03 恋愛にすらならなかった恋
――文化祭の当日。
遥斗は花音と一緒に受付の係を担っていた。
受付といっても一般客はほとんど来ないのが通例。
暇な時間を過ごしていた。
「井上」
「何?」
「誕生日おめでとう」
「……え? ありがとう」
「これ。大した物じゃないけど」
遥斗がプレゼントを渡すと花音は驚いていた。
簡単に諦めがつく程、小さな想いではないことを遥斗自身が一番分かっていた。
例え、それが叶わない恋だと気づいていても……。
花音と彼氏の絆の深さを知ったのに、それでも遥斗はあがいていた。
「これ、眼鏡ケース? あ、もしかしてあの時の冗談、本気にして?」
「そういうんじゃないけど。壊れてたみたいだし、確かに買ってって言ったしな。それに井上にはお世話になったから」
「お世話? 私、別にお世話なんて……」
「いいんだよ、俺が勝手にそう思ってんだから。まだ新しいの買ってなかった?」
「うん」
こんなことぐらいしか出来ないのが遥斗の現状だ。
冗談のつもりだったやり取りを覚えていて、それを実行した。
遥斗の心遣いが花音は嬉しかった。
だが、花音の心内は、すでに違う方向を向いていた。
「安モンだから気兼ねせずに使って……って井上、聞いてる?」
「え? う、うん。そうだね」
花音が珍しく落ち着きがないことに遥斗は違和感を覚える。
「どうかした?」
「え、うん、ちょっと」
嬉しいことがあったのは、花音の表情を見れば察することが出来る。
「今日……」
「うん」
「やっぱり会いに来るって。昨日珍しく電話があって……」
誰が会いに来る。
そんなことは敢えて聞かなくても分かることだ。
「そっか」
遥斗に不思議と嫉妬はなかった。
寧ろ、彼氏が会いに来てくれることが嬉しいとさえ思えた。
会いに来てくれるのを遥斗は心の底では願っていたかもしれない。
「井上、ここいいからさ、迎えに行けよ。もう来てるんだろ? せっかくだから二人で文化祭回って楽しんで来いって」
「え? で、でも……」
「あー、もう。いいから行けって。受付ぐらい俺一人で出来るからさ。ほら、早く。待ってるんだろ?」
「う、うん」
立ち上がった花音は勢いよく駆け出して行った。
何歩か走った後、花音は突然立ち止まり遥斗の方を振り向いた。
「ありがとう、遥斗君! これ、大切に使わせてもらうから」
花音は遥斗に向かって手を振っていた。
満面な笑顔が印象的だった。
胸が苦しい。
遥斗は込み上げる涙を堪えていた。
これが遥斗にとって初めての本気の恋だった。
と同時に、初めての失恋でもある。
悲しくないと言えば嘘になる。
花音は遥斗がようやく見つけた本気で好きになれる相手だった。
それでも、すっきりしてる自分がいた。
これで良かったんだと心の底から感じてる。
例え離れていても強い絆が二人を紡ぐ。
こんな純粋な恋愛が存在する。
それが遥斗に勇気を与えてくれた。
いつか自分にも、また心から好きになれる人が現れるだろうか?
もしその時が訪れたら、さっき花音が見せたような笑顔を自分も与えられるような人になりたい。
そう思っていた。




