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恋愛未遂  作者: 猫じゃらしポン吉
長瀬柚希の場合
4/12

01 自分のないあやつり人形

 長瀬ながせ柚希ゆずきは受験や進路が現実問題として近づいても、他人事のようにしか考えられないでいた。

 決して現実逃避してる訳ではない。

 将来のことが、まだまだ遠くにしか感じられないからだった。

 

 夏休み明けてすぐの進路相談でのことだ。

 進学か就職か、決められないでいたのはクラスで柚希一人だった。

 やりたいことがまだ見つけられない、何をしたいのか分からない。

 素直な気持ちを教師にぶつけると、こっぴどく叱られてしまった。

 真剣に自分の将来を考えろ、と。

 柚希には夢や希望はもちろん、目標や目的もなかった。

 理由は簡単だ。

 親の言われた通りに過ごしてきた人生だったからだ。


  ◇   ◇   ◇

 

 中学入学当初、柚希は部活が大好きだった。

 学校にも部活が楽しくて通っていたぐらいだ。

 だが、ある時親から問われる。

 それが後の人生に何の役に立つのか考えなさい、と。

 そんな時間があるなら勉学に励むべき。

 いい大学に入って、いい所に就職する。

 それが柚希にとっての幸せに繋がるのだから。

 柚希は両親の言い分に反論出来なかった。


 幸せとは何なのだろうか?

 もしかして今の自分は不幸せなのだろうか?

 好きなことをして楽しいのは幸福なことだと思っていた。

 だが、柚希は親に言われるままに大好きだった部活を諦めた。

 何故か?

 理由は簡単だ。

 何が正しいのか分からなかったから。

 自分で決断出来ない。

 ならば大人である親の言うことが正しい。

 従うことしか柚希には選択がなかった。

 言うことを聞けば親は喜んでくれたから。

 気づかない内に大人の顔色を伺うクセが根付いていく。

 素直とも言えるが、ただ臆病だったに過ぎない。

 その臆病な心は少しずつ柚希に対人関係への不得手な性格を形成させ始める。


   ◇   ◇   ◇


 高校生になると友達は恋だの愛だの騒ぎ立てるようになった。

 柚希は特別興味を示さなかった。

 色恋沙汰は自分にとってまだ先の出来事にしか思えなかったからだ。

 ただ他人の恋愛話を耳にする時、酷く冷めた感情でいる自分が存在していた。

 くだらない、面倒臭い、何が面白いのだろう。

 後々気づいた。

 そう思っていたのは偽りで、実は心の中では羨ましいと感じてることに。

 

 無関心なのは建て前でしかない。

 興味がない訳ではなかった。

 尤も、自覚しても柚希に変わりはなかった。

 認めたくないという気持ちが邪魔をして逆に素直になれずにいた。

 典型的な天邪鬼。

 恐らく精神年齢が低かったのかもしれない。

 年齢は大人に近づいても心の成長が伴ってなかった。


 周りに共感したくないという反発。

 決して違うのに、大勢の中にいてもどこか孤独を感じてしまうような心。

 だから殻に閉じこもり、自分を出さないようになる。

 こうして人見知りの性格は一層拍車をかけていく。

 それでも、自分は今のままでいいと思っていた。

 誰にも迷惑はかけていないのだから。


   ◇   ◇   ◇


 意識しまいと過剰に考えてる分、恋愛に対しては憧れがあったのかもしれない。

 しかし、突然好きな人が現れる訳もないし出来るはずもない。

 無理に作るものではないと知っている。

 いつしか自分にも好きになれる人が現れることを密かに願っていた。

 だが、結局恋する気持ちが分からないまま、高校三年まで時間を費やしていた。

 

 尤も、異性と全く交わりがなかった訳でもない。

 柚希にも男友達と呼べる相手は存在した。

 この場合、小学校時代から自然と連む腐れ縁と言った方がいい。

 くだらないことを言い合える仲間と言うべき存在だ。

 

 バス通学の柚希は天野あまの和弥かずやと同じバス停で乗り降りをする。

 登校も下校も一緒。

 バス停から自宅までの帰路も一緒。

 常に時間を共にしていた。

 人と人の関係は時間を掛けて分かり合っていくように、頑固な人見知りの柚希でも和弥にだけは心を開いていた。

 和弥は柚希が唯一、心を許してる異性だったと言える。


「柚希、そういえばお前さ、まだ進路出してないんだって?」


「うん」


「て言っても、頭良いんだから進学すんだろ?」


「多分ね」


「だったら、決まってんじゃん。何でそう言わないんだよ」


 人の悩みにズケズケと入る和弥に柚希は嫌気が刺す。

 進学する意義を見出せないという柚希の悩みは恐らく和弥には理解出来ない悩みだろう。

 こういうデリカシーのない所は昔から嫌いだった。

 それでもおせっかいの向こうに心配してるのが透けて見えるせいで、あからさまに文句も言えない。

 和弥がいい奴であることを柚希は十分分かっていた。

 面倒臭い性格を長年の付き合いで熟知してる和弥は、いつも的確なアドバイスをくれる貴重な存在だった。

 助かっているのも事実だ。

 不思議と同性より話しやすい。

 故に男女の友情は存在すると思ってた。


「和弥は就職するんだっけ?」


「まあね」


「何かさ、高校卒業してすぐ社会に出るって怖くないの?」


「どうなんだろう? まあ、俺はバカだからな。勉強嫌いだし進学なんて興味もねえし、そもそも出来ねえし。長男だからこっち残ってさっさと就職した方がいいんだよ」


 捻くれてるが理にかなった自己分析をしてる。

 ちゃんと自分を持ってるのが、柚希は羨ましくさえ思えた。

 親が敷いた人生のレールに乗せられてるだけの自分とは大違いだ。

 自分のしたいこととは何か考えたこともない。

 大きくなれば分かるから。

 その親の言葉を信じて生きて来たが未だに分からない。

 いつしか柚希には自分がなくなっていたんだ。

 言われるままに流されて生きてきただけだったから。

 

「確かに和弥はバカだからね。この間も、数学赤点だったんでしょ?」


「うっせーな。だから、いいんだよ、勉強は」


「あははっ。でも、さすがにもう少し勉強した方がいいんじゃないの?」


 和弥との他愛のない時間は柚希が素を出せる時間でもあった。

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