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恋愛未遂  作者: 猫じゃらしポン吉
長瀬柚希の場合
5/12

02 人を好きになる気持ち

 ある日の帰り道の出来事だった。

 バスを降りると柚希と和弥はいつものように取るに足らない話しをしていた。


「そういえばさ、日曜日、暇? あんた見たいって言ってた映画、一緒に見に行こうよ」


「……」


「ねえ? 聞いてる?」


「あ、ごめん」


 和弥は何処か上の空。

 柚希が睨むと和弥は照れ臭そうに頬を掻く。


「あ、あのさ……」


「何?」


「俺、実は彼女が出来たんだよね」


 突然の報告に柚希は驚いた。

 彼女がいる話はもちろんのこと、好きな相手がいるのさえ聞かされたことがなかったからだ。

 だが、そこは高校生。

 いつそんな相手が出来ても不思議なことではない。


「三組の北野きたの真菜まなちゃんって知ってる?」


「あー、うん。同じクラスになったことはないけど。何となくは……」


「この間、みんなでカラオケ行った時に真菜ちゃんも一緒でさ。そんで、ちょっといい感じになって」


「へえー」


「向こうも楽しかったみたいで、それで付き合おうか、なんて感じになっちゃってさ」


 和弥以外の異性の友達と出掛けたことがほとんどない柚希。 

 そもそも出会いやなれそめがよく分からない。

 そして、付き合う定義を知る由もない。

 相手を知った上で好意を抱き、交際に発展していく。

 深く相手を理解しない内に異性と付き合う、ということが柚希の頭の中にはなかった。

 

