
僕が言うと、ヒルリエは悪戯っぽくウインクした。
一体、あの人は何だったのか。自分でも決めてないという、すばらしい結果に・・・。
あ、そういえば。銃の知識についてですが、あれは全くの付け焼刃なので本気にしないでください。最近の銃は、滅多に衝撃で暴発はしないそうなので。
ついでにいうと、前回出てきたサイプレッサー(消音器)も、大きい物であれば音がほとんどなくなるそうな。