02 悩み
朝起きると頭痛と気持ち悪さが収まらず、柚希は午前中の講義を欠席してしまった。
午後になり、幾分体調が戻ると大学へと向かったが足取りは重い。
酷く憂鬱な気分だが、どうしてもやらなければならないことがあった。
迷惑をかけた人への謝罪を早くしたかった。
律儀な柚希らしい。
先輩達はよくあることと気にも止めていなかった。
寧ろ、心配され気遣ってさえもらえた。
それがどんなに柚希の心を楽にしたか。
そして、最後に謝罪を後回しにしてしまった遥斗の元へと向かう。
何故最後にしたか。
酔っ払っていたとはいえ、醜態を晒したことで恥ずかしさがあった。
だが、理由はそれだけではない。
遥斗にどうしても聞いてみたいことがあった。
◇ ◇ ◇
「あ、いた。えーと、鳴海君」
キャンパスを数人の友人と歩く遥斗に柚希は恐る恐る声をかけた。
立ち止まった遥斗は柚希の元へと近づく。
「昨日は迷惑かけてごめんなさいっ!」
「酒癖悪い人だったんだね」
遥斗は笑みを浮かべながら頭を下げる柚希に言い放つ。
もちろん、からかい半分の冗談に過ぎない。
この辺は上辺だけの付き合いを好んだ頃の名残がまだ残ってる。
柚希の顔色が露骨に変わった。
「嘘、嘘。冗談だよ。午前休んでたみたいだったけど大丈夫だった?」
「……一応」
そもそも柚希の遥斗への印象はあまり良いものではなかった。
教室で誰とでも仲良くしてる軽薄そうな感じが少し鼻につく。
普段の飄々とする態度が、自分とは違い楽しく人生を謳歌してるように映っていた。
柚希は苦手なタイプだと感じていた。
それでもどうしても確認しておきたかったことが柚希にはあった。
「あの、ちょっといい……かな?」
「うん。別にいいけど」
友人達と別れると、遥斗と柚希はキャンパスを当てもなく歩き出す。
自分から誘ったにも関わらず、一向に何も話さずただ歩き回るだけの柚希を遥斗は訝しむ。
「長瀬さん、そこ座ろっか?」
「え、あ、うん」
一体どこまで連れてかれるのか。
痺れを切らした遥斗はベンチに腰掛けようと促した。
「……」
「……」
遥斗は気不味い空気を感じていた。
腰掛けてもいつまで経っても柚希は押し黙ったまま。
さっきの遥斗の軽い冗談が柚希を緊張させていた。
聞きたいことを聞いても素直に答えてくれないかもしれない。
柚希はそう思っていた。
遥斗は遥斗でからかったことが尾を引いてるのを察する。
まだ柚希のことをよく知らない遥斗。
案外気を使う人だったと感じると初動を失敗したことに気づく。
仕方なく遥斗の方から話し始めた。
「あの、さっきはごめん。冗談だったんだけど。それで俺に何か用事あった?」
「あ、ううん。こっちこそ、ごめんなさい。昨日迷惑かけてしまって。せっかく今も友達といたのに……」
「友達っていうか、クラスメートかな。まだ友達にもなってないよ」
「あ、そうなんだ」
すぐに会話は止まる。
柚希の緊張は遥斗にも伝わっていた。
――面倒臭い。
そう思ったものの、昨夜の酔っ払った時の様子を目の当たりにしてる遥斗は、邪険に扱うべきではないと感じ取っていた。
そして、勘付く。
そのことを話しに来たのではないだろうか、と。
「もしかして昨夜のこと?」
「え?」
「何か色々言ってたよね? 人に言われたことしかしないとか、やりたいことが分かんないとか?」
渡りに船とは正にこのこと。
遥斗の方から柚希が聞きたかった話を振ってくれた。
「う、うん。それで探せばいいって言ってくれたよね?」
「そうだっけ? んなこと言ったっけか?」
「言った。言ってくれたの」
急に前のめりになって話し出した柚希に遥斗は驚く。
やはり聞きたいのはその件だった。
「あれってどういう意味で言ってくれたのか、知りたくて」
「どういう意味も何も。そのまんまだと思うんだけど……」
「私、あれで何だか気づけたような気がしたんだよ。だから、どうしても理由っていうか真意っていうか、それを聞きたくて……」
遥斗は答えに困ってしまった。
その悩みは自分が以前抱えてたものと酷似していて、それを解決してくれたのが他でもない花音だったからだ。