 和弥の言うような切欠は高校生ならありふれた付き合う過程に過ぎない。

 だが、柚希にとっては共感し難い現実だったと言える。

 激しい人見知りな自分には出来ないことでもある。

 ましてや人を好きになったこともない柚希には想像も出来ないことだった。


「じゃあ、それで付き合うことになったんだ」


「まあ、うん」


 柚希はデレデレ笑う和弥に嫌悪感すら覚えた。

 それでも和弥がいい奴だということを柚希は一番知ってるつもりだった。

 そこに気づいて、和弥が交際相手に選ばれたと思うと柚希は嬉しくも思えた。


「良かったじゃない。あんたみたいな奴と付き合ってくれる物好きな女子がいてさ」


「物好きって……。何だよ、ひでーな、柚希は」


「嘘、嘘。おめでと」


「あー、うん。ありがとう」


 柚希は自分に違和感を感じていた。

 確かに嬉しいと思う気持ちはある。

 笑顔で祝福もしてる。

 でも、心の中に何か燻る思いがあった。

 それが原因なのか、浮かべてる笑顔が作り笑いだった。


「じゃあ、これからは一緒に映画行ったり買い物行ったり出来ないね」


「いや、別に出来ると思うけど……」


 恐らく、柚希が誘えば和弥は一緒に出掛けてくれるだろう。

 優しい和弥なら、そうしてくれることを柚希は知っている。

 でも、それが理に反してる行動だということは、恋愛を知らない柚希でも分かっていた。


「私だったら嫌だと思うよ。付き合ってる彼氏が他の女の子と出掛けたりしたらさ」


「そんなもんか」


「そうだよ。まあ、大事にしてあげなよ。せっかく出来た彼女なんだから」


「そうだな」


 柚希に寂しい思いが募っていく。

 文句を言いつつも、いつも柚希の側に居てくれたのは紛れもなく和弥だった。

 もう一緒に買い物に出掛けたり、映画を見たりすることは簡単には、いや、全く出来なくなるだろう。

 さっき感じた燻る気持ちはきっとそんな寂しさからだったのだろう、そう思った。

 だが、違っていたことに柚希は少し後になってから気づくことになる。


   ◇   ◇   ◇


「柚希ちゃんてさ、和弥と付き合ってんじゃなかったの?」


「私が? 何言ってんのよ。そんな訳ないじゃん」


「あ、そうなんだ」


 和弥の交際がクラスメートに知られると、何人かに同じようなことを柚希は指摘された。

 周りから見ると、自分と和弥がそんな風に映っていたことに柚希は驚く。


 校内でも時々、和弥が真奈と一緒に居る場面に出会すことがあった。

 付き合っているのだから極々当たり前のことだ。

 柚希は意識して避けるようにしていた。

 つい最近まで和弥の隣に居たのは自分だった。

 今は違う異性が居て、然も楽しそうに会話をしている。

 それを目の当たりにした時、柚希は胸が苦しくなる思いに駆られてしまう。

 そして、その理由に気づいているのに、気づかないふりをしてる自分がいた。


   ◇   ◇   ◇

 

 学校への行き帰りだけは、以前と同じように和弥の隣には自分がいる。

 前と変わらない空間がそこにだけは存在していた。


「今日そっちのクラス、数学のテストあった?」


「まだやってないわよ」


「げえ、そっか」


「あんた、また私に問題と答え聞こうとしてたでしょ?」


「バレた? あー、でもやってないんじゃしょうがねーか」


 いつもと変わらず他愛のない会話を交わしていた。

 だが最近、柚希は以前と違っていることを感じていた。

 何も考えることなく自然と話が出来ていたのに、今は何をしゃべっていいのか分からず、困ってしまう時がある。

 そして、時折胸の鼓動が激しくなり、どこかもどかしい思いが募ってしまうのだ。


「……あんたさ、そういえば彼女と上手くいってんの?」


 知りたくない事実にも関わらず、つい切り込んでしまった。

 聞いてどうするのだろう、自分でも分かっているのに……。


「ん? まあね。いやー、幸せってこういうことを言うんだな」


「はあ? バカじゃないの」


「バカって言うけどさ。柚希はいないの? 好きな奴とか」


「わ、私? 私は……別にっていうか……好きとかよく分かんないし……」


 思いもしなかったことを聞かれ、答えに困ってしまった。

 それも当然のことだ。

 好きな人とはいったい何なのだろう?

 真面目な柚希は、まずその定義から考えなければならなかった。

 

 一緒にいて楽しい。

 もっと近くにいたい。

 自分だけを見て欲しい。


 恋愛経験のない柚希が分かる範囲の好きな人の意味はそれぐらいだ。

 そして、思わず愕然とする。

 奇しくも、それは柚希が和弥に抱いてる感情と一致してしていたから。


 ――もしも……


 もしも今自分が和弥のことを好きだと告白したら和弥はどんな答えを出すのだろう。

 密かに考えたことがある。

 本当は和弥も自分に好意を抱いてくれてないだろうか、と。

 不意にそんなことが柚希の頭を過ぎっていた。


「一緒にいると楽しいぜ。それだけで元気もらえるし。柚希も早く見つけろよ、そういう奴」


 和弥には柚希の気持ちが分かるはずもない。

 その一言が柚希を苛立たせていた。


「……あんたにそんな心配される筋合いないわよ! 何で和弥にそんなこと言われなきゃいけないのよ!」


 柚希が和弥に対して怒る時はこれまでもあった。

 だが、その怒り方がいつもと違い尋常ではないことに和弥は驚いた。


「ご、ごめん。別に悪気があって言ったんじゃなかったんだけど。言い方悪かったな」


「……別に」


 苦しくて、辛くて、切ない。

 柚希は自分が不満を募らせてる理由、燻ってた気持ちの意味を認めるしかなかった。

 自分が和弥に対して抱いてた想いは恋心だったことに……。

 

 人を好きになる気持ちをようやく理解した。

 今更分かっても、もうどうしようもないことだ。

 だが、どうしても考えてしまうことがある。

 もっと早く気づいて気持ちを伝えられてたら、今も和弥の隣で笑っていたのは自分だったかもしれなかったのに、と。

 過程を考えても仕方のない現実だった。

 好きな人にすでに相手がいれば、もうどうすることも出来ないのだから。

 

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